moment 2016年11/12月号
海外紀行 バルト海

バルト海をゆく
優雅なクルーズ旅

文・坪田三千代 写真・小松士郎

白夜の季節、美しい北欧の街ストックホルムやヘルシンキ、サンクトペテルブルク、コペンハーゲンに寄港する人気のバルト海クルーズ。そのなかでもラグジュアリーさと“和のおもてなし”が嬉しいワンランク上の船旅へ。

美しい北欧の街ストックホルムやヘルシンキ、コペンハーゲン、そしてロシア第2の都市サンクトペテルブルクには2泊3日寄港──。人気のバルト海クルーズのなかでも、ラグジュアリーさはもちろん、和食や日本語サービスなど“和のおもてなし”が嬉しいワンランク上の船旅へ。


Baltic Sea Cruise
日本人スタッフが常に乗船し、日本語の船内新聞やレストランでは日本語メニューが用意されるなど、「和のおもてなし」が嬉しいクリスタル・クルーズ。今回はストックホルム発、ヘルシンキ、サンクトペテルブルク、コペンハーゲンに寄港する北欧バルト海の船旅を紹介する。


Life on Board Ship船上ライフ
“ラグジュアリークルーズ”という特別な時空間へ

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バルト海の空は、クールで、抜けるように青い。クリスタル・シンフォニーの真っ白な船体とファンネルマークのエメラルドグリーンが、北欧の空と海に、晴れやかに溶け込んでいる。

「ウェルカム・アボード!」

巨大な船体の内部へと続くタラップを、一歩一歩登って行く。期待に胸が高鳴るひとときだ。まずは、上品な華やかさを持つロビーフロアで、乗客であることを証明する顔写真入りのクルーズカードを作成してもらう。これで船が、しばし自分のホームとなった。日々の仕事とも陸の論理とも切り離された、海の上ならではの非日常な時空間の始まりだ。

ヨーロッパ大陸とスカンジナビア半島に囲まれたバルト海は、内海であるため海況が穏やかで、対岸までの距離も短いため、昔から海上交通が発達していた地域。氷河期に造られた地形が残り、豊かな自然の中に島々が点在する美しい景観が続く。数多くのクルーズ船が行き交う海域だ。

そんなクルーズラインの中でも、クリスタル・シンフォニーは、際立つラグジュアリーな魅力を放っている。落ち着いた色調でまとめられたキャビンには、ベランダがあるものも多く、ツインシンクの備わったバスルームは、船には珍しく全室がバスタブ付き。イタリア料理を楽しめる「プレゴ」とNOBUの松久信幸氏がプロデュースする日本料理「シルクロード&寿司バー」のスペシャルティー・レストランもあり、美食体験も楽しみだ。アルコール飲料、スペシャルティー・レストラン各1回を含むすべての食事や基本のチップ、エンターテインメントプログラムまで、船上で必要な費用のほとんどは、クルーズ代金に含まれるオールインクルーシブ。煩わしさのないシステムが、何より気楽でいい。

ストックホルムを出発し、ヘルシンキ、サンクトペテルブルク、コペンハーゲンなどに立ち寄るバルト海クルーズは、幻想的な白夜の中を、威厳をもって、ゆったりと進んでゆく。

Enjoy Shore Excursions多彩なエクスカーション
St. Petersburg
豪華絢爛のエルミタージュ美術館。その、もっと奥へ

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初めてサンクトペテルブルクを訪れる人は、ロシアにこれほど華麗で、美しく保存された都市があることにきっと驚くだろう。バルト海の東、フィンランド湾の最深部に位置し、世界遺産にも登録されているサンクトペテルブルク。1703年、ピョートル大帝が、西欧への扉として、ネヴァ川河口に築いた都市だ。川と運河が縦横に流れる街であることから、“北のヴェネツィア”とも言われ、地元ロシア人は親しみを込めて“ピーチェル”と呼んでいる。

1914年までロシア帝国の首都であったサンクトペテルブルクは、音楽、美術、演劇、バレエ、建築など、ロシアの芸術文化が今も息づく街。クリスタル・シンフォニーでは、サンクトペテルブルクで2泊3日もの滞在ができるので、存分に“ピーチェル”の魅力を堪能したい。

