moment 2016年9/10月号
海外紀行 インド

宮殿ホテルの休日

文/写真・高橋邦典 コーディネート・津屋雅彦

1947年のインド独立後、マハラジャの絢爛華美な宮殿の一部はホテルや博物館となり、栄華を極めた記憶を今に伝えている。そんなマハラジャ文化が色濃く残るラジャスタン地方へ。

1947年のインド独立後、マハラジャの絢爛華美な宮殿の一部はホテルや博物館となり、栄華を極めた記憶を今に伝えている。そんなマハラジャ文化が色濃く残るラジャスタン地方へ。誇り高き藩王と旅人をそっと見守るホスピタリティーの王国、そして、高潔なるベンガルトラと現代の旅人にとっての楽園へ——。


Access
成田、関空からデリーへは直行便で約10時間。ラジャスタン州へは国内線に乗り継ぐか、鉄道やバス、あるいは車での移動となる。陸路でジャイプールまでは4〜5時間、ジョドプール、ウダイプールまでは6〜7時間。時差は-3時間半。通貨はルピー(INR)。


Taj Lake Palace, Udaipur 湖上の離宮ホテル
マハラジャ最高位“マハラナ”の宮殿へ

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インド北西部のラジャスタン州にあるウダイプール。街の西端にあるピチョラ湖に浮かぶこの宮殿が「タージ レイク パレス」、世界でもっともロマンティックといわれるホテルである。湖の宮殿は、1746年、当時メワールと呼ばれていたこの地域の統治者であったマハラナ、ジャガット・シン2世の遊興用に建てられた。それからおよそ200年後に、75代目マハラナのバグワット・シンの命によって、宮殿はウダイプール初の高級ホテルとして生まれ変わった。

ここで「マハラナ」という言葉についてすこし説明しておこう。

「マハラジャ」はサンスクリット語で「偉大な領主」というような意味をもち、こちらはどこかで耳にしたことがあると思う。英国による植民地時代、インドは560以上もの領土に分かれており、それぞれが“ラジャ”と呼ばれるリーダーによって統治されていた。日本の江戸時代における藩主のようなものだ。

なかでも大きな領土と権力をもったラジャたちがマハラジャと呼ばれていたが、メワールのマハラジャは特に勇敢で、ムガル帝国時代も英国植民地時代も、決して時の支配者に屈せず服従することはなかったという。そのため、最大の敬意をこめて「マハラナ」と呼ばれるようになった。

ウダイプールの現マハラナであるアービンド・シン氏に会うことができた。バグワットの子息で、76代目になる。

邸宅であるシティ・パレスに迎え入れてくれた彼は、真っ白で豊かな顎鬚をたくわえた大柄の男だった。その姿は、壁に掲げられた彼の祖父の肖像と瓜ふたつ。勇猛さと気品、まさにマハラナにふさわしいオーラを放っていた。生まれもってのものなのだろう、こういう威厳はなかなか一般人からは感じられない。

「父が宮殿をホテルとして改装すると決めた時、一族から多くの反対の声があがりました。しかし父は、すでにその時代から、将来の歴史遺産観光の可能性を見通していたのです」

1971年、インド政府によってマハラジャの法的な地位や特権は廃止され、彼らは“平民”となった。同時にそれまで政府から与えられてきた補助金も打ち切られたので、宮殿の管理費をまかないきれず、宮殿や財産を手放すマハラジャたちも少なくなかったという。

バグワットには先見の明があった。当時住む者もなく荒廃していた湖の宮殿をウダイプール初の高級ホテルとして蘇らせることにしたのだ。宮殿をホテルに変え収益源とする彼のアイディアは、他のマハラジャたちにとってのビジネスモデルにもなった。

バグワットはさらに、ウダイプールの文化・伝統遺産の保護継承を目的としたマハラナ・メワール基金を設立したが、これを受け継いだアービンドは基金を福祉や教育にまで拡張し、市民の生活向上に貢献している。

