moment 2016年 5/6月号
日本紀行 栃木県

那須野が原 ゴルフと歴史逍遥の旅

文・鶴原弘高 写真・岡崎健志

栃木県北部の那須野が原は那須連山の麓に広がる日本最大級の扇状地で、温泉や、雄大な景観を生かしたゴルフ場が点在するリゾート地だ。名コースでのラウンドと歴史逍遥。心身を潤すショート・トリップへ──。

  • 西那須野カントリー倶楽部のクラブハウスからコースを望む。背後には那須岳が悠然と連なる。

  • ホウライカントリー倶楽部の11番ホール。2打目は浮島グリーンを狙うスリリングなショットだ。

  • “ドイツ翁”と呼ばれた外交官、青木周蔵が黒磯に築いた別邸。

  • 松方正義別邸のマントルピースに飾られたビクトリア調のタイル。

  • 塩原温泉郷の宿「湯の花荘」の露天風呂。

栃木県北部の那須野が原は那須連山の麓に広がる日本最大級の扇状地で、面積約400平方キロ。温泉や、雄大な景観を生かしたゴルフ場が点在するリゾート地だ。その歴史は明治時代、殖産興業を掲げて原野を開拓し元勲たちが農場経営を試みたことに始まる。名コースでのラウンドと歴史逍遥。心身を潤す那須野が原のショート・トリップへ──。


アクセス
東北自動車道・浦和I.C.から西那須野塩原I.C.まで約1時間30分。ここからホウライ・西那須野CCまでは約4km。ホウライ・西那須野CCを起点に山縣有朋記念館まで約30分、大山記念館洋館まで約25分、旧青木家那須別邸まで約20分、ロペ倶楽部まで約45分。国道400号(塩原バレーライン)は、渓谷沿いを走りながら観光名所の吊橋、滝などを通るドライブルート。新緑が美しい初夏はお勧めだ。Googleマップ


息を呑むほどに美しいコースを眼前に

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少し遠出をしてもプレーしたいと思えるゴルフコースが、日本にはいくつかある。車で片道2時間程度なら日帰りプレーも苦ではないが、できれば宿泊してゆっくりと、観光を含めたゴルフ旅を楽しみたいものだ。ラウンドを中心に据えた、肩肘を張らない近場のショート・トリップ。都心から約150キロに位置する那須野が原は、まさにそんな要望に沿う場所だ。

東北自動車道の西那須野塩原ICから約4キロのところに、ホウライカントリー倶楽部(以下ホウライCC)と西那須野カントリー倶楽部(以下西那須野CC)はある。経営母体は、千本松牧場を所有し、酪農と乳製品の加工などを行っているホウライ株式会社。隣接するふたつの兄弟コースは、約250万坪という広大な同社の牧場を有効活用するために1990年代初頭に造成された。

250万坪と聞いても想像しづらいだろうが、イメージしてほしいのは誰もが見たことのある北海道の牧場風景。取材に訪れた際、普段は観光客が立ち入れない敷地内まで案内していただいたのだが、その土地の雄大さは本州とは思えないほどで、一部は2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」のロケ地としても使われた。

国土の約7割が山岳地帯という日本には山を削って造成されているゴルフコースが多いが、ホウライCCと西那須野CCはそれにあてはまらない。赤松の密生地であることから「千本松」と名付けられたこの土地は、コース設計家が思い描く最高のコースをカタチにすることができる土壌でもあったのだ。

高速道路を降りて一般道から牧場のほうに入り、クラブハウスまでは赤松に囲まれた並木道を通っていく。木漏れ日がきらめく森の中をスローダウンさせて車を走らせていると、今日のプレーへの期待感がどんどん高まってくる。クラブハウスに到着し、朝食を取るために2階のレストランへ上がれば、そこで目にするのはまるで絵画のようなゴルフコースの風景だ。米国人コース設計家のロバート・ボン・ヘギーが那須野が原に造り出したコースは、息を呑むほどに美しい。

優れたコース設計家は、18ホールでひとつの物語を作るという。ホウライCCと西那須野CCは、そのプロローグからして完璧だ。

難関でもまたプレーしたくなる魅力

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ホウライ・西那須野CCは、ゴルファーが圧倒されるほどの美しい景観を持ち、プレーヤーが大いに心を揺さぶられる難関コースでもある。

