moment 2015年 11/12月号
海外紀行 シンガポール

洗練のシンガポール

文・寺田直子 写真・竹崎恵子

2015年に独立50周年を迎えたシンガポール。この節目に、国を挙げてPRしているのが“洗練された食とアート”だ。初の世界遺産も誕生し、ますます活況を呈するシンガポールは今最も注目の旅先だ。

2015年に独立50周年を迎えたシンガポール。この節目に、国を挙げてPRしているのが“洗練された食とアート”だ。個性派シェフが繰り広げる先端のガストロノミーや歴史的建造物を改装した大型美術館は、海外でも話題となっている。初の世界遺産も誕生し、ますます活況を呈するシンガポールは今最も注目の旅先だ。


Singapore
アクセス:成田、羽田、中部、関空、福岡から直行便でシンガポール・チャンギ国際空港へ。所要時間は6時間30分〜7時間30分。空港からシンガポール市街までは車で約20〜30分。時差は-1時間。通貨はシンガポールドル(SGD)。


CuisineRestaurant Andre レストラン・アンドレ
8つの哲学に貫かれた “美食の旅” に遊ぶ

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アジア系コミ(料理人)と中国語で話した後、横にいる女性スタッフへは英語で指示。そこにフランス語でのオーダーが重なる。シンガポールらしいマルチランゲージのキッチンは混沌の中にも深遠なる秩序が存在する。その中心にいるのがオーナーシェフのアンドレ・チャンである。

1976年、台湾生まれ。母親の実家である中国料理店で働いた後、15歳で渡仏。モンペリエの3つ星レストラン「ジャルダン・デ・サンス」を筆頭に、「トロワグロ」「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」「ピエール・ガニェール」「アストランス」などの名店を経験。2010年にシンガポールで自身の「レストラン・アンドレ」をオープン。独自の世界観を表現する料理は瞬く間に美食家を虜にし、「世界のベストレストラン50」にランクインするほか、ニューヨークタイムズ紙の「そこに行くだけのために飛行機に乗る価値のある世界10のレストラン」にも選ばれている。

アンドレの料理は“オクタフィロソフィ”と呼ばれる8つのコンセプトから構成される。「ユニーク」「ピュア」「メモリー」「ソルト」「テクスチャー(食感)」「サウス(南仏)」「アルティザン(生産者)」「テロワール(土壌)」と名付けられたそれらは彼の人生観、美学を反映する。 「オクタフィロソフィの概念は料理を始めた頃からありました。流行は変化しても自分が好きなもの、いいと思うものは不変。信頼する生産者から受け取った食材と対峙しながら、自分が表現したいと信じるものを作ること。それだけです」

厳選された食材は毎日内容が変わる。それを瞬時に見極め、試作することもなく料理へと昇華させるのがアンドレの流儀。「心をオープンに、自分の感覚に忠実に、五感で旅するように味わってもらいたい」。それがゲストへのメッセージ。目の前に次々と供される8つの料理はドラマティックなプレゼンテーションとともに強烈な個性を放つ。ゲストはシェフの料理哲学を記憶に深く刻み込みながら、めくるめく美食の探究者となって皿の上の小宇宙を旅する。

Restaurant Andre: http://restaurantandre.com/

CuisineLes Amis レザミ
“正統と革新” のフランス料理を

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シンガポールでフレンチといえばこの店を思い浮かべるローカルは多い。ビストロやワインバー、日本食レストランなどを展開、シンガポールのみならず香港、ベトナム、ジャカルタなどアジアのグルメシティにも進出するレザミ・グループのフラッグシップ的存在として1994年の開業以来、地元で愛されつづけてきた名店だ。

その老舗フレンチが2013年、ドラマティックに変化し、顧客をあっといわせた。新しく就任したフランス人総料理長、セバスチャン・ルピノワはジョエル・ロブションの薫陶を受け、彼の右腕と称されてきた逸材。2010年、レザミ・グループのレストランのひとつ、「セパージュ」(香港)のヘッドシェフに就任、同店をミシュランスター・レストランとして牽引。セパージュが契約切れにより閉店となったことから「レザミ」5代目の総料理長としてシンガポールへと舞台を移した。