「これもみな、ラジャスタンの人びとに昔から根付いている『よいことに貢献することは、自らの喜びになる』という精神に基づくものなのです」

この言葉を聞いた時、この旅の間にずっともち続けていたある疑問の答えを見たような気がした。

Taj Lake Palace

Taj Lake Palace

タージ レイク パレス

離宮ホテル「タージ レイク パレス」は、1746年に当時のマハラナ、ジャガット・シン2世が避暑のために、ジャグニワス宮殿として建てさせたもの。写真は161㎡の広さを誇る最上級スイート「シャンブ・プラカッシュ・スイート」。歴代のマハラナが実際に暮らした部屋で、ゴールドで統一された内装はラグジュアリーのひと言。

住所:Post box No. 5, Udaipur,Rajasthan 313001
TEL:91 294 242 8800
URLhttps://taj.tajhotels.com/en-in/taj-lake-palace-udaipur/

リスペクトはラジャスタンの伝統

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「ラジャスタンの人びとのホスピタリティーはインド一だ」

行く先々で多くの人びとの口からこんな言葉を聞くことがあった。ホスピタリティーとは「もてなし」の心。しかしなぜラジャスタンのもてなしがインド一なのか、その理由がわからなかったのだ。

宿泊した宮殿ホテルでも、スタッフたちのきめ細かくも出しゃばりすぎない絶妙の対応には脱帽した。「タージ レイク パレス」の総支配人がこんなことを言っていた。

「デリー、ムンバイ、そしてバンガロールのホテルで仕事をしてきたが、ラジャスタンのホスピタリティーは特別に感じます。どうしてかを口で説明するのは難しいのですが……」

ラジャスタンは歴史的に、国内でもっとも封建色が強く、インドの独立後もマハラジャの文化や慣習が色濃く残された。

地元の言葉でマハラジャは「アン・ダッタ」と表現されることもあるという。「アン」とは食べ物、「ダッタ」は与える者、すなわち、民衆に仕事を与えたり、世話をする存在というわけだ。それに対し、民衆は敬意をもってマハラジャに仕えた。支配する側とされる側という関係ではなく、相互扶助のような感じだったのだろう。そんな歴史のなかから、敬意をもって人をもてなす精神が育まれていったのかもしれない。

「リスペクトは、ラジャスタンのカルチャーであり、伝統でもある」そう言ったホテルマンもいた。

「よいことに貢献することは、自らの喜びになる」

すなわち、敬意をもって人をもてなすことは、自分の喜びにもつながっていく、ということでもあるのだろう。マハラナの言葉は、ラジャスタンのもてなしがなぜインド一なのか、そのルーツを教えてくれたような気がした。

Umaid Bhawan Palace, Jodhpur荘厳な“邸宅”宮殿ホテル

Umaid Bhawan Palace

Umaid Bhawan Palace

ウメイド バワン パレス

ジョドプールは1475年、ラージプートの一氏族であるラーオ・ジョーダー王が建設した、ラジャスタン州第2の都市。旧市街を挟むようにしてメヘランガール城砦と「ウメイド バワン パレス」が建つ。唯一20世紀に建設された壮大な宮殿で、ホテルとなった今もマハラジャ一家が所有、居住しており、“世界最大の私邸”とも呼ばれる。

住所:Jodhpur, Rajasthan 342006
TEL:91 291 251 0101
URLhttps://taj.tajhotels.com/en-in/umaid-bhawan-palace-jodhpur/

Rambagh Palace, Jaipur第3王妃が愛した宮殿ホテル

Rambagh Palace

Rambagh Palace

ランバーグ パレス

旧市街の中心に建つシティ・パレスには今もマハラジャの末裔一族が暮らす。その近くには、最後の藩王となったサワイ・マン・シン2世の第3王妃で、当時のヴォーグ誌が「世界でもっとも美しい10人」に選んだガーヤトリー・デヴィ夫人の終の住処にもなった宮殿ホテル「ランバーグ パレス」がある。

住所:Bhawani Singh Rd.,Jaipur Rajasthan 302005
TEL:91 141 238 5700
URLhttps://taj.tajhotels.com/en-in/taj-rambagh-palace-jaipur/

