moment 2016年 7/8月号
日本紀行 静岡県 中伊豆

清冽なる中伊豆ドライブ旅

文・山本伸也 写真・小松士郎

伊豆半島中央部の山間、中伊豆へ愛車を走らせる。下田街道沿いには川端康成など文豪たちの足跡が残され、世界遺産もある。歳月を重ねた今だからこその名宿をベースに、懐かしい文学や新たな驚きと出合う大人旅へ。

  • 修善寺から県道18号を経て西伊豆スカイラインへ。富士山を背に、ほどよい中速カーブ走行が心地よい。 ※車両ナンバーには画像処理を施しています。

  • 天城山中最大の名瀑「浄蓮の滝」は、高さ25m幅7m、滝壺の深さは15mにも及ぶ(左)。修善寺の桂川にかかる朱塗りの桂橋、楓橋を渡って、風情ある「竹林の小径」を散策(右)。

  • 修善寺温泉「柳生の庄」の玄関前、LEXUS GSソニックチタニウムがしっとり溶け込む。

  • 2015年7月、ユネスコの世界文化遺産に登録された構成資産のひとつ「韮山反射炉」(左)。「韮山反射炉」前にある江川英龍の銅像(右)。

  • 伊豆長岡温泉「三養荘」新館の玄関前、黄昏時の重厚さに似つかわしいLEXUS GS。

伊豆半島中央部の山間、天城山から流れる狩野川に寄り添う中伊豆へ愛車を走らせる。
中伊豆の幹線道路、下田街道沿いには川端康成をはじめ青春期に愛読した文豪たちの足跡が残され、世界遺産など見どころもある。
歳月を重ねた今だからこその名宿をベースに、懐かしい文学や新たな驚きと出合う大人の小さな旅へ。


Access
東名高速道路東京I.C.から沼津I.C.までは約1時間15分。ここから伊豆長岡温泉へは伊豆縦貫自動車道で約25分。修善寺温泉へは修善寺道路で約15分、天城エリアへは下田街道で約35分。だるま山高原レストハウスへは県道18号で伊豆長岡温泉から約25分、修善寺温泉から約20分。西伊豆スカイラインの爽快ドライブや踊子歩道、達磨山ハイキングをゆったりと楽しみたい。Googleマップ


中伊豆を走ったレクサス LEXUS GS450h “version L” ソニックチタニウム
サイズ:全長4,880mm 全幅1,840mm 全高1,455mm エンジン:型式2GR-FXE 総排気量3.456L
詳しい情報・お問い合わせ:レクサスインフォメーションデスク
全国共通・フリーコール 0800-500-5577  受付時間/9:00〜18:00 年中無休
http://lexus.jp/models/gs/


天城懐かしい名作が蘇る旧天城トンネルで

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「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」。ノーベル賞作家川端康成の名作『伊豆の踊子』冒頭の一節である。

三島と下田を結ぶ伊豆半島の大動脈、下田街道。小説第一幕の舞台となった旧天城トンネルは、街道筋最大の難所と言われた天城峠を貫くバイパストンネルとして1904(明治37)年に完成した。戦後、新天城トンネル開通に伴い幹線トンネルとしての地位を譲ったが、天城の盟主を思わせる堂々たる存在感は圧倒的だ。トンネルまでの鬱蒼とした山道も踊子歩道として健在。つづら折りの坂の向こうから、今にも踊子たちが現れそうな雰囲気である。

その後も、多くの作家たちに、芸術的啓示を与え続けてきた。推理小説の巨人松本清張は、『伊豆の踊子』から想を得て、このトンネルを舞台とした小説『天城越え』を書く。『伊豆の踊子』とは正反対の殺人事件というおぞましい設定ながらも、主人公である少年の、旅で出会った女への切なく甘酸っぱい恋心は、更なる情熱的な演歌へと繋がった。吉岡治作詞、弦哲也作曲、石川さゆりが歌って大ヒットした「天城越え」だ。「誰かに盗られるくらいなら あなたを殺していいですか」の歌詞が、聴く人の心に深く沁み入る。

次々と世に名作を送り出す旧天城トンネル。きっと、その奥には、強力なパワーを放つ芸術の神が棲んでいるに違いない。

湯ヶ島井上靖の足跡を追って

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天城峠を後に、昭和の森会館内にある伊豆近代文学博物館へ。伊豆半島縁(ゆかり)の文学者の資料が多数紹介されている。ここの中庭に、昭和の大作家井上靖の実家、湯ヶ島にあった井上邸が移築、公開されている。住居と診療所を兼ねていたという木造2階建て。故郷に残る井上家唯一の遺構だ。館内には、移築前の井上邸をバックに、老いた母とふたりで撮った井上の写真も展示されている。故郷で母と、という安堵感からであろうか。大作家が見せる、少年のような無邪気な笑顔に胸が熱くなった。