「私が考えたのは『レザミ』らしさを残しながら新しいものをクリエイトするということでした。最初はチャレンジでした。何しろ20年もの歴史があり、長年『レザミ』の味に親しんできたゲストは多かったですからね」

ルピノワの料理にはアメリケーヌソース(エビなどの甲殻類と野菜を煮込んで濾したオレンジ色のソース。アメリカ風ソースの意味)、フォワグラソースなど古典的な調理法がよく登場する。しかし、それはどこまでも軽やかで、透明感にあふれている。それを支えるのが極上の食材だ。鮮魚は「レザミ」だけのために一本釣りされたものをフランスから空輸、ホタテは北海道から、サーモンはタスマニアからとどれも選りすぐりだ。さらに味噌、スパイスなどのアクセントも料理によって絶妙に加わる。これによりクラシックなソースを使いながらも洗練された革新的な料理へと仕上がっている。

「料理を実験のように複雑なものにしたくない。皿を見ればどんな味かわかる、食材に素直な料理を作りたいのです」

この言葉にシェフの想いすべてが込められている。

Les Amis: http://www.lesamis.com.sg/

Cuisine香宮 シャンパレス
中国料理の粋を極めた名店へ

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“ホーカー”と呼ばれる庶民的な屋台から高級食材を惜しげもなく使うハイクラスの店まで、グルメ都市シンガポールに中国料理店は数知れず。どこへ行けばいいか迷うのは観光客の常だ。そんな時、必ずおすすめとして挙がる名が、「シャングリ・ラ ホテル シンガポール」内の「香宮」。洗練された広東料理を味わえる店としてシンガポーリアンたちから絶大な支持を得ている名門レストランだ。

赤を基調としたインテリアは、エキゾティックな雰囲気で、ホテルのレストランらしい美しい姿勢のスタッフが出迎える。ランチ時はビジネスマンや地元マダムたちでにぎわい、夜は家族での会食を楽しむ人たちの姿も。ホテルゲストや観光客はもちろん、長年通う常連も多く、高級感の中にもアットホームさが漂う。

「香宮」の特長は最高級の素材を活かした上品な味わいにある。30年以上の経験をもつスティーブン・ン料理長は、中国の料理文化に精通し、広東料理のみにこだわることなく上海、四川なども取り入れた幅広いメニューを考案、多くの名物料理を生み出している。そのひとつ、鮑と豚バラ肉の一皿はぜひ味わいたい逸品。柔らかく煮込まれた鮑と豚バラ肉の旨みが口の中で混然一体となり……思わず笑みがこぼれる美味しさ。ほかにもロブスターがたっぷり入った麺や見た目も美しいベジタリアン料理など、バラエティに富んだメニューに目移りする。

「香宮」は、中国茶のセレクションもまたすばらしい。女性スタッフのおすすめ「八宝茶」はナツメ、菊、竜眼など中国のラッキーナンバー“8”にちなんだ8つの効能豊かな漢方素材が入り、料理との相性もいい。豊かに香り立つお茶とともに、美食の余韻を楽しみたい。

香宮: http://www.shangri-la.com/jp/singapore/shangrila/dining/restaurants/shang-palace/

Shangri-La Hotel Singapore

Shangri-La Hotel Singapore

シャングリ・ラ ホテル シンガポール

アジアの名門シャングリ・ラの第1号として1971年に開業。東京ドーム1.5倍の敷地に約13万本の木々が繁り、都会とは思えない風雅で美しい空間がゲストを魅了する。客室棟は3つのウィングに分かれ、それぞれに個性をもつ。中でもバレーウィングは専用ロビーを有し、バトラーサービスを備えたエクスクルーシブさで世界中のハイエンドな顧客に愛されている。朝食からラウンジでのシャンパンタイムまで、優雅な時間に酔いしれたい。

住所:22 Orange Grove Road, Singapore
TEL:代表 65-6737-3644  香宮 65-6213-4473/4398
URLhttp://www.shangri-la.com/jp/singapore/shangrila

World HeritageSingapore Botanic Gardens シンガポール植物園
シンガポール初の世界遺産を訪ねる

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歴史を感じさせる巨木の緑と、鮮やかに咲く熱帯の花々との美しいコントラスト。訪れたのが週末とあって、シンガポール植物園には家族連れやカップル、愛犬を散歩させる老人などさまざまな人が集い、にぎわいを見せていた。市民の憩いの場所として親しまれるこの植物園は2015年、シンガポール初のユネスコ世界遺産に登録された。

