moment 2015年 9/10月号
日本紀行 兵庫県 有馬温泉

ゆかしき湯の町、有馬へ

文・上保雅美 写真・エディ オオムラ

『日本書紀』にも登場する、古式ゆかしき兵庫県有馬温泉。かの豊臣秀吉が愛し、昭和モダニズムの時代には作家・谷崎潤一郎が足繁く通った。なぜ有馬は人びとを魅了するのか。老舗の宿を巡りながら、その理由を考察した。

  • 森に抱かれた有馬山叢 御所別墅(ありまさんそう ごしょべっしょ)のダイニングルーム。

  • 陶泉 御所坊を代表する源泉掛け流しの金泉「金郷泉」。半露天でゆっくりと楽しみたい。

  • 清々しい空気に満ちた鼓ヶ滝。春の有明桜、秋の紅葉も見事だという。

『日本書紀』にも登場する、古式ゆかしき兵庫県有馬温泉。
かの豊臣秀吉が愛し、昭和モダニズムの時代には作家・谷崎潤一郎が足繁く通った。モナコのグレース公妃もお忍びで訪れたという逸話も残る。
なぜ有馬は人びとを魅了するのか。老舗の宿を巡りながら、その理由を考察した。


Access
JR山陽新幹線「新神戸駅」から車で約20分、三宮から約20分、神戸空港から約40分。JR「大阪駅」から車で約60分、関西国際空港から約80分、伊丹(大阪国際)空港から約40分。
有馬温泉観光協会公式サイト
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新しき有馬の至高

有馬山叢 御所別墅(ありまさんそう ごしょべっしょ)

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温泉街の賑わいから離れ、六甲山麓へ分け入るように坂を上ると、木立の中に有馬山叢 御所別墅が現れる。敷地は滝川を通す渓谷に沿い、響く水音、鳥のさえずりも清々しい。どこか聖地の趣さえ漂う、安らかな地だ。

2008年、ここは当地の名宿「陶泉 御所坊」により開かれた。過去には江戸から続く清水寺があった場所で、寺は明治期、「清水ホテル」となり神戸居留地からの外国人客を迎えていたという。最古にして国際的な温泉地である有馬の歴史を象徴する地に、この宿は誕生したのだ。

全10室のみとなる客室はすべて離れ。それぞれ間取りやインテリアは異なるが、いずれも贅沢に空間を取り、自然を身近に感じさせる。野趣と優雅さを併せもつ建物だ。室内には身体にやさしい温浴室「サーマルルーム」を設けるなど、ユニークな試みが随所に。居心地のよさを高める配慮も、隅々まで行き届く。

食事は近郊の食材が活きるフレンチを供する。清流が育む野菜、希少な但馬牛や瀬戸内の魚介。最高級の食材をそろえ、卓越した技と情熱により仕上げられる料理は、滋味豊かで深い余韻を残す。

温泉棟では源泉から引く名湯を掛け流し、本格的なアロマテラピーが受けられるサロンを用意。山の精気に包まれたテラスも、訪れる者の気持ちを和ませる。進化する宿がもたらす至福を、思うままに享受してみたい。

有馬山叢 御所別墅

有馬山叢 御所別墅

住所:兵庫県神戸市北区有馬町958
電話:078-904-0554
アクセス:中国自動車道・西宮北I.C.から約15分、阪神高速道路7号北神戸線・西宮山口南I.C.から約10分、神戸電鉄「有馬温泉駅」から送迎あり(無料、到着時要連絡)、JR「新神戸駅」から送迎あり(有料、要事前予約)
駐車場:20台
URLhttp://goshobessho.com/

陰翳礼賛の粋に酔う

陶泉 御所坊(とうせん ごしょぼう)

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陶泉 御所坊の軌跡は有馬の歴史と重なる。創業は当地が僧仁西(にんさい) により再興された1191(建久2)年。14世紀には足利義満の有馬入湯を機に「御所」と呼ばれ、1594(文禄3)年、豊臣秀吉から13石を受けて現在地へ移転した。 その後、神戸港開港から大正デモクラシー、昭和モダニズムといった新時代の潮流を捉えつつ、宿は独自の趣を醸し出してゆく。そして今も、歴史の気配を失うことなく、日本風情を深めながら、外国文化のよさも自在に取り入れている。

