moment 2016年 9/10月号
日本紀行 奈良県 奈良市〜宇陀市

深遠なる大和路をゆく

文・大喜多明子 写真・エディ オオムラ

かつて日本の首都にして政治の中心であった奈良。「古都奈良の文化財」は往時の国の姿を映す世界遺産だ。一方で、記紀ゆかりの里には、歴史を支えた民の足跡が今も残っている……。

  • 奈良県庁屋上広場に上れば、若草山から奈良公園、興福寺五重塔など奈良市内の名所が一望できる。

  • “関西の迎賓館”と呼ばれる奈良ホテルの優雅なメインダイニングルーム「三笠」。

  • 夕暮れ時の若草山頂。鹿がのんびりと佇む先には、奈良盆地と金剛、生駒の山並みが広がる。

  • 奈良県北東部に位置し、三重県と境を接する宇陀地区の赤目四十八滝。役行者や伊賀忍者が修行を行った聖地。

  • 宇陀の棚田の中に建つ古民家の宿、ささゆり庵。窓の外、刻一刻と変わる風景を眺めているだけで心癒される。

  • 宇陀、深野の里の朝焼け。かつて忍者や修験者が行き交った山々の稜線がくっきりと浮かび上がる。

かつて日本の首都にして政治の中心であった奈良。「古都奈良の文化財」は、往時の国の姿を映す世界遺産だ。
この地で毎秋開催される「正倉院展」では、悠久の時を超えた宝物に、日本文化の原点を見る思いがする。
一方、記紀ゆかりの宇陀地区へ足を延ばせば、里の風景と歴史を支えた民の暮らしにたどり着く。奈良の奥深さをあらためて知る、発見の旅へ......。

美と技が集結した日本文化始まりの地

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奈良の都は、710(和銅3)年から、784(延暦3)年の長岡京遷都まで、74年の間、政治、経済、文化の中心地として栄えた。奈良時代には堂々たる寺社が築かれ、京都に都が遷った後も、宗教文化の根づく地として、伝統を今に守り継いできた。

そんな奈良では、東大寺、春日大社、春日山原始林、興福寺など8件の資産が、1998年、「古都奈良の文化財」として世界文化遺産に登録された。これらは市街地の中、人びとの暮らしのすぐそばにあり、たとえば近鉄奈良駅に降り立ち、ゆるやかな坂道を東に進みはじめると、右手は開かれた興福寺の境内。視線の先には若草山、春日山原始林を抱く春日山が見え、20分も歩けば東大寺に行き着く。

奈良ののびやかな空気を感じながら眺める建築と自然の姿は、平城京の世へと想像を誘うが、当時の政治や宗教、他国との交わりの有り様を、さまざまな形で表しているのが、正倉院に収蔵された膨大な数の宝物である。

正倉院は、もとは東大寺が築いた校倉(あぜくら)造りの高床式倉庫で、現在は宮内庁が管理している。ここに収められた正倉院宝物は、756(天平勝宝8)年、聖武天皇の四十九日忌の際、東大寺に奉献された品々を中心とする宝物群で、その数は実に9000件にのぼる。

聖武天皇の遺愛の品々を献納したお后(きさき)の光明皇后は、その目録である『国家珍宝帳』を書き、宝物とともに納めた。そこには「奉納によって天皇の御霊が大仏の世界に行けますように」との願いも記されているという。ただし、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品は、およそ六百数十件。それ以外の宝物は、東大寺で使われた仏具の他、752(天平勝宝4)年の大仏開眼会の折、お祝いとして人びとから献納された品々などで、書巻、調度品、楽器、文房具、武具、宝飾品、ガラス製品、染織品など、ジャンルは多岐にわたる。

これらはすべて非公開だが、毎年秋に奈良国立博物館で開かれる「正倉院展」には、約70点が出陳される。戦後すぐの1946(昭和21)年に第1回が開かれ、今年で68回め。今や秋の恒例行事となり、全国から見学者が詰めかけ長蛇の列を作る様は、宝物がいかに貴重で人を魅了するものかを物語る。実際、金工、木工、漆工、ガラスなど、美術工芸の高度な技を用いた品々は、息を呑むほどに繊細で美しい。