植物園の誕生は1859年。すでに150年以上の歴史をもっている。世界遺産に登録された背景には、ここがマレー半島におけるゴム栽培発祥の地という点がある。ゴムの生産が可能になったことでタイヤ製造が始まり、自動車産業が大きく発展し、アジアの近代化に貢献した。それを示す歴史的価値が高く評価されての選定となった。

74ヘクタールという広大な庭園は7つのゲートからアクセスできる。見どころは多いが、まずはヘリテージ・トレイルへ。園内には、インドやアマゾンから持ち込まれた樹齢100年以上の“ヘリテージ・ツリー”が点在する。この巨木群の堂々たる姿は圧巻だ。ここには、シンガポール建国の父リー・クアンユー元首相が植樹したマホガニーの木もある。1960年代、グリーン政策を掲げ、シンガポールを東南アジアでもトップクラスの緑多い都市へと変貌させた彼の想いが宿るようで、ひと際、印象的に映る。

そして、最も華やかなのが「ナショナル・オーキッド・ガーデン」だ。1928年から交配を試み、今では1000種類以上の蘭と、2000種類以上の交配種がみごとなまでに咲きそろい、蘭愛好家垂涎のスポットになっている。園内には涼やかな池や手入れの行き届いた芝生が広がり、ピクニック気分で訪れるのも楽しい。世界遺産探訪とあわせて、のんびりと緑に癒されるのもしみじみと味わい深い。

Singapore Botanic Gardens: https://www.sbg.org.sg/

ArtSingapore Pinacothéque de Paris シンガポール・ピナコテーク・ド・パリ
50周年の集大成となる美術館へ

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2015年、独立50周年を迎えたシンガポールはアートシーンでも新しい時代の幕開けを迎えた。

まずはパリを代表する美術館のひとつ「ピナコテーク・ド・パリ」初の海外分館として2015年5月30日、「シンガポール・ピナコテーク・ド・パリ」が開館。場所は14世紀の史跡が残り、第二次大戦時には重要な軍事拠点となったフォート・カニング・ヒル。同館は、かつて英国軍が利用した歴史的建築物「フォート・カニング・センター」を改装して造られた。さらに年内には旧市庁舎と旧最高裁判所を改装、東南アジアの美術作品を中心に世界最大級のコレクションを有する「ナショナル・ギャラリー・シンガポール」が誕生する予定だ。

シンガポールは以前から国際文化芸術都市として自らを位置づけ、現代アート発信地区「ギルマン・バラックス」や「シンガポール・ビエンナーレ」開催などさまざまな文化芸術活動に取り組んできた。国際規模のふたつの美術館の誕生はまさにその集大成といえる。

「シンガポール・ピナコテーク・ド・パリ」の常設スペース「ザ・コレクション・ギャラリー」にはピカソ、レンブラントといった巨匠の名作が並び圧巻だが、その横に東南アジアの画家の作品をあえて配するのは、時代や地域を問わず作品そのものに焦点をあて、互いが呼応し、観る者にシンクロニシティを感じさせる立体的な展示アプローチが理由。となれば、植民地時代の面影を宿す史跡エリアに同館を設置した理由もうなずける。

西洋と東南アジアが交錯する激動の歴史を経て、今日の成熟を見せるコスモポリタン都市、シンガポール。独立50周年にふさわしい新たな文化施設に、その未来を垣間見た気がした。

Singapore Pinacothèque de Paris: http://www.pinacotheque.com.sg/

てらだ なおこ◎東京都生まれ。トラベルジャーナリスト。世界70カ国を訪れ、年間150日は国内外のホテルに宿泊。独自の視点とトレンドを捉えた切り口で雑誌、Web、新聞等に執筆。近著は『泣くために旅に出よう』。

たけざき けいこ◎1967年大阪府生まれ。写真家。University of Missouri-Columbia フォトジャーナリズム学科卒。主に雑誌、PR誌等で紀行、料理、インテリア、人物などさまざまな撮影を手がけ、幅広い分野で活動中。

moment 2015年 11/12月号より