数あるショアー・エクスカーションの中でも、やはり目玉は、世界三大美術館のひとつとされるエルミタージュ美術館。美術館は、ネヴァ川沿いに立ち並ぶ歴史的な5つの建物から構成され、昨年からは、新館として、宮殿広場を挟んだ向かい側にある旧参謀本部の建物内に印象派の作品が移された。西欧美術を中心に、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、レンブラントから、マチスや印象派まで、エカチェリーナ2世とロシア帝政時代の貴族が収集した300万点にも及ぶコレクションは、展示されているものだけでも質、量ともに圧巻。ロシア・バロック様式の壮麗な建築も、息を呑むほどに素晴らしい。ロマノフ王朝の美の遺産が、ここでは立体的かつダイナミックに胸に迫ってくる。

クルーズのエクスカーションには、特別な予約がないと入れない黄金の間を訪れるコースや、収蔵庫リポジトリーを訪れるコースも用意されている。市中心部から離れた場所にあるリポジトリーは、収蔵作品の研究や修復が行われているエルミタージュの機関。研究目的や予めの団体予約など、限られた人しか立ち入れないリポジトリーは、まさに、美の宝庫。世界に名だたるエルミタージュの裏を垣間見ることができる貴重なチャンスも、クリスタル・シンフォニーに乗船しているゲストだけが享受できる特権である。

富裕層を虜にする“ファベルジェの卵”

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“ファベルジェの卵”というワードには、その語感にも物語性にも、妙に心惹かれるものがある。

ファベルジェ美術館は、フォンタンカ運河に面したシュヴァーロフ家宮殿を改修した建物にある。2013年11月にオープンした私設の美術館で、展示の中心は、9個のインペリアル・イースター・エッグを含む約4000点のファベルジェ社の装飾工芸品。

インペリアル・イースター・エッグは、1885年にアレクサンドル3世が皇后マリアに贈るために、宝飾工芸作家ピーター・カール・ファベルジェに思いがけない“サプライズ”がある“卵”を発注したのが始まり。以来、ロマノフ王家やロスチャイルド家など貴族や富裕層のために、ファベルジェ社は、確認されているだけで44個ほどを製作。オークションでは10億円の値が付くこともあるらしい。

ファベルジェ美術館に展示されている最初の“卵”は、意外にもシンプル。それが次第に、アイディアと技巧を凝らし、貴金属や宝石をふんだんに用いて、精緻かつ華やかな“卵”へと変遷してゆく。そして、最後の“卵”が製作されたのが1916年。ロシア革命前に作られた“卵”は、洗練されていながらも、複雑な仕掛けや驚きはない。9個の“卵”は、ロマノフ王朝の栄枯盛衰を語る美しき証左だ。

Stockholm
“世界一美しい首都”で散策を

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日本の約1.2倍の国土に約988万人が暮らすスウェーデン王国。その首都ストックホルムがバルト海クルーズの起点である。14の島で構成され、周囲を水に囲まれた美しい景観から“北欧のヴェネツィア”、“世界一美しい首都”とも称される。ガムラスタンと呼ばれる旧市街には、王宮など見どころが多く、古い石畳や建物が残る街並みは中世の趣。またノーベル賞授与式や晩餐会が行われる施設も訪れたい。

Helsinki
教会から雑貨までデザイン美を堪能

“バルト海の白い乙女”と称されるフィンランドの首都ヘルシンキ。市中心部には白い建物が多く、その中心となるのが、ヘルシンキ大聖堂だ。19世紀初頭にこの街の公共建築管理者を務めたエンゲルの設計によるもの。こうしたネオ・クラシック様式と20世紀のモダンな建物とが調和する。また自然と共生する暮らしから生まれた、北欧デザインを扱う店でのショッピングも楽しい。

Copenhagen
アンデルセンが愛したニューハウンへ

12世紀に始まる最古の王国といわれるデンマークの首都コペンハーゲン。アマリエンボー宮殿での衛兵交代式も見どころだが、宮殿からほど近いニューハウン(新しい港の意)も観光名所。カラフルな建物が立ち並びカフェやレストランが軒を連ねる。かつてアンデルセンも愛し、18年ほど暮らしたといい、コペンハーゲン市内にはアンデルセンゆかりの観光スポットが点在する。

