moment 2019年1/2月号
海外紀行 ワイオミング

ワイオミングという
地上の楽園

文・島 泰三 写真・阿部雄介

“アメリカでもっとも美しい国立公園”と称されるわけを、それを見た人は理解するだろう。2つの国立公園とそのまわりに国有林群がとりまいてこの地域の自然を守り、「大イエローストーン圏生態系」が形成されている。中核をなすイエローストーン国立公園だけで「四国の半分の面積(8980平方キロ)」があり、バイソン、ムース、エルク、プロングホーンなどの巨大有蹄類の楽園となった。地上の楽園へ、いざ——。

GRAND TETON NATIONAL PARKシェーンのいた風景

はるかな山が呼んでいる

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グランドティートン(標高4197メートル)の峰々が、星の見えそうなほど深い蒼穹に立ちあがる風景には、静謐で、この上ない神聖さがある。裾野の森が春ならば緑に、秋ならば黄や赤に染まり、季節ごとの華やぎをそえ、山容の巨大さと荘厳さをますます引き立てる。

無窮を体現する山々が、コントルタマツ(Lodgepole pine)の緑の尖塔を近景に鏡の湖面に映されるとき、この世のものとは思えない宙空のパノラマが展開される。この風景を見ることができる場所にはことかかないが、ジェニー湖に映るグランドティートンの岩峰とその深い渓谷美は、ことさらである。

ジェニー湖の岸に立って、はるか対岸に聳えるグランドティートンを見晴らすと、滝の音が低く轟いてくる。それは、永劫の時と無窮の広がりの中に刻まれる目に見えない無数の動きであり、それらが集まってひそかなしぶきとなり、目に見える流れとなり、奔騰する急流となり滝となって岩を削り、谷を創成し、ついには山を砕く大自然の営みの予告である。ひとしずくの水滴も、あの山岳を変えているのだと、湖面を渡る滝の音は告げている。

グランドティートンを背にして、初めて、アラン・ラッド主演の映画『シェーン』の風景が心に落ちてくる。『シェーン』(1953年)のテーマ曲「はるかなる山の呼び声」では、馬の足音のリズムが背景音に刻まれる。大西部の風景の雄大さを圧倒的な量感で示すのは、グランドティートンの山並みである。その歌は「馬を飛ばし何処まで行くのか/I must obey the call of the faraway hills」というリフレインによって、敗戦後の日本人にアメリカの大きさと果てしなさを強烈に印象づけた。その撮影現場は当時のままである。

バイソンとの対峙

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『シェーン』の撮影地へは、エルクの角を盛り上げて作った門で有名なジャクソンの中央広場から国立エルク保護区を通ってグランドティートン国立公園内の平原、アンテロープフラットをめざす。モルモン・ロウ・ロードに入り小川を渡れば、有名な撮影地はすぐそこである。

丸木小屋のまわりの芝生には穴から顔を出し、空を見上げて猛禽類を警戒するジリスたちが、小鳥のような高い声をあげて走り回っている。背景は蒼穹に立つグランドティートンの峰々。風景の広大さと小動物のかわいらしさの対比は、現地でこそ見る価値がある。

かなたを見晴らすと、道路沿いにバイソンの群れがいる。セージブラッシュ・フラット(ヤマヨモギ平原)と呼ばれる、氷河の作った荒れ果てた草原に、バイソンはあくまで黒々とした塊として、エルクは茶と白の優雅な色模様で、白い山脈を背に佇んでいる。道路を横断するバイソンのために大型のキャンピングカーが何台も停まり、人々はカメラを持ってこの北米固有の巨大有蹄類の姿を撮影している。

バイソンは道路を渡るとき、人間たちに向かって身構えることがあり、正面からその顔がよく見えるのだが、その目は意外にも優しい。小柄な若いバイソン2頭は、道路上でしばらく角を突き合わせていた。まだ、ほんのお遊びである。

60頭以上にもなるバイソンの群れが、ときに座りこみながらまた立ちあがり、草を食べては移動する。ゆっくりと着実にバイソンの群れは通り過ぎ、巨大な姿は見まもるうちにやがて小さくなり、かなたの白銀の峰々にとけこむ風景と化していった。