悠久の時を超えた正倉院宝物

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「よく“シルクロードの終着点”と言われることがありますが、素材や意匠はともかく、宝物の9割5分は日本で作られたもの。これらは8世紀の日本をはじめとする、東アジアの文化の結晶なのです」と、奈良国立博物館学芸部長の内藤栄さんは言う。

たとえば、楽器。中国製と推測される琵琶や琴、阮咸(げんかん)等は、当時の大唐楽のオーケストラに用いられたもので、皇族・貴族が、音楽とともに優美な装飾を愛で楽しんだことが想像される。また腰帯にぶら下げた小刀など、細やかな細工の装飾品は、中国貴族のたしなみであり、日本人もその影響を受けたのだろう。

ガラス器を見、当時日本では透明のガラスは作れなかったと聞けば、シルクロードが思い浮かぶ。手に心地よくおさまったであろう白瑠璃碗は、ササン朝ペルシヤのものと見られ、よく似た器が大阪の安閑天皇陵でも見つかり、つまり聖武天皇以前の6世紀の製作であろうという話を、内藤さんにうかがった。

平脱といわれる、金銀を用いた漆工や精巧な鋳型を使った鏡、仏前に捧げられた香台も見事。外国の影響を色濃く受けながら、国内に技術がなければ実物を持ち帰り、すでに技術があれば図案を基に日本で製作をし、日本人はオリジナリティに目覚め、自分たちの芸術文化を花開かせていった。

「模倣というより吸収があった」と内藤さん。

都であったからこそ人と物が集まり、技術が磨かれる。宗教儀式に用いる美しい道具からは、当時の信仰心の深さも伝わってくる。宝物と向き合えば、奈良が日本の社会、文化の原点だったと、強く感じることができる。

さらに、奈良といえば仏像である。この春リニューアルされた奈良国立博物館のなら仏像館は、奈良最初の洋風建築の中に、飛鳥時代から鎌倉時代の仏像を中心とした、国宝、重要文化財を含む常時100体近くの仏像が並ぶ。静けさの中、最新のライティングが施された仏像を見上げていると、美術を見る自分に祈りの心が湧き、ある瞬間は祈りから美を見る眼に変わる。その感覚を何度も体験するのが、ほかならぬ奈良の旅なのかもしれない。

登大路ホテル奈良

登大路ホテル奈良

住所:奈良県奈良市登大路町40-1
電話:0742-25-2591
アクセス:第二阪奈有料道路・宝来ランプから約30分、近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から徒歩約3分、大阪国際空港からリムジンバスで約60分、「近鉄奈良駅」から送迎あり(無料・要予約)
駐車場:11台
URLhttps://noborioji.com/
奈良ホテル

奈良ホテル

住所:奈良県奈良市高畑町1096
電話:0742-26-3300
アクセス:西名阪自動車道・天理I.C.から国道169号経由で約20分、近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から車で約5分、徒歩約15分、関西国際空港からホテル直通リムジンバスで約80分
駐車場:100台
URLhttp://www.narahotel.co.jp/
奈良・春日奥山 月日亭

奈良・春日奥山 月日亭

住所:奈良県奈良市春日野町158
電話:0742-26-2021
アクセス:京奈和自動車道・木津I.C.から約15分、近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から車で約8分
駐車場:8台
URLhttp://www.nara-ryoutei.com/tsukihitei/

素朴さと自然が残る奈良郊外へ

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JRや近鉄の奈良駅を起点に「古都奈良の文化財」を巡るのが、皇族・貴族らいわば中央の権力者の世界に触れる旅だとすれば、奈良市を離れ、当時の庶民が暮らした里を訪ねることは、中央に対しての地方を知る機会となり、奈良の旅が一段厚みを増す。

奈良市の中心部から南へ。車で1時間ほど走ったところにある桜井市には、日本最古の神社といわれる大神(おおみわ)神社がある。現代の道を走りながらも、ご神体であるお山を眺めれば、原初的で神聖な信仰が脈々と続く、歴史の深さを感じずにいられない。

そして、さらに足を延ばし、桜井に東接する宇陀へ。桜井、宇陀と続く地域には、長谷寺、室生寺、岡寺、安倍文殊院と、1200年以上の歴史をもつ由緒ある寺院が点在し、近年四寺を訪ねる巡礼が人気を集めているという。それぞれの花の時期もさることながら、紅葉の季節ともなれば、絶景に出合い感動が続く。