Sher Bagh, Ranthambhoreサファリを楽しむ高級テントロッジ
インド流もてなしの流儀

ラジャスタン州の州都ジャイプールからおよそ170キロ南東にあるランタンボール国立公園。ここにはインドでも有数のトラの保護区があり、現在確認されているだけで55頭が生息しているといわれる。この保護区からほど近い森の中に「シェール バーグ」はある。経営しているのは、ジャイサル・シン氏と妻のアンジャリだ。

ジャイサルの先祖はマハラジャではないが、17世紀から18世紀にかけて活躍したシーク軍の大将や司令官で、いわば由緒ある武将の家系。社会の変革とともに、一族は建設や不動産開発などビジネスの世界で成功を収め、財閥を形成した。英国植民地時代に、首都デリーの街をつくったのがソブラ・シン。ジャイサルの祖父にあたる。

自然や動物を愛するジャイサルの両親は、若い頃からランタンボールを頻繁に訪れていたという。特に父のタジビールは熱心な動物写真家でもあり、ジャイサルが幼少の時からこの地でトラの写真を撮っていた。そんな環境で育てば自然好きにもなろうというもの。マハラジャや英国人官僚たちがトラや象などのハンティング・トリップをたしなんでいた1920年代の野営地をイメージしつつ、ジャイサルは動物たちの保護と繁殖を目的に、12のラグジュアリーなテントで構成するサファリ・リゾートをつくり上げたのである。

到着した翌日、日の出と同時にサファリへと出発した。ナチュラリストのガイドとジープに乗り込み、村を抜け10分ほど走るとベンガルトラの保護区入口に着く。

以前の経験からトラはそう簡単に見つからないと承知していたし、大きな期待は抱いていなかった。ところが10分もしないうちに、1頭に遭遇。ジープの前方20メートルも離れていない小道をゆっくりと横切る姿があった。

思わぬ出来事に、カメラをもつ手に力が入る。野生のトラというのは間近で見ると実に美しい。つややかな縦縞の毛並みは、光の加減で黄金色に輝くようだった。

高級サファリ・キャンプの「シェール バーグ」にも、もてなしの心やリスペクトが溢れていた。

灼熱のサファリから戻るたびに、きりりと冷えたレモネードを手に待っていてくれるウェイターの笑顔。英語を解さないにもかかわらず、「グッドモーニング」と声をかけてくれる掃除スタッフ。みな近隣の村々から雇われた人びとだ。「動物保護はもちろんだけれど、地域のためにも役立つようなことをしたかった」というのがジャイサルの考えだった。

「リスペクト」「もてなし」「社会貢献」これがラジャスタンのキーワード。マハラナのアービンドにとっては宮殿や文化遺産、ビジネスマンのジャイサルにとっては自然や動物と、形は違っても後世に残すべき大切なものを想う気持ちは同じだろう。

「ノブレス・オブリージュ」というフランス語源の言葉がある。「地位ある者には社会的責任が伴う」という意味だ。アービンドやジャイサルに、現代ラジャスタン流ノブレス・オブリージュの精神を見た思いがした。

Rambagh Palace

Sher Bagh

シェール バーグ

かつてはマハラジャの狩猟区だったランタンボール国立公園は、現在ではベンガルトラのほかに、国鳥でもあるインドクジャク、豹、ハヌマンラングール(オナガザルの一種)などの野生動物の楽園だ。隣接する「シェール バーグ」では、ラグジュアリーテントでの滞在とベテランクルーによるベンガルトラ・サファリが楽しめる。

住所:Sherpur, Khiljipur, Sawai Madhopur Rajasthan 322001
TEL:91 11 4617 2700
URLhttp://sujanluxury.com/sher-bagh/

たかはし くにのり◎1966年宮城県生まれ。90年に渡米し報道写真を学ぶ。ボストン・ヘラルド紙に写真家として8年間勤務後、2004年にシカゴ・トリビューン紙に移籍。09年に独立し、インドへ拠点を移す。欧米のメディアを中心に活動したのち、16年5月よりカナダ在住。著書に『FRAMES OF LIFE』、東日本大震災後の人びとの暮らしを追った『「あの日」のこと』など。

moment 2016年 9/10月号より