moment 2018年 3/4月号
日本紀行 北海道ニセコ町

山と清流の
大地へ

文・深江園子 写真・石田理恵

世界有数のパウダースノーで名高いニセコエリアだが、近年、夏のロングステイ先として訪れる人びとが増えているという。その理由は、美しい自然と温泉、そして豊かな食材。確かに、羊蹄山ののびやかな姿や尻別川の清流を目にすれば、おのずと清々しい気分になる。達人による指南のもと、心地よいニセコの旅へ——。

時季限定、日本屈指の清流を遊ぶ

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ウィンターリゾートとして世界的に知られるニセコだが、夏に旅する人も多いことをご存じだろうか。夏のニセコは北海道の中で富良野や美瑛と並ぶ人気で、道外から訪れる人も増えている。旅する前、地域で最も古くからあるアクティビティ会社「NACニセコアドベンチャーセンター」(以下NAC)に見どころを尋ねると、「冬には味わえないニセコを見たいなら、何と言っても尻別川の川遊びですね」とのこと。調べてみると、尻別川は水質日本一に過去何度も選ばれている。NACによれば、そんな日本屈指の清流でカヌーやラフティングが楽しめるという。

新千歳空港や札幌から車で約2時間。ニセコへのルートでは、羊蹄山の眺めも楽しみだ。「蝦夷富士」と呼ばれる優美な姿が近づくにつれ、旅の気分も高まる。それを過ぎるといよいよニセコエリアだ。一般に“ニセコ”と呼ばれるのはニセコ町と、その周辺町村を含む広いエリア。今回は“初夏のニセコの魅力再発見”をテーマに、この地を巡った。

まず倶知安町ひらふ地区に拠点を置くNACでドライスーツに着替え、カヌーのインストラクター資格を持つガイドの車に乗り換えた。ニセコアンヌプリと羊蹄山の間に広がる田園を横目に、尻別川までほんの10分。川にカヌーを浮かべ、羊蹄山に向かってそっと漕いでみる。ガイドは初心者向けに、上り下りできるほど穏やかに流れるスポットを選んでくれていた。夏とはいえ、川の水は冷たい。見回すと、最近人気のSUPを楽しむ人や、若者たちのラフティングボートなどで賑わっている。「尻別川は水量が豊かで、スリーシーズン見どころがあります」。下流までたっぷり漕いだ帰り道、ガイドがそう教えてくれた。

国際リゾート化のキーパーソン

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NACのカフェで、ニセコにおける夏のアクティビティの開拓者、ロス・フィンドレーに話を聞いた。

シドニー出身のロスが海外でのスキーインストラクターを経てNACを起業したのは1995年。「素晴らしい雪質はすでに定評がありました。けれど、夏は閑散としていて、地元からも夏の観光目的になるものが欲しいという声があった。ニセコは尻別川をはじめ、豊かな水がとにかく魅力です。それで、誰でもできるラフティングを軸に起業しました」とロス。当時、北海道でラフティングガイドの前例はなく、妻とともに尻別川を何度も下ってフィールドを開拓し、リバーガイド資格の整備にも尽力。その結果、ラフティング人口は年間3万人規模に成長し、かつてのロスのような若者たちの仕事も増えた。今年10月には町営林で初のジップラインも開設予定だ。外国人唯一の「観光カリスマ」に選定されたロスにニセコの楽しみ方を聞くと、「シニアの滞在型旅行ならプライベートガイドがおすすめです。趣味や体力に合わせてきめ細かく選べますよ」と教えてくれた。

家族で倶知安町に住んで26年、4人の子どもを育てるロス。ニセコを愛する最大の理由を改めて尋ねてみた。「僕にとってこの町の一番の魅力は、ライフスタイル。あらゆる世代の人びとが日常的にアウトドアライフを楽しむ、ここにはそんな暮らし方が昔から根付いていました」。

ロスが注目するニセコのもうひとつの特徴は、多様な文化の子どもたちを受け入れる気風だという。彼は、そんな地域の価値を生かして国際バカロレア誘致を提案するなど、公私ともにニセコの未来を見据えている。