Life on Board Ship船上ライフ
多彩なチョイスから自分流ラグジュアリーを紡ぐ

キャビンのベランダやプール脇のデッキで、海と空を眺めながらまっさらな時間を過ごすのもいい。しかし、良い船の上には、いろいろな施設やサービスが用意されていて、その誘惑に抗うのはなかなかに難しい。クリスタル・シンフォニーがラグジュアリー・クルーズと呼ばれるに相応しい理由は、選択肢の多さと上質さにある。

船旅の楽しみのひとつは、明日のスケジュールについて、あれこれ思いを巡らすこと。夕方から夜、キャビンに配られる船内新聞リフレクションズには、翌日の船内プログラムが詳しく綴られている。次の寄港地について、歴史や地理、政治や経済まで、わかりやすく説明してくれるレクチャーには、ぜひ足を運びたい。ファベルジェ美術館など、人気のエクスカーションに関する専門家のプレゼンテーションも興味深い。劇場で映画を観るのもいいし、水彩画や刺繍など、手や頭を使う小さな挑戦をしてみるのも楽しそうだ。

ウエルネス系の施設やプログラムも充実している。フィットネスジムの施設レベルも高く、世界的ブランドの「エレミス」を取り入れているスパは、5つ星ホテル並みの施設とクオリティ。船上でバカンスを楽しみながら、ボディメンテナンスをする気分で過ごしたい。

食事も選択肢が多く、毎日、楽しめる。カジュアルな船にありがちなテーブルシェアはなく、自分たちだけのテーブルを用意してくれるのもくつろげる理由。洋食にちょっと飽きたかな、と思う頃に、和食のチョイスがあるのも嬉しく、そして美味しい。フレンドリーながら気の利いたサービススタッフたちも、船での時間を心地よくサポートしてくれる。

船が進むに連れて、日々、新しい興味が湧き、新しい物語を紡ぐことができる。クリスタル・シンフォニーでは、何かに飽きる、ということがないのだ。

「クリスタル・シンフォニーでは、施設だけではなく、ショーも食事も、スタッフも、すべてのスタンダードをとても高く保つことで、ゲストの満足に繋がるように心がけています。ドレスアップして、シャンパンを飲んで、愉快な人びとに出会う。日常を抜け出す経験を存分に楽しんでいただきたい」

キャプテンのラルフ・ザンダー氏はそう語る。

ソーシャルな楽しみも、クルーズの醍醐味だ。航海を続けるうちに、他のゲストやスタッフなどと顔なじみになり、挨拶をするようになると、船は、どんどん居心地が良くなってくる。

日本ではなかなか着る機会がない、ブラックタイやロングドレス着用のドレスコードが設けられている夜もある。とっておきの一着に着替えて、特別仕立てのプロダクションショーを楽しむ。誰もが満足気な笑顔を見せる、和やかできらびやかな夜は、クルーズのハイライトとも言える時間だ。

ブラック・タイ・オプショナルの夜、リピーター会員であるクリスタル・ソサエティ・メンバーの表彰式があった。100回、200回と乗船しているゲストを祝う場で、表彰を受けたある女性がコメントした言葉が心に残った。

「私がクリスタル・シンフォニーに乗り続けるのは、このクルーズが、生涯の良き友に出会う旅でもあるからです」

ラグジュアリーな時間を共有できる人びととの新鮮な出会い、そして知らない街やカルチャーとの遭遇。自分を高めることが好きな人にこそ、クリスタル・シンフォニーの旅は向いている。

シャンパンを手に船窓から外を眺めると、ほのかな光に包まれた白夜が美しい。バルト海クルーズの旅は、美と豊かな感動とに満ちていた。

つぼた みちよ◎国内外の旅全般(ホテル、レストラン、スパ、歴史、温泉等々)の構成企画、取材、執筆を手がけ、多くの雑誌で活躍中。

こまつ しろう◎1968年生まれ。写真家。ロンドンを拠点にフリーランスとして活動を始める。99年に帰国後、広告、エディトリアル、アーティストのポートレートなどで幅広く活躍中。

moment 2016年 11/12月号より