moment 2016年 1/2月号
海外紀行 モナコ

比類なきモナコへ

文・相原由美子 写真・岡村昌宏

コートダジュールに浮かぶメガヨット、宝石のごとくきらめく夜景、舞踏会とグランプリレース、ベル・エポックの優雅なグラン・カジノ、宮殿のようなホテル……。モナコには“ラグジュアリーのすべて”が揃っている。

コートダジュールに浮かぶメガヨット、宝石のごとくきらめく夜景、舞踏会とグランプリレース、ベル・エポックの優雅なグラン・カジノ、宮殿のようなホテル……。モナコには“ラグジュアリーのすべて”が揃っている。約2平方キロの国土に世界のセレブリティが集う国。“華麗なるモナコ”の始まりは、19世紀に遡る。


Monaco
日本からは成田、羽田、中部、関空、福岡からパリCDGまたは近隣諸国を経由してニース空港へ。所要約15時間。ニース空港からモナコ市内のホテルへはヘリコプター(約7分、専用車でホテルに送迎)、タクシーなどで約30分。東隣の南仏マントンへは車で約15分、西のエズへは約10分。時差は−8時間。サマータイム期間(3月の最終日曜〜10月の最終日曜)は−7時間。通貨はユーロ(€)。


南仏リヴィエラの蒼い空と蒼い海の国、モナコ公国。世界中の王侯貴族やセレブリティから愛されるリゾート地である。優雅さと繁栄のシンボルはカジノ。その前の広場には流れるような美しいフォルムの車が並び、華やかさを競う。

モナコが歴史に登場するのはフェニキア人や古代ローマ人が地中海を制覇していた紀元前から。13世紀にはジェノヴァが支配権を獲得し、現在の大公宮殿のあたりに城塞が築かれた。1297年、フランソワ・グリマルディがカトリック僧に身をやつして侵入し、覇権を奪ったという。この剣を持った僧が、現在のモナコ公国の紋章である。そして1314年、グリマルディ家が公式に支配者として歴史にその名を記され、18〜19世紀初頭の約20年間のフランス帰属時代を除いて、モナコ公国は連綿と続いている。

19世紀半ばまでのモナコは、レモンとオリーヴ油を産しささやかな漁をする、国土24平方キロの小さな国だった。深刻な財政問題に直面していたうえ、1861年には現在のマントンなど豊かな農業地域を含む国土の95パーセントがフランスに帰属してしまった。残ったのは現在のモナコ公国の土地のみ、たった2平方キロの岩盤だ。果たして国として生き残れるのか──。

世界最高峰リゾートへの道のり

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19世紀、欧州のセレブリティたちの社交の場は高級カジノとリゾートだった。当時欧州最高の社交地はドイツのバート・ホンブルクであったが、元は小さな温泉保養地でしかなかった。しかし、1842年に高級カジノを作り、瞬く間にヨーロッパの王侯貴族を引きつけたのだった。

これに注目したのが大公シャルル3世(在位1856〜89年)の摂政をした彼の母、カロリーヌ妃(フロレスタン1世/在位1841〜56年の妃)であった。妃は、1850年代末にバート・ホンブルクに人を送って調査させ、十分な感触を得た。もともと北ヨーロッパの人びとは、レモンやオレンジの実る南国(=地中海)への強い憧れがあった。冬の長いヨーロッパでは明るい日差しと暖かな気候のコートダジュール(=モナコ)は天国だ。さらに、温泉療法のなかでも海水で行うタラソテラピーが、貴族たちの間で流行の兆しを見せていた。

妃はシャルル3世を説得し、バート・ホンブルクのカジノを作ったフランソワ・ブランをモナコに招く。そしてシャルル3世の命により、ブランは、海水リゾート施設とカジノ、高級ホテルを経営する会社「ソシエテ・デ・バン・ド・メール・エ・デュ・セルクル・デ・ゼトランジェ(海水浴と外国人のサークル公社、現在のモンテカルロSBM)」を設立。この会社こそがモナコの経済発展を担うことになる。こうしてシャルル3世のもと、新しい国づくりが始まった。

1863年、5年の歳月をかけたカジノが完成する。カジノの左右に高級ホテルの「オテル・ド・パリ・モンテカルロ」、レストランカフェの「カフェ・ド・パリ・モンテカルロ」が、広場を取り囲んで配置されている。さらにその周辺にはなだらかな傾斜の庭園があり、ゆったりと散策もできる。モナコガス社を設立、ガス灯も完備された。快適で、豪華でシックなこの街は“モンテカルロ(シャルルの山の意味)”と命名された。

受け入れ態勢は整ったが、次なる課題は交通整備である。当時モナコに行くには、海路か整備されていない道路のみ。ニースから鉄道を延長させようにもモナコの地理的条件から見て莫大な費用と困難な工事が見込まれるため、敷設計画が頓挫していたのだった。しかし、ブランの粘り強い交渉と資金調達で、1868年にニース〜モナコ間に鉄道が開通し、わずか30分の道のりとなった。素晴らしいカジノ、最先端の海水リゾート、暖かく過ごしやすい冬、豪華なホテルが揃うモンテカルロが近くなったのだ。

開通から1年でモナコへの訪問者数はうなぎのぼりに増加。イギリスやフランスの皇太子、文豪、大音楽家、政治家など著名人が多く、いきおい、カジノやホテルの収益は上がった。

モナコ

Hôtel Hermitage Monte-Carlo

オテル・エルミタージュ・モンテカルロ

“エルミタージュ(=隠れ家)”という名の通り、街の中心にありながら、館内に一歩入れば個人宅のような寛ぎにあふれている。ベル・エポックの特徴である“ロマンチシズム”をテーマに、ロビー、客室、レストランとも貴婦人のような優美さが漂う。タラソテラピー施設やスパが備わる「テルム・マラン・モンテカルロ」へはバスローブのまま移動できるので、一日ゆっくり過ごすのもお勧めだ。

住所:Square Beaumarchais
TEL:377 98 06 40 00
日本でのお問い合わせ先 モンテカルロSBM 日本オフィス TEL: 03-5615-8067
URLhttp://www.hotelhermitagemontecarlo.com
コラム「名門の宿」で同ホテルをご紹介しています。