NACニセコアドベンチャーセンター

2階のカフェ&レストラン「JoJo’s」名物のハンバーガー。

NACニセコアドベンチャーセンター

尻別川を舞台にした各種アクティビティからトレッキング、マウンテンバイクのツーリングなど、年齢、目的に合わせたニセコの自然体験が叶う。詳細は下記のHPで確認を。

住所:北海道虻田郡倶知安町字山田179-53
電話:0136-23-2093
URLhttp://www.nacadventures.jp/

静謐の温泉宿で深い癒しを

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ニセコアンヌプリの山裾をぐるりと回って、歴史ある湯治場「昆布温泉」へ赴く。今夜の宿「ニセコ昆布温泉鶴雅別荘 杢の抄(もくのしょう)」は、ラグジュアリーリゾートで定評ある鶴雅グループらしい落ち着いた佇まいだ。鳥のさえずりの中、支配人の小川寛さんが迎えてくれた。「ニセコにはふたつの顔があります。冬はアクティブ。そして夏は、静かな安らぎが魅力です」と小川さん。

館内は木の感触が心地よい床板が敷かれ、ラウンジやバー、客室に至るまで清々しい。また、阿寒の彫刻家、瀧口政満の作品をはじめとした素朴なアイヌアートが、洗練されたインテリアに違和感なく溶け込んでいる。

付近には「甘露水」と呼ばれる天然水が湧き、宿で提供する飲み物や料理に使われていた。初夏から秋は特に野菜が豊富で、夕食は野菜懐石とでも呼びたくなる内容だ。また、すべすべした感触の昆布温泉の湯は、メタ珪酸含有量が198mg/kg。100mg以上が美人の湯と言われるから、ハイレベルな美肌の湯でもある。

「着任して、スタッフの笑顔にハッとしました。まるで、心の柔らかさが出るような…。静かなこの地で大人のお客さまに接するうちに、ゆったりとしたサービスが身に付くようです」。そう語る小川さんの笑顔も実に温かい。「隠れ家」という言葉がしっくりくる、居心地のいい宿だった。

ニセコ昆布温泉鶴雅別荘 杢の抄

眼前を流れるニセコアンベツ川のせせらぎをBGMに寛げる足湯&テラスデッキ。

ニセコ昆布温泉鶴雅別荘 杢の抄

住所:北海道虻田郡ニセコ町ニセコ393
チェックイン:15:00
チェックアウト:11:00
駐車場:25台
URLhttp://www.mokunosho.com/

“NISEKO”を牽引するレストランへ

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農業が盛んなニセコは、食材の宝庫だ。倶知安町ひらふ地区のレストラン「KAMIMURA」がミシュラン1つ星の美食店だと聞いて、事前にランチの予約を入れた。

コースはアミューズからスタート。エゾシカのタルタル、茹でたビーツ、ミモレットにすりおろしたヘーゼルナッツをのせたカナッペの色彩に目を奪われる。ごま油が鼻先でほのかに香った直後にうまみが広がる。ワインとの相性も抜群だ。続いて出てきたのは磁器の猪口。一気に口に流し込むと、だしのうまみ、ホタテの甘さ、コリアンダーの花の爽やかさが順に現れる。次に、上村雄一シェフが何か抱えてテーブルに登場した。「今日はこれを玄米と合わせてリゾットにしましょうか」。手には採れたての見事なポルチーニ茸。新鮮な山の香りのするリゾットは、思わず笑みがこぼれる味わいだった。

食後、上村シェフに話を聞いた。シドニーの名店「Tetsuya’s」の和久田哲也氏のもとで修業し、札幌で開業。その後、知人の誘いでニセコに「KAMIMURA」を開いて10年。地域の活況を受け、店は質の高い料理とワインを求める国内外の客で賑わっている。「僕はボス(和久田氏)のように、とにかく料理でお客さまを楽しませたい。BGMが要らないほど盛り上がるくらいに」と上村氏。

畑の恵みが溢れる夏から秋は、「毎日農家に寄れる」と、料理人にとっても楽しい時季だそう。たとえばジャガイモを直接農家から買えば、土による作物の味やテクスチャーの違いが理解でき、料理に生かせる。「ニセコに来てよかったと思うもうひとつは、時間の使い方です。冬はめちゃくちゃに忙しいけれど、夏は毎日厨房でやってみたいことにトライできるし、家族との時間は春と秋にしっかり取れる。コンドミニアムに泊まって“リゾート客”になることもできます」と、シェフは大きな笑顔を見せた。