東と西、様式とくずし、古典とモダン、安息と高揚。響き合う多様なコントラストは、御所坊スタイルの真骨頂といえるだろう。中でも印象的なのが、顧客だった作家・谷崎潤一郎も愛した陰影。暗がりを無限に仕立て、ほのかに浮きたつ明かりは、胸に染み入るような美しさだ。

15代目となる現主人が起こした変革は、老舗をさらに輝かせる。館内は文化の香り高く、旅館情緒に富み、快適。名湯みなぎる大浴場では、半混浴もかなうように。新しく登場した茶室付き湯殿「偲豊庵(しほうあん)」は時を超え、幽玄の世界を堪能させる。

地元産極上食材の持ち味が冴える「山家(やまが)料理」も、この宿ならでは。自家栽培の米や野菜、幻の但馬牛、明石浦漁港に揚がる鮮魚など、日本屈指とも評される食材の極みを、料理は真摯に伝える。

物語を秘め、温故知新を信条として、御所坊は有馬を守りつづけることだろう。

陶泉 御所坊

陶泉 御所坊

住所:兵庫県神戸市北区有馬町858
電話:078-904-0551
アクセス:中国自動車道・西宮北I.C.から約15分、阪神高速道路7号北神戸線・西宮山口南I.C.から約10分、神戸電鉄「有馬温泉駅」から送迎あり(無料、到着時要連絡)、JR「新神戸駅」から送迎あり(有料、要事前予約)
駐車場:50台
URLhttp://goshoboh.com/

神湯の湧く泉都を巡る

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六甲山の北麓、谷が囲む山峡の地に有馬はある。その歴史は神話をまとい、ミステリアスだ。癒しの霊泉を見出したのは、大己貴命(おおなむちのかみ)と少彦名命(すくなびこなのかみ)の二神。『日本書紀』には舒明(じょめい)天皇、孝徳天皇の行幸が記される。

永い世紀の間には、栄枯盛衰があり、繰り返し天災を被ったこともあるという。しかし、そのつど、僧行基や仁西、豊臣秀吉といった救いの主が奇跡のように現れ、再興を果たしてきた。ここは神に護られし泉都なのだろう。

希有な歴史は今も、至るところに刻まれる。山間に交錯する細い坂道や石段を伝えば、温泉ゆかりの社寺仏閣、太閤秀吉を偲ぶ名所旧跡に次々と出合う。とくに温泉寺から湯泉(とうせん)神社のあたりは、伝説が宿る聖域。有馬を語る『風土記残編』の一節「此の地に浴す、其の功、神境に遊ぶ如し」を、しみじみと実感できるに違いない。

名湯に親しむ湯どころも豊富だ。有馬には泉質の異なる数種の温泉が湧く。それは茶褐色に濁る「金泉」と、透明な「銀泉」に分かれ、それぞれの源泉が家並みの中で湯煙を上げる。源泉の息吹を訪ねる町歩きも一興。

そして、歴史は伝統となり、人びとの間にも染みわたる。当地では宿のみならず、商店にも老舗が数多い。旅情あふれる湯本坂界隈には、伝統工芸を伝える名店が軒を連ねる。室町時代から伝承される人形筆を扱う「灰吹屋 西田筆店」。籠師三代がそろい、北政所や千利休も御用達だった有馬籠を造る「竹芸有馬籠くつわ」。松茸昆布の「川上商店」に炭酸煎餅の「三津森」と、名物の元祖も並ぶ。

おもむくままに有馬を巡るとき、坂道の上に、曲がる角の先に、まだ見ぬ湯郷の風景が待っている。

名湯と美食の歓び

中の坊 瑞苑(なかのぼう ずいえん)

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有馬では宿名に「坊」を見かけることが多い。これには仁西にまつわる伝えがある。中興の祖は温泉寺の薬師如来を護る十二神将になぞらえ、当地に12の宿坊を開いた。この「有馬十二坊」にちなむ名だという。

中の坊 瑞苑は1868(明治元)年創業の「中の坊旅館」から、由緒ある名を受け継ぐ。優雅な休日を享受できる大人の隠れ家として知られ、1980(昭和55)年の開業以来、国内外のセレブリティを迎えてきた…