常設展を深く知る、美術館の新しい見方
名画だけじゃない。松方幸次郎を知ると国立西洋美術館はもっと面白い
世界文化遺産に登録されている国立西洋美術館。その魅力は建築や企画展だけではない。モネ、ルノワール、ロダンなど西洋美術史を彩る作品を間近で鑑賞できる常設展こそ、この美術館の大きな見どころである。その礎となったのが、松方幸次郎というひとりの実業家が蒐集した「松方コレクション」であることをご存じだろうか。彼の夢と情熱を知れば、美術館の魅力はさらに奥深いものとなる。
Text:Yusuke Kusui
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
国立西洋美術館と松方コレクション
東京・上野公園にある「国立西洋美術館」。西洋の絵画や彫刻、版画、素描など6,000点を超える作品を所蔵する日本が世界に誇る西洋美術専門の美術館だ。
驚くのはその充実した常設展。ピエール=オーギュスト・ルノワールやフィンセント・ファン・ゴッホ、パブロ・ピカソといった、美術の教科書で目にした名前の作品がずらりと並ぶ。美術館のシンボルともいえるオーギュスト・ロダンの《考える人(拡大作)》や《地獄の門》もそのひとつだ。中にはヨハネス・フェルメール帰属作(真作とされる作品)まである。
しかし、これらの作品がなぜ日本に集まり、世界に誇る西洋美術館ができたのか。その鍵を握るのが、「松方コレクション」である。
「松方コレクション」とは、松方幸次郎が20世紀初頭にヨーロッパで蒐集した美術品群。現在、その一部が国立西洋美術館の所蔵品の基礎となり、世界有数の西洋美術館としての評価を支えている。
そして、そのコレクションの背景には、松方が想い描いたある壮大な夢があった。
松方幸次郎が想い描いた未来
川崎造船所(現・川崎重工業)の発展を支え、日本有数の実業家となった松方幸次郎。彼が美術品の蒐集を始めたのは、第一次世界大戦期の1916年のことである。欧州を訪れた松方は、西洋の優れた芸術や文化に触れ、産業だけでなく文化の成熟も国の発展には欠かせないと考えるようになった。
一方、当時の日本では本格的な西洋美術に触れる機会は限られていた。松方は、日本が近代国家としてさらなる発展を遂げるため、ヨーロッパ各地で西洋美術を精力的に蒐集し、日本に本格的な西洋美術館をつくるという構想を抱く。
左:クロード・モネ ≪睡蓮≫ 1916年 油彩、カンヴァス 右:ピエール=オーギュスト・ルノワール ≪アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)≫ 1872年 油彩、カンヴァス(ともに国立西洋美術館 松方コレクション)(©:国立西洋美術館)
モネ、ルノワール、ロダンをはじめとする作品を次々と購入したのは、「日本の若い画家たちに本物の西洋美術に触れられる環境をつくりたい」という明確な目的があったのである。
現在の国立西洋美術館に並ぶ作品群は、単に作品を展示しているだけではない。未来を見据えたひとりの実業家のビジョンそのものなのである。
夢は国立西洋美術館へと受け継がれた
松方は本物の西洋美術を広く公開するため、東京・麻布に「共楽美術館」を計画。当初「松方美術館」という案も出ていたが、松方はそんな考えを「ケチくせえ」と一蹴したという豪胆な逸話も残されている。“ともに楽しむ”という意味が込められた「共楽美術館」。いかにも松方らしい名前だ。
しかし、その構想は関東大震災や1927(昭和2)年の経済恐慌などの影響により頓挫。日本に運ばれていた美術品は散逸してしまう。しかもロンドンの倉庫で保管されていた作品は火事で焼失してしまうことに。さらに第二次世界大戦末期、パリに残されていた作品はフランス政府に接収されてしまう。
松方の夢は、このまま失われてしまうかに思われた。
だが、戦後になって状況は大きく動く。フランス政府の所有となっていた作品群が、日本側の強い働きかけによりその大部分が寄贈返還されることになったのである。その際に示された条件が、日本側が東京にフランス美術館を創設することだった。
こうして1959年、東京・上野に国立西洋美術館が開館する。
松方自身がその完成を見ることはなかった。しかし、彼が想い描いた「日本の人びとが本物の西洋美術に触れられる場所をつくりたい」という夢は、国立西洋美術館という形で受け継がれたのである。
現在、国立西洋美術館では原則毎月第2日曜日に、常設展を誰もが無料で観覧できる「Kawasaki Free Sunday」が実施されている。これを支えるのは、松方が初代社長を務めた川崎造船所をルーツとする川崎重工業だ。松方が目指した「誰もがともに楽しむ美術館」。その精神はいまなお息づいている。国立西洋美術館の常設展は、名画の展示空間であると同時に、ひとりの実業家が未来へ託した夢のつづきでもあるのだ。
国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7-7
アクセス:JR「上野駅」(公園口出口)徒歩約1分
駐車場:なし
※周辺の駐車場の数に限りがあるため、なるべく公共交通機関をご利用ください。
開館時間:常設展/9時30分~17時30分(金・土曜日は9時30分~20時)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜、年末年始(12月28日〜1月1日)
※月曜が祝休日の場合は開館し、翌平日が休館。その他、臨時に開館・休館することがあります。
観覧料金:常設展/一般500円、大学生250円(ともに税込み)
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料(入館の際に学生証などの年齢の確認できるもの、障害者手帳などをご提示ください)
※Kawasaki Free Sunday(原則毎月第2日曜日)、国際博物館の日(5月18日)、文化の日(11月3日)の常設展は無料となります。
※チケット購入、開館時間・休館日の最新情報の詳細については公式WEBサイトをご確認ください。
公式WEBサイト:https://www.nmwa.go.jp/