moment 2015年 7/8月号
レクサス開発陣に聞く

LEXUS RC F チーフエンジニア
矢口幸彦

文・渡辺敏史

2014年秋にデビューして以来、今も高い人気と評判を誇るRC F。クルマとの究極の一体感を実現したハイパフォーマンスクーペの生みの親、矢口幸彦チーフエンジニアに「走りの哲学」を聞いた。

矢口幸彦 やぐち ゆきひこ
1977年、トヨタ自動車入社。「クラウン」、初代&2代目「セルシオ」の振動騒音開発を担当後、「チェイサー/ツアラー」「プログレ」等の車両性能開発を経て、レクサスブランド戦略、レクサスセンターの立ち上げに参画。IS Fの生みの親であり、RC Fは“F”のチーフエンジニアとしての集大成とも言える。

2014年秋にデビューして以来、今も高い人気と評判を誇るRC F。街中クルーズでの快適な乗り心地、サーキットでの心躍る走行性能。車との究極の一体感を実現したハイパフォーマンスクーペの生みの親、矢口幸彦チーフエンジニアに「走りの哲学」を聞いた。

サーキット走行が大前提の“F”

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渡辺:RC Fは大変好調な滑り出しですね。

矢口:おかげさまで大変ご好評をいただきまして、発売当初は月販目標台数に対して30倍以上の受注となりました。ともあれ早く納車させていただきたいということで増産体制を敷きましたが、現在もご注文から4カ月くらいお待ちいただく状況になっているところでしょうか。

渡辺:高額な2ドアモデルにして、そこまで注文が殺到するとは、ちょっと稀な例ですよね。そこにはきっと、“F”印に対する信任もあるのだと思います。そこで改めて伺いたいのは、レクサスにとって“F”とはなんぞや?ということです。

矢口:そうですね、まずは、サーキットをしっかりと走れる高性能が大前提にありますね。以前、市販車ベースのレーシングカーの開発に参画していた時、試乗させてもらったマシンが実に楽しかったんです。プロの間でよく言われる「よくできたレーシングカーは乗りやすい」という話、ああ、こういうことだったのかと納得させられて以来、そういう狙いの車が作れればおもしろいだろうと思っていたわけです。

渡辺:とはいえ、レクサスのブランドには“サーキット”という要素は似合わないという見方もあるのでは?

矢口:もちろん、ラグジュアリーが第一義であることは変わりありません。ただその一方で、嗜好の多様化から、近年のプレミアムブランドの価値軸にスポーティネスが加わっている。

渡辺:ああ、それは車に限らず、ファッションでも然りですよね。

矢口:その通りです。そこでレクサスにスポーティネスを付与するとなると、そのパフォーマンスは自ずと公道では出し切れない領域になりますから、サーキット走行を前提とすることになります。

渡辺:なるほど。

矢口:あくまでそれを主軸としてたとえればですが、考え方としては、“F”がきっちりと「サーキットを走れる車」、そしてお客さまにご好評いただいている“Fスポーツ”は公道走行を主体に「サーキットも走れる車」ととらえていただければ、そのニュアンスは伝わりやすいかと思います。

渡辺:たしかに。実はRCの“Fスポーツ”も、その気になればサーキットでかなり楽しめるキャラクターに仕上がっていました。標準車の延長線上に走りを鍛えた“Fスポーツ”があり、それらとは一線を画するトップパフォーマーとして“F”がある。そのポジショニングは前世代のIS Fを開発した時から変わりはありませんか?

矢口:ありませんね。ただし、IS Fを開発している時は、まだ“F”という記号自体、社会的な認知がまったくなかったわけで、その中で我々の想いを知っていただくには、使い勝手のいいISをベースとして間口の広さをもたせるべきだろうという意識がありました。

高性能スポーツカーとクーペならではの華

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渡辺:その頃には、LFAの開発も並行して行われていたんですか?

矢口:LFAはもう問答無用と言うか、レクサスのスポーティネスの絶対的頂点という位置づけです。ネジ1本からして専用開発のスーパースポーツカーですから現実的な価格には収まらない。LFAと同質の世界観をもちながら、手が届くかもしれないという価格帯で、「欲しい」と思っていただけるものをお届けする。そこにIS Fの使命がありました。

渡辺:IS Fは各年式を試乗させていただきましたが、年次毎に細かな熟成を重ねたことで、レクサスが目指すスポーツのあり方がだんだん定まってきた印象があります。

矢口:ええ、我々も迷いがなくなりましたね。サーキットで熟成を重ねたことで、結果的に公道での味わいも深まった。平日は仕事や買い物にもストレスなく乗れ、週末のサーキットでもその往復の行程を快適にこなす。
しかし、一旦サーキットに出たら本領発揮。さらにサーキット走行においても、タイムが云々以上に、ドライビングの楽しさを安全に、思う存分堪能していただける。“F”とは、そういう車であるべきだとの想いが確信に変わりました。

渡辺:で、満を持して、クーペボデーをベースとしたモデルの開発になったと。

矢口:そうですね。さらに加えるならば、RC Fは開発当初からモータースポーツとの関連性を強く意識しています。スーパーGTへの参戦はもちろん、国際規格であるFIA-GT3カテゴリー参戦用車両、そしてIS Fでも展開していた一般向けのレーシングカーであるCCS-Rの販売も念頭に置かれていました。

渡辺:奇しくも、RC Fの開発の最中に、LFAの生産終了が重なったかと思います。

矢口:そうです。だから次なる“F”には、LFAほどのパフォーマンスは難しいとしても、そのイメージをできるだけ色濃く引き継ぐことも考慮しました。2ドアをベースにしたのはボデー剛性的に有利とか機能的要件に加えて、そういう意味合いもあるんですよ。やっぱり、クーペには一目見て「おっ!」と思わせる華がありますからね。

RC F

走りこんで深まるラグジュアリー感

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渡辺:クーペである理由はよくわかりましたが、セダンのユーティリティを求める声も多いんじゃないですか?

