LIFESTYLE

(a)Bespoke suit
世界を舞台にする人こそ着てほしい
日本人テーラーが仕立てる1着

ファッションの都、フランス・パリにサロンを構え、国内では銀座・和光のオーダー受注会などでも絶大な支持を得ている敏腕テーラー・鈴木健次郎さん。彼が手掛けたスーツは“空気を纏っているような着心地”と称されるほどに身体に馴染み、誂えた人をエレガントに見せます。今回はそんな鈴木さんが語るビスポークスーツの魅力、ひと針に込める美学、そしてスーツを通じて伝えたい哲学に迫ります。

協力:和光

日本人が“名タイユール”に名を連ねるまでの知られざる話

いまでこそ受注が絶えず、毎年数着ずつオーダーする顧客もいるほどに世界から評価される鈴木さんですが、現在の地位を確立するに至るまでの道のりは平坦ではありませんでした。

高校時代に映画で観た1950〜70年代のファッションに興味をもち、専門学校を経てアパレルメーカーに職を得るも、量産型の業務に嫌気がさし退職。ファッションの中心地であるフランスで一から学ぼうと資金を貯め、渡仏が叶ったのは27歳の時でした。モデリスト(スーツのパターンをひく職業)を目指し、パリの名門校「A.I.C.P.(Académie Internationale de Coupe de Paris)」へ入学すると日本人生徒との接触は極力避けてフランス語の習得に努め、昼夜を問わず勉強に励みました。

「やることは明確でしたから、遊んでいる暇はありませんでした。テキストを読み込み、手を動かし続け、必死で服作りを習得する日々でした」(鈴木さん)

結果、A.I.C.P.を首席で卒業。服飾技術の国家資格を携えて高級テーラー「Camps de Luca(カンプス・ドゥ・ルカ)」での縫製職人としてパリでのキャリアがスタートします。

テーラーのメッカ、パリ8区に構えた鈴木さん自身のサロン「KENJIRO SUZUKI sur mesure PARIS」

A.I.C.P.での苦労が実り、順風満帆なパリでの職人人生がスタートしたかに見えた時、新たな壁が鈴木さんに立ちはだかります。

「アジア人への差別には強烈なものがありました。パリのタイユール(仏語で「テーラー」の意味)は閉鎖的で、日本人と一度も仕事をしたことがない職人ばかりで、フランス語もままならないアジア人の私への風当たりは強く、職場ではベテラン職人と衝突することも珍しくなかったんです。私は縫製職人として雇用されましたが、ゆくゆくはカッターの仕事にも関わるという契約だったので、そのことをオーナーへ交渉しましが、結果的にアジア人の私がカッターの仕事に就くことはなく、お客様と直接接する機会も一度も与えられませんでした」(鈴木さん)

悩む鈴木さんに手を差し伸べてくれたのは、A.I.C.P.の校長。在学中の真摯に学ぶ姿勢、人一倍努力する姿を見ていた校長の推薦により、2007年にパリでも屈指のメゾン「Francesco Smalto(フランチェスコ・スマルト)」へ移籍。「日本人はカッターになれない」という固定概念を覆し、日本人初となるチーフカッターに抜擢されることとなります。

「フランチェスコ・スマルトに入り、日本人でありながらもカッターになれたのは嬉しかったですね」(鈴木さん)
カッターとして働き始めた鈴木さんがさらに技術を磨き続け、良いスーツを作り続けると、周囲の職人たちも鈴木さんを認めるようになりなりました。腕の良さで評価が決まる世界で職人から敬意が示されるようになると、比較的良い環境で仕事ができたと言います。こうして老舗メゾンでの研鑽を積んだ鈴木さんは、2011年に独立、2013年に満を持して自らのサロンを構えるのです。

良いスーツとは、リラックスをもたらす装い

さて、前置きが長くなりましたが、鈴木さんが仕立てるスーツとはいかなるものなのでしょうか?

「私自身としては、ただただお客様お一人おひとりに合うスーツを作らせていただいているだけですが、採寸の細かさに驚かれる方は多いですね。美しいスーツは着る方の身体に合うことが大前提ですから、フィッティングにかける労力は惜しみません。人の身体は左右対称ではありませんし、前傾姿勢の方や、骨盤に歪みがある方もいらっしゃいます。だからこそ、メジャーで測るだけでなく実際にお客様の骨格を触って確認して、プロポーションを完全に把握するように努めています」

徹底した採寸だけでなく、鈴木さんはお客様の人となりまでをも理解したうえでスーツの仕立てに取り掛かります。それはこれから仕立てるスーツが、いつ、どのような場所で、誰と居る時に着るものなのかを理解するためだと言います。

「日本での仮縫いの時は、特にお客様との会話を楽しむように心掛けています。気が付いたら、5時間もお話していたということも珍しくありません。皆さん、本場・パリでの着こなしについてご興味があり、私に聞きたいことも多々あるということもあるのだと思います。お話しが盛り上がり、時間を忘れて過ごされます。リラックスして色々なお話をすることで、お客様との関係性を深め、同時にお客様の人柄も知ることができます。良いスーツを仕立てるためには、非常に重要なことだと思っています」

鈴木さんとの対話、採寸、仮縫いを経て誂えたスーツはオーダーした者にのみ体感できる“空気を纏っているような着心地” を備えています。果たして鈴木さんが目指す“最高のスーツ”とはどういったものなのでしょうか?

「逆説的な言い方になりますが、スーツの良し悪しをご自身で判断することは難しいものです。むしろ周りの方から『今日のスーツは素晴らしいね』と褒められた時に、そのスーツがご自身に合っていると気付くことが多いのです。周りの方にエレガントである、知的な佇まいであると褒められれば、当然ご自身はリラックスし、自然体でいられるはずです。これが良いスーツの役割だと言えます。昨今のビジネスシーン、特にIT業界ではカジュアルな装いを持てはやす風潮がありますが、私は異を唱えます。一流の方、世界を相手にされる方にはご自身に合うスーツを着こなしていただきたいんです。いくらお仕事ができても、欧州では歴史やファッションを含む文化に対して無頓着な人を一流とみなさない傾向にあります。そして一度評価が下されれば、リカバーは困難なのが現実です。逆にアジア人であっても知的でエレガントだと一度認識されれば、一気に対等な立場を築くことができます。能力が正当に評価されるためにも、自然体で世界と対峙するためにも、ご自身に合ったスーツをお召しになってみてください」

パリで20年。ファッション業界の頂点ともいえる彼の地で、今日もスーツを仕立てている名タイユールの言葉は、実に含蓄に富んだものでした。

日本で鈴木さんのスーツを誂えるなら……

「KENJIRO SUZUKI sur mesure PARIS」オーダーメード紳士服承りの会
会場:和光 本館4F
住所:東京都中央区銀座4-5-11
会期:11月中旬を予定
※会期等の最新情報は下記、和光のウェブサイトをご確認ください
www.wako.co.jp
予約は電話または直接のご来店にて
Tel:03-3562-2111(和光/代表)

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