中年になってから車の運転免許が欲しくなったのは、北海道を旅したからだった。
緑の大地を貫く道を友人の運転で助手席に乗ると、空と野が交わる地平線まで道は真っ直ぐに延びて、ただ上下に起伏するだけ。「自分が運転していたら、どんなに快感だろうか……」
不惑の歳ながら一念発起して挑戦、1回で合格した。以来、英国の海辺や北海道の原野で念願を果たした。地平線で空に溶け込むような道を無心でドライブするのが好きになった。
しかし、ニドムクラシックCへ行くのにはドライブを楽しむ余裕はない。道央自動車道の苫小牧東インターに隣接する施設なので、新千歳空港から約20分、札幌市内からでも約1時間で着いてしまう。
1988年開場のコースは45ホールあり、メインのニスパ(首領)Cでは日本プロゴルフマッチプレーや日本女子プロゴルフ選手権を行った。苫小牧市の植苗地区には針葉樹林の原野が多く、札幌市街には遠いが、空港に近いゴルフ場適地として見直された。白樺や柏の樹木が整列するから植林地帯なのだろう。
コースには関係ない話だが、このリゾートには森の中にふたつの教会があり、庵治石(あじいし)を駆使した石彩の教会は伊丹潤設計、森の教会にはレナード・バーンスタインのサイン入りグランドピアノがあった。なんとも芸術の香りが漂うのだ。
コース設計を担当した菅谷直氏は北海道ゴルフ界で有名な人で、釧路CC(1963年開場)、札幌国際CC 島松C(同年開場)など8コースの設計に関与した。
ニドムとはアイヌ語で“豊かな森”の意味で、湧水とともにまさに針葉樹林と泉の楽園。森の中に開けたホールの姿を見ていると、アイヌの居住時代からコースはあったのか? と思えるほど自然な姿なのだ。元は湿地帯だったというわりに池のハザードは少なく、5ホールに絡むだけ。森を背景に、フェアウェイに残る樹木と地形の起伏との戦いになる。
名物ホールにはニックネームがつくものだが、ニスパC3番ホール、420ヤード・パー4はグリーンを林が取り囲むので“犬鷲の巣”、13番ホール、197ヤード・パー3はグリーンをガードする光る池から“真珠の首飾り”とロマンチックな命名。つまり、プレーヤーを錯覚させたり、攻め方を手古摺らせたりするような意地悪はどこにもない。女性ゴルファーに人気があるというのも納得がいく。
森に木霊する打球の音と、アカゲラなどの鳥のさえずりが心地よい。
その昔、フランスの伝統的名門クラブ、モルフォンテーヌGCをラウンドした時に感じた優雅なプレー時間を想い出した。貴族や上流階級しかプレーしない時代のコースだからか、パリ近郊(中心部から北へ車で約1時間の距離)の森の中は静かで、優雅な雰囲気だった。もうひとつの名門クラブ、シャンティGCなどは競馬場に近接するし、貴族趣味のコースがあるのもパリの森林コースの特徴だ。
ゴルフが大衆化して久しい日本のコースで、そんな優雅な静けさの中でプレーするには北海道まで足を延ばす必要があるらしい。その上、アスリート系ゴルファーにもうれしい7029ヤード・パー72で、コース・レートは「73.5」という数字が待ち構える。
ハウス前の喫煙所で知り合った関西のゴルファーが札幌市内に宿泊しているというので、“これぞ美味しい寿司”談義に花が咲いた。ゴルフとグルメは切り離せない……。