moment 2017年 1/2月号
海外紀行 ベトナム

甘美なるベトナムへ

文・甘利美緒 写真・阿部雄介 コーディネート・河村きくみ

地域によって異なる文化や歴史に触れることができる国、ベトナム。目的地は、国内最大級の自然保護地域のヌイチュア国立公園と、アジア屈指の商業都市ホーチミン。ベトナムの多彩なテロワール(土壌、風土)を味わう旅へ。

ベトナムの魅力はその多彩さにある。洗練と素朴、東洋と西洋、高層ビルと屋台群……。地域によって異なる文化や歴史に触れることができる。目的地は、国内最大級の自然保護地域であるヌイチュア国立公園と、アジア屈指の商業都市ホーチミン。ベトナムの多彩なテロワール(土壌、風土)を味わう旅へ。


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成田、羽田からホーチミンまでは直行便で約6時間30分。関空、中部から約5時間30分、福岡から約5時間。「ザ・レヴェリー サイゴン」など市中心部までは車で約30分。ホーチミンからカムラン国際空港までは国内線で約1時間。カムラン国際空港から「アマノイ」までは車で約1時間30分。時差は−2時間。


ヌイチュア国立公園ホーチミンから1時間の秘境「ヌイチュア国立公園」

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1960年から75年まで約14年半にわたって続いた戦争を経て、昨今、飛躍的な経済成長を遂げているベトナムはしばしば「混沌」の二文字で表現されてきた。国内最大の商業都市・ホーチミンに溢れるバイクの洪水、そしてその中を車が揺蕩(たゆた)うように進んでいく様は、それを如実に物語っている。

今回の旅の目的のひとつは、2013年9月に開業したベトナム初のアマン、「アマノイ」を訪ねることだ。

世界20カ国に施設を展開するアマンはラグジュアリーリゾートを愛する者にとって憧れの存在。唯一無二であり続けるのは、その土地に根差す文化、芸術、自然、さらには地元の人びとの暮らしをも重視したロケーションを選び抜き、リゾート施設を築いてきたからにほかならず、「アマノイ」も例外ではない。立地は2万9000ヘクタールもの面積を有するヌイチュア国立公園の中。自然保護地域に指定されている園内には約1500種の植物、160種の鳥、60種の動物が生息していると言われている。

ちなみに、“アマノイ”とはサンスクリット語で「平和なる場所」を意味する。多くの生物のゆりかごとなっているそこはどれほど安らかな場所なのか。そこではいかなるベトナムに出会えるのか──。

静寂と“手つかず”の贅沢

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パビリオン(戸建ての客室)のテラスに出て、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。あたり一面、緑が溢れんばかりに生い茂り、その下にはベトナム屈指の絶景と評判の、紺碧のビン・ヒ湾が広がっていたのだ。

バギーに乗ってダイニングのあるセントラルパビリオンへ出かけると、さらに驚かされることになった。高台に位置するそこからは植生豊かな森の中に奇怪な形をした巨大な花崗岩がごろごろ点在しているのが見える。

ベトナム初のアマン建設にヌイチュア国立公園が選ばれた最大の理由は、未開発で手つかずの圧倒的な自然が残っており、ゲストのみがその恩恵を享受できる特別な環境だったからだと言う。

「『アマノイ』の開発にあたっては、何よりも自然保護が優先されました」と、総支配人のショーン・フレイクラー氏は言った。それが証拠に、建物に関するあらゆる資材の運搬はなんと手作業で行われたらしい。建設についても大掛かりな機械には頼らず、それゆえに着工からオープンまで5年もの歳月を要したそうだ。シティには、超高層ビルやインフラが次々と増えていくご時世である。「アマノイ」完成に至る道のりがいかに丁寧を極めたものか想像に難くない。

