“西の上田治、東の井上誠一”と謳われたコース設計の名匠ふたりは持ち味の違う作風で一世を風靡した。上田は水泳の名門校・茨木中学時代からの背泳選手。一方の井上は美しいものに目がない耽美派。だから両者の手掛けたゴルフ場は広くて躍動感ある造形と、女体の曲線に似せた流麗な景観を特徴にした。
明治生まれのふたりの名匠は日本全国にそれぞれ50ほどのコースを残し、共に70歳を過ぎてこの世を去った。
しかし、“虎は死して皮を留め”というように、名匠・井上は設計図面を残した。最後の仕事、大原・御宿GCには造成まで関与したが、完成した姿は見ていない。また、彼の死後に開場したコース、笠間東洋(現 スターツ笠間)GCは図面を基に造られたもの。
この浜野GCも同様に、残された図面を忠実に再現したもので、そのフィニッシュに関与した設計家は“水の魔術師”といわれた小林光明だった。
ゴルフ場を数多く擁した日東興業が預託金返還問題で1997年に倒産した後、この浜野GCだけは会員有志の力で自主再建、クラブのシンボルマーク、フェニックス(不死鳥)の如くに復活したのだった。
ゴルフ場の敷地は1ホールに1万坪を要するのが常識だが、高級なクラブを目指した浜野GCは敷地面積が35万坪、高麗芝とベント芝の2グリーンながら余裕の広さを誇っていた。米国の設計家、T・ロビンソンの下でレイクウッドGC(神奈川県)を造成した小林が、水のハザードを巧みに駆使して井上設計に華を添えた。
現在は2グリーンともベント芝系だが、Aグリーンは平均650平米の巨大グリーンで、パットの醍醐味を味わえる造形。
水のハザードは主にインコースにあり、11番ホール(439ヤード・パー4)は難関。池に沿って右ドッグレッグする斜めのフェアウェイへどの地点を越すかで、第2打の残り距離が違ってくるから。こういう状況を生むレイアウトを“対角線デザイン”と呼び、井上・小林の設計家は随所に採り入れている。
16番も名物ホールで、374ヤード・パー4と距離の短い“ショート・パー4”ながら、第1打、2打とも池に沿ったり、越したりする設定。池に段差があり、滝のような水音が常にプレーヤーの耳に届く。
最終18番ホール(527ヤード・パー5)は右に大きくドッグレッグする。第2打以降は左に池が迫るので、斜めのフェアウェイのどこにポジショニングするかが問題。ここにも“対角線デザイン”が活きている。Aグリーンへの第3打は池越えで、ドラマのフィナーレに相応しい舞台設定だろう。
昨年に創設30周年を迎えたこのコースでは、1986(昭和61)年から12回もJLPGAの富士通レディースという女子プロのトーナメントを開催した。その第4回大会は樋口久子と岡本綾子のプレーオフで、樋口が優勝した。女子プロ界の女王として君臨した樋口はここのメンバーで、あの正確無比なショット・メーカーぶりはここで技を磨いたに違いない。
高低差の少ない、広い大地に池を掘り、その土量でグリーンやティーを盛り上げて変化をつける造成方法で、ゴルフの競技場は生まれる。そんな自然の舞台で、我々アマチュアは悲喜劇を演じている。ワン・ショットの結果に悲喜こもごもの思いを抱き、明日への人生に弾みをつけている。
「良いホールとはティーに立ったプレーヤーに“?”のマークを頭に描かせる」と言ったのは英国の設計家、M・ロスだが、浜野GCのウォーターホールでは“?”マークが我々の頭に渦巻く。だから、ゴルフは面白い。