下田街道を三島方面へ向かう。車で15分ほどの距離に、井上靖の故郷、湯ヶ島がある。ひなびた商店の建ち並ぶ小さな町である。井上は、この町で代々続く医家の長男として育った。訳あって、軍医として各地を転々とする父や家族と離れ、彼だけが、当地にあった実家の敷地内に建つ土蔵で、義理の祖母(曽祖父の愛人)と同居、子ども時代を過ごす。その生活を描いた自伝的小説が、『しろばんば』と『あすなろ物語』だ。下田街道から少し入ったところに、井上が祖母と暮らした実家跡がある。現在は、公園となっており、文学碑が立つのみである。

修善寺温泉街と門前町の風情を楽しむ

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更に下田街道を走ること30分。修善寺温泉に到着。修善寺は、古来多くの文人墨客を魅了した温泉街である。

文豪夏目漱石は、当地で「修善寺の大患」といわれる危篤状態からの奇跡的生還を体験。以後、「則天去私」という透徹した人生観に到達。後期三部作として有名な『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』を残した。岡本綺堂は、かつてこの地で暗殺された鎌倉幕府二代将軍源頼家の古面を修禅寺で見て着想。戯曲『修禅寺物語』を書き上げた。修善寺という町との出合いがなければ生まれなかった名作たちだ。

修善寺は、温泉街であると同時に、修禅寺という名刹の門前町でもある。寺の開祖弘法大師縁の独鈷(とっこ)の湯への崇敬の念や活発な参禅会など、住民の日常生活における修禅寺とのかかわりは長く深い。豊かな温泉や自然に加え、門前町ならではの敬虔な空気と人の優しさを併せもつ、この町独自の魅力の原点だと思う。

夕暮れ時に聞こえてくる修禅寺の鐘の音。旅人たちにも、門前町ならではの癒し、安らぎ、そして風情を感じさせてくれるひとときである。

修善寺温泉 柳生の庄「隙」のない料理、おもてなし、しつらい

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修善寺温泉では最高級の格式を誇る「柳生の庄」に宿をとる。温泉街の尽きるあたり、緑深き竹林のなかにひっそりとその館はあった。まさに奥座敷の風情。玄関を入り、出迎えてくれたのが杉板に描かれた日本を代表する女流画家堀文子氏の大作「群雀(むらすずめ)」。竹林を舞う雀たちの姿は、愛らしくも気品に満ちている。まさにこの宿のための作品。堀文子氏からの開業祝いと聞き驚嘆。

「柳生の庄」の前身は、東京・白金台の名門料亭。初代の料理長は、伝説的料亭、北大路魯山人の「星岡茶寮」で修業した料理人。歴代料理長によって、味の誇りと伝統は、しっかりと継承されてきた。創業者である先代は、剣道をこよなく愛し、「柳生流」への憧れから「柳生」と名づけたとのこと。料理、おもてなし、しつらいなどすべてが、「隙」のない求道精神によって磨き抜かれている。また、谷崎潤一郎の名著『陰翳礼讃』の世界に入ったかのように、館内や庭園の照明は少し控えめ。掛軸、漆器、陶器など和の意匠が最高の美しさを発揮できるよう、細心の心配りが感じられた。この宿は、おもてなしをどこまで極めようとするのか。

翌朝、「竹林の奥座敷」での目覚めは、極上のものであった。

柳生の庄

柳生の庄

住所:静岡県伊豆市修善寺1116-6
電話:0558-72-4126
アクセス:東名高速道路沼津I.C. ・新東名高速道路長泉沼津I.C.から伊豆縦貫自動車道で約30分、伊豆箱根鉄道駿豆線「修善寺駅」から車で約10分
駐車場:20台
URLhttps://www.yagyu-no-sho.com/

韮山知られざる幕末の英雄に出会う

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2015年7月、世界文化遺産となった反射炉を見に韮山へ。江戸時代、下田街道沿いの韮山は、伊豆半島を治める幕府直轄の韮山役所が置かれた行政の中心地であった。その代官職を世襲した江川家第36代当主が、この反射炉を建てた江川英龍である。幕末、西洋列強の脅威に備え、西洋式大砲作りに不可欠な反射炉は各地で建設されたが、完全な形で残るのは韮山のみ。