moment 2017年11/12月号
海外紀行 香港

懐かしい 香港で過ごす休日

文・山口由美 写真・岡村昌宏 コーディネート・辻村哲郎

ここ数年で香港を訪れる旅行者数が回復しているという。久しぶりにこの地を訪れてみると、独特の中洋折衷文化を宿す懐かしい香港が変わらずに迎えてくれた。1928年の開業以来、コロニアル時代から現代まで香港を象徴するホテルでありつづける、ザ・ペニンシュラ香港にゆったり滞在し、“Hong Kong”が垣間見えるスポットを訪ね、そのたくましい歴史をふりかえる。


Access
香港へは成田、羽田、関西、沖縄、福岡、新千歳、中部国際空港から直行便で、所要時間は4~5時間ほど。ランタオ島にある香港国際空港から中心部までは約35km、移動交通機関により時間は約30~90分。冬は意外に寒く平均気温は12~20°C。暖房がない施設も多いため防寒対策はしっかりと。時差は−1時間。通貨は香港ドル(HK$)で1HK$=約14.3円(2017年9月現在)。


歴史を知れば香港はもっと面白い

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香港の夜景が美しいのは、香港島と九龍半島(カオルン)の間に港が広がる地形が美しいからだ。ビクトリアピークから香港を俯瞰すると、そのことがよくわかる。

ここが天然の良港でなかったなら、イギリス人が注目することもなく、香港は誕生しなかったに違いない。

スターフェリーで香港島と九龍を行き来するたびに、そんな歴史の必然に思いをはせる。

そして、もしイギリス人がティータイムの習慣を持たなかったなら、やはり香港は存在しなかったかもしれない。

19世紀、清国からお茶を輸入し、インドの綿織物を輸出していた英国は、お茶の輸入過剰から大量の銀が清に流出。その銀を回収するためにアヘンを密輸出するようになる。歴史の教科書でおなじみの三角貿易とアヘン戦争の勃発。清は戦争に負け、香港は植民地となった。

飲茶で中国茶を、アフタヌーンティーで紅茶を、香港でお茶を飲むたびに、そんな歴史の偶然を考える。

いくつもの歴史の必然と偶然の上に、香港は香港になった。

戦後の中華人民共和国の建国と朝鮮戦争。続く冷戦時代には、ベルリンの壁さながらに、資本主義と社会主義が相対峙する境界線でもあった。

ハリウッド映画『慕情』や『スージー・ウォンの世界』に描かれたのは、そうした時代の香港だ。

香港島から始まった植民地は、九龍半島、そして新界と周辺の島々へとエリアを拡大していった。99年の租借権が設定されたのは、実は新界と島嶼部だけ。しかし、中心部を切り離された香港はあり得ないと、1997年の返還は香港の全域が対象となった。

そうした歴史に興味を持ったなら、香港歴史博物館にぜひ足を運びたい。昔の町並みが復元された展示は、臨場感があり、わかりやすい。断片的な知識が整理され、なぜ香港が香港になったかが解き明かされる。

展示の最後は、1997年の返還をもって締めくくられる。だが、その後も、「一国二制度」のもとで、今も香港は香港でありつづけている。

アジアと西欧、異なる政治体制、いつも香港は、相対するものの緊張と混在を内包し、だからこそのエキゾティシズムで旅人を魅了してきた。

歴史を知ると、何気ない風景の中に香港の奥深いドラマが立ち上がってくる。

香港歴史博物館

香港歴史博物館

有史以前から1997年の香港返還までの自然や文化、生活様式をわかりやすく展示。7,000㎡にも及ぶ常設展「香港故事」は必見。

住所:100 Chatham Road South, Tsim Sha Tsui East, Kowloon, Hong Kong
TEL:852-2724-9042
URLhttp://www.lcsd.gov.hk/CE/Museum/History/en_US/web/mh/index.html
香港大学本館

1910年創立と香港で最古の歴史を誇る香港大学本館内部。

歴史的建造物から見えてくること

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香港最古のコロニアル建築は、アバンギャルドな外見の高層ビルを背景に、ひっそりと佇んでいた。

対岸の九龍から見ると、絵に描いたような香港の風景をかたちづくる中環(チョンワン)の金融街。最古の建物は、その狭間にある香港公園の一角に建ち、現在は茶具文物館(旧フラッグスタッフ・ハウス)になっている。

香港の英国植民地支配は、アヘン戦争が終わった翌年、1843年に始まった。フラッグスタッフ・ハウス、すなわち軍総司令官邸が建設されたのは、1844年から46年にかけてのこと。コロニアル建築らしく、周囲にベランダがめぐらされたグリーク・リバイバル(ギリシャ復興)様式の瀟洒な建物は、香港の歴史を見つめてきた。