一度は消滅し、今や復活し、未来に残されていく野生の風景である。

ワイオミングで出会った野生動物たち

ムース

ムース

Moose(鯨偶蹄目シカ科) ヘラジカ、オオジカ

水辺を好み、夜明けや日没後に活動し、時速56㎞で走るものも。肩高最大2.3m(ゾウ、キリンに次いで陸上哺乳類中第3位)、体重800㎏に達する世界最大のシカ。広がった角(オスのみ)は集音機能をもつ。長い脚は湿地での生活に適すと同時に長距離を泳いだり、5m以上潜ることもできる。スネークリバー沿いに多くすみ、ほかのシカ類が食べないヤナギ類やカバノキの枝先を食べる。ムースの唾液は植物の成長を促す成分を含んでいると言われる。北米大陸の湿地の生態系がムースを育み、その生態系の再生をムースが排泄物や唾液によって促進しているのだ。

プロングホーン

プロングホーン

Pronghorn(鯨偶蹄目プロングホーン科)

一般的にはアンテロープと呼ばれる。シカ科の放散が1000万年前に始まるのに対して、4000万年前あたりに分岐していた起原の古い有蹄類。更新世には5属11種もいたが、この1種だけが生き残った。名前の由来は、角の形がプロング(乾し草フォーク)に似ていることから。開けた草原か低木の地域にすみ、足が速く、最高スピードは時速80㎞超! きわめて活動的で好奇心がつよい(一度逃げても物見高く戻ってくる)。1850年代には5000万頭いたとされるが、1920年には1万3000頭まで減少し、保護の対象に。

ビーバー

ビーバー

Beaver(囓歯目ビーバー科)

囓歯目(ネズミやリスの仲間)としてはカピバラに次いで2番目に大きく、体重は30㎏にもなる。水中に築く巣の直径は10m、木をかじり倒して作るダムは長さ600mにもなるという。うろこのある平たい尾と水かきのある後ろ足は、水中生活の装備として生物学的にきわめて特異。オックスボウベンドやヘイデンバレーでは、口に何かをくわえて運んでいる姿が見られる。強力な門歯を使って直径30㎝の立木なら数時間でかじり倒す。ダム内に作ったドーム型の巣室にすみ、昼夜関係なく活動するので、一日の周期は29時間と計算されている。

エルク

エルク

Elk(鯨偶蹄目シカ科)
アメリカアカシカ

ワピチとも。北アメリカ北西部から中国東北部、モンゴルに分布する。ヨーロッパのアカシカ、日本のニホンジカより大きく、シカ類第2の大きさを誇る。体重450㎏、角長2mに達するものもある。ヨーロッパではムースをエルクと呼ぶ。

ジリス

ジリス

(囓歯目リス科/全世界には36種、ワイオミングとその周辺地域には7種ほど)

メスは地下30~50㎝、長さ3〜5mの巣穴を持ち、近縁者同士が集まって協力し合ってくらす。平均産子数5頭。長い冬眠期間(最長7~8カ月間)に凍死したり、アナグマなどに食べられて子どもたちの3分の2は死んでしまう。

ハクトウワシ

ハクトウワシ

Bald eagle(タカ目タカ科)

18世紀末には国内に5万羽いたとされる合衆国の国鳥。大イエローストーン圏生態系で彼らの巣を探すのは、簡単。あたりで一番高い木のてっぺん近くを探せばよい。この方法で、スネークリバーの川下りの途中で、ハクトウワシを見つけることができる。

グリズリー

グリズリー

Grizzly bear(食肉目クマ科)
ハイイログマ、ヒグマ

北米大陸北部に棲息する。体重400㎏を超えるものもあり、メスでも200㎏に達する。1.2㎝のボルトを咬みきり、時速50㎞で突進する。ホッキョクグマ(650㎏)に次ぐ陸上最大の食肉獣である。

アメリカグマ

アメリカグマ

American black bear(食肉目クマ科)

北米大陸のほぼ全域に分布するクマで、ユーラシア大陸のツキノワグマより倍も大きく、オスの体重は250㎏を超す。アメリカ西部のものは、東部のものに比べてやや小型である。

Jackson2つの国立公園観光の拠点

ワイルドウエストのふるさと

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全米唯一、国立公園内にあるジャクソンホール空港からジャクソンの町までは10キロほど。ジャクソンは、かつて西部開拓を進めた毛皮取引の中心地であり、バイソンとエルクの季節移動のルートの中心に位置していた。現在はイエローストーン、グランドティートン両国立公園への拠点となる観光都市として整備されている。