ヌイチュア国立公園の中でひときわ高いゴガ・ピークに登ってみた。その頂からの眺めはまさに旅のハイライト。空と海と森と岩だけが織りなす世界に抱かれるようにして31棟のパビリオンとヴィラが佇んでいる。その様子があまりに神秘的だったので、私はすっかり心を奪われて、呆けたように見とれてしまった。

日本を発つ前、飽和状態の今の時代において「贅沢とは何か」という話題で盛り上がったのだが、もしかすると「手つかず」ということかもしれない。この景色を眼前にして、そう、しみじみ実感させられたのだった。

AMANOI

AMANOI

アマノイ

この地の景観や植生に溶け込むように31のパビリオンと7棟のヴィラ、レストランや図書館からなるセントラルパビリオン、スパ、プールなどが配されている。国立公園の自然を楽しむトレッキングやシュノーケリングの他、周辺の葡萄畑やビン・ヒ湾の漁村を訪問するなどのアクティビティも多彩。

住所:Vinh Hy Village, Vinh Hai Commune Ninh Hai District Ninh Thuan Province, Vietnam
TEL:84 68 377 0777
日本語対応フリーダイヤル(アマン共通) 0120-951-125(平日11:00〜19:00)
URLamanoi.com/

ホーチミン新旧のコントラストがホーチミンの魅力

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2015年のGDP成長率がインドに次ぐ高成長を記録するなど、伸び盛りのベトナム経済を体現するかのように、ホーチミンでは高層ビルや高級マンション、ラグジュアリーホテルの建設、ベトナム初の地下鉄の整備が急ピッチで進められていた。

そんな「動」の空気が街を包み込む一方で、懐古的な気分にも浸らされた。中央郵便局、市民劇場、白亜のコンチネンタルホテル。ドンコイ通り周辺を歩けばフランス統治時代を偲ばせるコロニアル様式の建物が見つかる。それらはクラシカルで優美で静的で、往時の趣が今のホーチミンの活気をよりいっそう浮き彫りにしているようだった。

宿泊はドンコイ通りとグエンフエ通りに面した6つ星ホテル「ザ・レヴェリー サイゴン」を選んだ。2016年に米国の旅行誌「コンデナスト・トラベラー」にて“最も卓越したホテルのひとつ”と紹介された気鋭のホテルである。

手がけたのは、ホーチミンで数々のホテルや商業施設を運営するタイムズ・スクエア・グループ。海外に向け、従来のベトナムのイメージを覆す唯一無二のホテルを目指したと言う。まずこだわったのがデザイン。天然石やモザイクを駆使したロビーやスパ、レストラン、客室に至るまで、コロンボスティール、ヴィジオネアといったイタリア最高峰の家具ブランドを取り入れた。これに風水の要素を加え、新たなベトナム・モダンラグジュアリーを提示したのだ。

たとえば7階のメインロビーにある大時計は、19世紀創業の老舗ブランド・バルディの特製で、緑色に輝くマラカイトのモザイクに24金の装飾があしらわれた壮麗なデザイン。また、ゲストがくつろぐオーストリッチ革のソファ「エスメラルダ」はコロンボスティールの手仕事によるもので、世界に2つしかない。ちなみにもうひとつの持ち主は、マイケル・ジャクソンだった。

“レヴェリー(夢想)”のごとき非日常……。滞在の楽しみはつきない。

THE REVERIE SAIGON

THE REVERIE SAIGON

ザ・レヴェリー サイゴン

ホーチミンの中心部に建つ高層ビル「タイムズスクエア」に2015年9月開業。客室は高層階に位置し、その眺望はベトナム一との呼び声も高い。また、共用部や客室にはイタリア産の天然石やモザイクが配され、まさにレヴェリー(夢想)の趣だ。上質な家具やシャンデリアを備えた客室は全286室。寝室やバスタブの窓越しに見下ろすホーチミンの光景は圧巻。オールデイダイニングからカジュアルなバー、広東料理、イタリアンなど、レストランも充実している。