ホウライCCは2000年から3年間「日本ゴルフツアー選手権」が行われたトーナメントコース。ショットの狙い場所を一点に定めて攻めていくことが要求される、ゴルファーの技量が試されるタイプのコースだ。それに比べると西那須野CCは、いくぶんスケール感があってゴルファーにショットの選択を迫るコースだと言える。とはいえ、「こんなに広い土地を使って造ったゴルフコースなのに、打っていく場所はそんなに広くないんですよ」と、ふたつのゴルフ場の支配人を務める松延晴彦氏は言う。確かに、そのとおりなのである。

ホウライCCはキャディ付きでのプレーとなり、西那須野CCはナビ付きの乗用カートでのセルフプレーが可能だ。プレー形式から察すると西那須野CCのほうがカジュアルでやさしいコースと思われがちだが、決してそうではない。誤解がないように言っておくと、西那須野CCがホウライCCよりも格下のコースというわけでもなく、むしろ西那須野CCのほうが戦略的なコースだと感じるゴルファーもいるだろう。ゴルファーによって、どちらのコースが好きか分かれるのも面白いところで、訪れたらぜひとも両コースをプレーしてほしい。

正直に言って、難関ゆえにどちらも好スコアを期待できるコースではないのだが、各ホールに特徴があって、ゴルファーを飽きさせないのは両コースともに同じ。どちらもまたプレーしたくなるゴルフコースであることは間違いない。それぞれに名物ホールがあるのだが、ここに記すのはやめようと思う。実際にプレーしてみて記憶に残るホールこそが、あなたにとっての名物ホールなのだから。

ホウライカントリー倶楽部

ホウライカントリー倶楽部

住所:栃木県那須塩原市千本松793
電話:03-3546-2923(ホウライ株式会社ゴルフデスク)
アクセス:東北自動車道・西那須野塩原I.C.から約5分、東北新幹線「那須塩原駅」からクラブバスで約20分(無料/要予約)
駐車場:120台
URLhttp://www.golf.horai-kk.com/

那須野が原開拓秘話

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ホウライCCと西那須野CCは、もとは千本松農場(現牧場)の一部だった。かつての所有者は内閣総理大臣を2度務めた明治の元勲、松方正義。日本銀行を創設、金本位制を確立した明治日本の金融エキスパートで、“千本松”の地名は松方が名づけたものだ。周辺には、維新後の日本を牽引した勲功華族の農場が集まっていたという。付近に御用邸もあることから、さぞ昔ながらの由緒正しきリゾートかと思いきや、苦労の歴史がそこにはあった。

明治以前の那須野が原は水も湧かず、人も住まない原野だった。そこに、当時の栃木県令(知事)鍋島幹が、那珂川から那須野が原を経て鬼怒川に達する大運河建設構想を打ち出した。東京への物資運搬の大動脈を目指したものだ。これに共鳴した地元の有力者、印南丈作と矢板武は、早速政府に開発の上申書を提出したが、政府は殖産興業のもと、国策第1号としてすでに福島の安積に疏水工事を決めており、上申は却下された。この事業を推進していたのが、当時内務省勧農局長だった松方正義だった。

印南と矢板は諦めきれず、1879(明治12)年、安積疏水の起工式に訪れた松方を追って那須野が原に連れてくる。そこで松方は、「運河よりも、欧米式農場に適した土地の開墾に着手するよう」勧めたのだった。

曽孫で、現4代当主の松方峰雄氏は「松方はこの前年に欧州各国を視察しています。そこで欧州型の大農場を目の当たりにし、日本でもこうした農場経営をやりたいと考えた。那須野が原の風景に、その可能性を見出したのでしょう」と語る。

翌年、印南と矢板は「那須開墾社」を組織して開墾に着手。その後次々と勲功華族が農場経営に参画し、それらは「華族農場」と呼ばれた。また、松方の後方支援もあって灌漑用疏水工事の許可がおり、85(明治18)年、5カ月という突貫工事で約16キロの那須疏水が完成した。大運河計画には遥かに及ばない規模ながら、不毛の地にようやく水が引かれたのだ。