矢口:今年1月にデトロイトのモーターショーで発表したGS Fはそのようなお客さまの声にお応えできるものに仕上がっています。IS Fを販売していた際に「もう少し広い方がいい」という要望をよく耳にしていたこと、扱いやすいサイズとしてRC Fがあることもあり、今回は初めてGSベースで“F”を手掛けました。搭載するエンジンやミッション、TVDなど基本的なハードウェアはRC Fと同等ですし、もちろんサーキット走行も前提としています。RC Fに遜色ない走りを実現すべく鋭意開発中ですので、今しばらくお待ちいただければと思います。

渡辺:ラグジュアリー性にはどのように応えていますか?

矢口:実は、そこは強く意識していませんね。でも、個々のディテールはきちんと考えぬかれたものにしています。たとえばシート。バケットタイプだから一般道ではきついと思われるかもしれませんが、柔らかめのタッチで窮屈感なく体をホールドしてくれる設計にしてありますので、長距離移動での疲れはかなり少ないはずです。ステアリングも握り形状や表皮、ステッチなどにこだわっていて、きちんとした姿勢で運転するとしっくり収まるように仕立ててあります。そして乗りつづけるうちに、メーターの見やすさにもお気づきいただけるでしょう。そういう工夫の積み重ねを、トリム素材やステッチの色使いなどで“F”らしいトーンに整えています。あくまで機能優先ですが、結果的に長く使ってみての快適さを“ラグジュアリー”ととらえてもらえれば有難いです。

渡辺:そうとは言え、RC Fのパフォーマンスをすべて出し切れるのはサーキットということになりますよね。実際、一般の人にとってそれはなかなか敷居が高いと思うんですが……。

矢口:気軽かつ安全にサーキット走行を体験していただける場として、ドライビング・レッスンを定期的に開催しています。プロレーサーによるカリキュラムも充実していますので、ここでテクニックを磨いていただければサーキット走行の基本プラスαは学ぶことができる。そうなると、自分は門外漢だと思っていた方にもサーキットを身近に感じていただけるんですね。サーキット走行自体の出費はゴルフに行くのと大差ありませんから、これはもう大人の趣味として十分に楽しんでいただけますし、そこで色々な仲間と知り合うこともできます。技術面でなく精神性として“F”が目指しているのはまさにそれ。「サーキットクラブ」みたいなところなんです。

渡辺敏史

渡辺敏史のRC F インプレッション

街角からアウトドア、そしてサーキットへ。柔軟なレスポンスが快適な走行を約束する

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レクサスにおけるスポーティネスの頂点にして、サーキット走行を前提としたパフォーマンス── 。

そんなインプットのもと、RC Fに試乗すると、多くの読者諸氏は驚くと思う。

まず、唖然とするほど乗りやすい。ノンターボの5L V8にして477psのパワーといえば相応のハイチューンだが、アクセル操作に気づかうことなく粘り強いトルクをじわりと引き出すことができる。サーキットでは250km/h超からの制動力が求められるブレーキも、中低速域でのコントロール性はつとめて穏やかだ。

路地裏を歩むようにゆっくりと走ることも苦にならない……ばかりでなく、その操作系の感触には標準モデルとはひと味違った重みがある。あるいは、数多の輸入車と比べてもずっしりとした感触がある。それは例えるなら、オーディオアンプのボリュームノブのように、精度や質感を伴った上質さの証と表してもいいだろう。なんとあらば300km/hに迫る超高速域までを担う手綱だと考えれば、その手応えには納得できる。

この乗りやすさ、扱いやすさが結果的には快適性とも繋がっているのだろう。RC Fは週末のツーリングに駆り出しても優れた適性をみせてくれる。乗り心地は基本的にフラットだが、さすがに凹凸の連続や目地段差では足回りの硬さに車体を揺すられることもある。それでも衝撃は適切に丸められていて、不快に感じるほどではない。ちなみに高速巡航での燃費はレーダークルーズコントロールに任せても11km/L位と、その持てる能力を考えれば及第点を与えられる。

と、ここで念押しすれば、RC Fのサーキットでの実力は文句なしの本物だ。しかも単に速いというだけではない。ストレートでは今や世界的にも貴重になりつつあるNAの高回転型大排気量エンジンを思い切り回す気持ちよさも味わうことができるだろう。そしてコーナリングでは、テールスライドをコントロールする愉しみと共に、万一の際にも修正が容易という優しさがしっかり両立してもいる。

サーキットと公道といえば、求められる性能が相反するのが一般的だが、RC Fはその両端を稀有なまでにシームレスに繋いだ車だ。双方に共通する、つまりあらゆる速度域で貫かれるキーワードは「安心して気持ちよく扱える」ということになる。モデルとしては特殊な嗜好に応えるものではあるだろう。が、そこにも貫かれるのはレクサス流の思想だ。

わたなべ としふみ◎1967年福岡県生まれ。二輪・四輪誌の編集経験を経て、フリーランスの自動車ジャーナリストに。以来、自動車専門誌にとどまらず幅広いメディアで活躍。なかでも「週刊文春」の連載「カーなべ」は好評を博し、2015年1月同タイトル『カーなべ』として刊行。その緻密な分析とわかりやすい解説には定評がある。

moment 2015年 7/8月号より