誰もが驚く中央広場、タウンスクエアの四方のアーチ門は、すべてエルクの角(約5280個!)で構成されている。このあまりにも有名なアーチにはいわれがある。

この地に入植した人々は、エルクが農耕地に入るのを防ぐのに苦労し、ついにエルクに壊されない柵を村のまわりに張り巡らした。しかし、それはエルクがジャクソン南方のグリーンリバーやレッドデザートで冬越しをするためのルートを閉ざすことになり、1908〜09年にかけての冬には、ジャクソン周辺に集まったエルク1万6000頭の約半分が死に、雪の野山はその死骸で埋まった。このときから、エルクを救うための活動がジャクソンの地域住民の間で始まり、1912年、連邦議会がエルク保護区を設立する議案を可決した。このエルク保護区のシカたちが毎年落とす角が、中央広場のオブジェとなったのである。

ここを中心に、古い西部の佇まいを残したノスタルジーにあふれる町並みが実に気持ちよく、散歩には最適である。郊外にはフォーシーズンズリゾートを始めとする多くのホテル群によって、ラグジュアリーなティートンヴィレッジが作られている。ここからグランドティートン国立公園の南端にたつランデブーマウンテンの頂上近くまで空中トラムがロープウェイを延ばし、冬のスキー、夏の山岳トレッキングコースをバックアップしている。

夏はジェニー湖を渡るフェリーが出て、グランドティートンの麓まで行くことができる。そこからのハイキングトレイルは合計370キロにもなり、ヒドゥンフォールの幾段にもなって落ちる滝やサファイアのように青く輝くジェニー湖を見晴らすインスピレーションポイントを回るのである。

ジャクソンを拠点にワイオミング州の国立公園地域を旅することは、天国を旅するも同然である。深く澄み切ったジャクソン湖に映る白銀のマウントモランにカヌーで分け入るとき、蛇行するスネークリバーを流れる筏に身を任せ、からからと鳴る川底の石の音を聞きながら、青空に旋回する山々と風を感じるとき、また、川岸に世界最大のシカ類であるムースや齧歯類世界第2の大きさのビーバーに出会うとき、かつてあり、今また実現した手つかずの自然世界を垣間見ることができるだろう。

活動的な若者たちは、自転車で、馬で、徒歩でこの絶景のひとこまに同化することもできる。この国立公園地域の中をただひとりで歩く若い女性がいるのは、アメリカの中での安全と平和の象徴である。

スネークリバーブルワリー

スネークリバーブルワリー

ワイオミング最古の醸造所。併設のレストランでできたてのビールを味わえるとあって、常にビール愛好家で賑わう。8種のクラフトビール飲み比べセットをぜひお試しあれ。

住所:265 South Millward Jackson,WY 83001 U.S.A.
URLhttps://www.snakeriverbrewing.com/
ガンバレル

写真手前は、ひとつ30㎝はあるというバイソンの骨付きリブ。カウボーイ気分で豪快にかじりつく。奥はバイソンのカルパッチョ。新鮮だからこその逸品。

ガンバレル

ゲームミート(ジビエ)がテーマのレストラン。店内は野生動物の剥製で埋め尽くされ、さながら博物館の雰囲気。“ワイルドウエスト”の気分にどっぷりと浸れる。

住所:862 West Broadway Jackson,WY 83001 U.S.A.
URLhttp://jackson.gunbarrel.com/

WHERE TO STAY IN JACKSON

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フォーシーズンズリゾート アンド レジデンス ジャクソン ホール

ティートンヴィレッジ屈指の5つ星山岳リゾート。経験豊かなガイドによる星空観察、グランドティートン国立公園などで野生の動植物を堪能するワイルドライフサファリ、イエローストーン国立公園への1日ツアー、フライフィッシングなど、ここならではの特別なアクティビティが用意されている(有料)。上質な家具を設えた客室に加え、館内には疲れた体を癒すスパや、世界中から幅広いセレクションのビール、ウィスキーを揃えたバーなどがあり、滞在の楽しみは尽きない。

フォーシーズンズリゾート アンド レジデンス ジャクソン ホール

ロビーは、アースカラーを基調に、アメリカ先住民族のモチーフをアレンジしたファブリックが配されている。ラグジュアリーな中にもくつろいだムードが漂う。

フォーシーズンズリゾート アンド レジデンス ジャクソン ホール

住所:7680 Granite Loop Road, P.O.BOX 544, Teton Village, WY 83025 U.S.A.
電話:1-307-732-5000
日本の予約オフィス
電話:0120-024-754
URLhttps://www.fourseasons.com/jacksonhole/