住所:22-36 Nguyen Hue BLVD. Dong Khoi ST. District 1, Ho Chi Minh City, Vietnam
TEL:84 8 3823 6688
URLhttp://www.thereveriesaigon.com/

ベトナムのカカオに魅せられて

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「アマノイ」のミニバーに、美しい包装紙のチョコレートが置かれていた。「MAROU(マルゥ)」とあり、その下に“SAIGON”のプリント。ホーチミンに店舗があると聞き、ぜひ訪れたいと思っていた。

近年、チョコレート業界では欧米を発端として「ビーン・トゥ・バー(Bean to Bar)」が流行している。「豆からバー(板状)になるまで」という言葉のとおり、カカオの買い付け、焙煎、製造のすべてを自社の工場で行うスタイルのことで、日本でも注目を集めている。

「マルゥ」はベトナム初のビーン・トゥ・バー・メーカーで、経営者はフランス人のサミュエル・マルタとヴィンセント・モローのふたり。元銀行員、元広告マンと、もともとチョコレート作りに縁のなかった彼らが、いかにして今を生きるようになったのか。そして、異国に生まれながらホーチミンに暮らすようになった彼らに、この地はどう映っているのか、訊いてみたいと思った。

「最初はただの偶然だった」。マルタは開口一番、切り出した。彼がホーチミンに来ることになったのは会社の事情。勤務していた銀行の支店を設立するためだった。

ある休日、マルタがジャングルへトレッキングに出かけると、そこにはモローがいた。モローは広告の仕事に疲れを覚え、ベトナムを旅していたところだった。同郷のよしみでふたりは意気投合。その後、友人の勧めでカカオ農園に行ったことが転機となった。

ベトナムにはフランス統治時代にカカオがもたらされたが、戦争で減産し、小規模農家が栽培するに留まっていた。生産者たちはカカオの実を加工せずに食用にしていたのだが、農家の人びとと語らい、その現状を知ったふたりはたまらなくわくわくしたという。

「ホーチミンで最高のチョコレートを作りたい。心の底から湧き上がってきた思いをどうしても止められなくなってしまった」。今度はモローが言葉を継いだ。

それから、ふたりは我々をティエンジャン省にあるカカオ農園へ案内してくれた。メコンデルタの水を運ぶ水路が網の目のように張り巡らされた平野では高品質のカカオが安定して収穫できる。幹線道路から一歩中へ入ると、森の中にはカカオがわんさと実っていた。

なんと長閑であろう。そう思っていたら、ふと、隣にいたモローが晴れやかな顔つきでこう言った。

「今、ホーチミンでは産業化を推し進めようと躍起になっている。その様子には刺激を覚えるし、一方で、埋もれゆくものを掘り起こし、自分たちで創造する楽しさを享受することもできるんだ。ベトナムのカカオを『マルゥ』のチョコレートに変換するようにね」

そこではたと閃いた。「マルゥ」がシングルオリジンチョコレートを展開することは、彼らがベトナムの多彩なテロワールを発見し、発信していることでもあるのかもしれない、と。ベトナムは奥が深い。それぞれに個性的で澄み切ったフレーバーを味わい、ひしひしと思った。

SAIGON……サイゴン。ホーチミン市の旧名。

あまり みお◎1978年東京都生まれ。ライター。出版社勤務を経てフリーとなり、男性誌、女性誌、会員誌などで役者や文化人など著名人のインタビュー記事を手がけるほか、食や旅などライフスタイルに関する記事を執筆中。

あべ ゆうすけ◎写真家。自然・環境・紀行を中心に国内外で撮影を行い、機内誌ほかさまざまな媒体で活躍。2009年、マレーシア・サバ州観光省主催「サバ・ツーリズムアワード」にて、海外メディア部門最優秀賞を受賞。著書(写真)に『決定版 日本水族館紀行』など。

moment 2017年 1/2月号より