九龍サイドにあるコロニアル建築といえば、旧海上警察本部の1881ヘリテージだ。その名の通り、1880年代初頭に建てられ、香港の海の安全を見守ってきた。建物自体はホテルに改装され、周辺はショッピングモールとして再開発されている。尖沙咀(チムシャツォイ)の喧噪の中で、ここだけ別世界のようだ。

香港で最も美しいコロニアル建築は、香港大学のメインビルディングだと思う。

孫文が医学を学んだことでも知られる名門、香港大学を象徴する建物。1910年から12年にかけて建造されたエドワーディアン・バロック様式だ。ピンク色の華やかな外観に、4つの中庭を取り巻くスタイル。すっくと天にそびえる時計塔が印象的だ。鮮やかな色のタイルが施された回廊の床がなんとも美しい。大学というより、リゾートホテルに迷い込んだようである。

戦後のモダニズム建築であれば、PMQが面白い。

1951年、既婚者の警察官舎として建設された。Police Married Quartersの略でPMQだ。当時、香港には難民が押し寄せており、多くの警察官が必要とされた。モダンで快適な住居は、求人のための福利厚生だったという。

もともとは1862年に創立した香港最古の公立西洋式学校があった場所。孫文はここを卒業した後、医者を志した。戦争で建物が破壊され、警察官舎となり、今は、若いデザイナーやクリエーターの発信基地として、個性的なショップが並ぶ。

香港の歴史的建造物の多くは、ビル群の合間に「小さなおうち」のようにしてある。それは香港の数奇な歴史と経済発展を物語るものでもある。

フォルトゥニー

香港法定古蹟とは?

香港では1976年に施行された条例により、歴史的モニュメントの保護保存が重視されるようになった。現在、法定古蹟に香港大学本館や茶具文物館、1881ヘリテージ(左)など114件が指定されており、それに準ずるものとして一級歴史建築(ザ・ペニンシュラ香港本館など)、二級歴史建築、三級歴史建築(PMQなど)がある。

変わらぬ飲茶文化と陸羽茶室

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飲茶というと、エビ餃子や饅頭など、蒸籠からほかほかの湯気が上がる点心が連想される。しかし、点心はあくまでお茶請けであり、飲茶とは文字通り、「茶を飲む」ことなのだと、陸羽茶室で教わった。

実際、そこには、毎日決まった時間、決まったテーブルに座って、お茶を飲む人たちがいた。

提供されるお茶は常時、5、6種類。中国のお茶は葉の色で緑、白、黄、青、紅、黒と分けられる。無発酵の緑、微発酵の白、以降、色が濃くなるにつれ発酵が強まる。

最上級の白茶、白牡丹茶を頂いた。すっきりと爽やかで上品な味わい。何杯飲んでも飽きがこない。

陸羽のお茶は、どれも選りすぐりの上級品。黙っていると適当なお茶が注がれるが、お茶の基本を理解して自分の好みを伝えたい。

ビジネスの中心、中環という場所柄もあり、常連客は、この周辺で働く、もしくはかつて働いていた不動産や金融関係のビジネスマン、弁護士、医者が多いという。彼らはたいてい、運転手付きの車で来店する。

従業員の親しげな様子からも常連客は何となくわかる。お気に入りの点心をいくつか注文すると、あとはひとり新聞を広げたり、ゆったりと時間を過ごしている。一方、一見(いちげん)の観光客は、ついつい点心をたくさん注文して、テーブルをいっぱいにしてしまう。

創業は1933年。最初の店は上環(ションワン)にあり、中環のスタンレーストリート沿いの現在の場所に移ってきたのは1976年のことだ。ここは、孫文が関わった「中国日報」という新聞社のあった歴史的なロケーションでもある。アールデコのインテリアは、最初の店の雰囲気を今に伝える。インド人のドアマンが客を迎え入れるのも昔ながらだ。

現在のようなスタイルの飲茶は、1930年代の広州で始まったそうで、1週間ごとにメニューが変わるシステムは当時からのもの。朝の時間帯だけ、首から提げたトレイに蒸籠を載せて駅弁形式で店内を廻る。これもワゴン式より古いスタイルなのだそうだ。

その昔、香港には、陸羽のような茶樓がいたるところにあった。だが、いつしか消えてしまい、陸羽茶室は伝統的な飲茶文化を伝える希少な場所となった。一見客に敷居が高いという評判は相変わらずだが、それでも最近は少し入りやすい雰囲気になってきている。

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陸羽茶室

店の入り口でインド人のドアマンが迎えるのは高級店の証し。オールド香港のインテリアで、古き佳き飲茶を体験できる博物館的存在の老舗だ。

住所:24 Stanley Street, Central, Hong Kong
営業時間:7:00〜22:00
TEL:852-2523-5464
URLhttp://www.lukyuteahouse.com