Travel

京都の注目店
食材の魅力を余すことなく伝える
隠れ家割烹の進化形炭火焼料理

鞍馬口の住宅街にひっそりと誕生した「徳ハ本也」(とくはもとなり)は2023年12月に開業するやいなや予約困難といわれる注目店になった。訪れた人を魅了するのは炭火や薪火を駆使して焼き上げる「炭火焼料理」だ。店主・松本進也さんは「高台寺和久傳」、「室町和久傳」の料理長として活躍した人物。通算19年勤めた和久傳を卒業し、立ち上げた自身の店への想い、洗練と野趣を融合した料理の極意についてお聞きした。

Photo:Katsuo Takashima
Text:Shinobu Nakai
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)

かつての物流拠点「鞍馬口」で、炭火焼料理の革新に挑む

京の七口のひとつ「鞍馬口」は、かつては平安京と若狭国を結ぶ物流の道・鞍馬街道の起点だった。鞍馬寺への参詣道のはじまりでもあり、御所を守護する北の要。賀茂川や御所へも徒歩数分という人気の住宅街だ。ここ数年は、祇園や河原町など繁華街ではなく、あえてこのエリアで開業する飲食店も増えている。

そんな御所北エリアの一角、上御霊神社に隣接した閑静な住宅街に2023年12月開業したのが「徳ハ本也」だ。店名は、中国の古典『大学』の一節「徳は本なり」から引用したもの。「徳を積み、励むことを大事とする」という意味を屋号に込めた。

店主の松本進也さん。

店主の松本進也さんは、埼玉県出身。料理上手の母から手ほどきを受け、中学生の頃から料理を手伝っていたという。高校時代には「将来は料理人」とすでに決めていた。調理師専門学校卒業後は、「フォーシーズンズホテル椿山荘東京」(現在のホテル椿山荘東京)の懐石料理店で修業を積み、その後六本木ヒルズの和食店立ち上げを経て、京都の料亭「和久傳」に入店。当時「和久傳」では、京都府北部の風味豊かな自然食材を活かした野趣味ある料理も供していた。洗練された日本料理だけではない、和食の違う魅力を学びたいと思ったそうだ。

目の前で調理や盛りつけを見られるのはカウンター席の醍醐味。

京都駅の「京都和久傳」で副料理長を務めたあと、33歳で「高台寺和久傳」の料理長に抜擢され、献立の改変を任された。「悩みながらも、さまざまな変革を手がけたことが学びになった」と松本さんは言う。例えば、ぐじ(甘鯛)や鯛など高級魚だけでなく、鯖など大衆魚もあえて献立に加えた。自ら客席へ出向いて要望を聞き、お好みの料理を誂える、一口サイズなど分量を調整するなど、できる限りリクエストに応える工夫を凝らした。

「料亭の魅力は料理だけではありません。当たり前ですが、お客さまファーストのサービスを心がけることが大切です。それを仲居さんに任せるのではなく、自らやろうと思いました。そういう積み重ねこそが、また来たいと思ってもらえる一因になるからです」
松本さんが料理長を務めて数年後には、献立の内容も随分変わっていた。19年の時を「和久傳」で過ごし、「室町和久傳」の料理長を最後に卒業、自店を開いた。

凛とした雰囲気のカウンター。

開業のために物件を探していたときに、縁あってこの鞍馬口の物件に出合った。
「京都へ来た当初、休みになると神社仏閣を巡っていました。その頃にもこのあたりに来たことがあって、静かなのに京都駅からも地下鉄で一本と近くて便利。なにより、上御霊神社や相国寺からも近く、神聖な気が満ちていると直感しました」

すぐに、「ご縁を感じるこの地で店を開こう」と決めた。建築は、伝統的な技法を用いたシンプルな日本建築で定評のある「三角屋」の棟梁・朝比奈秀雄さんに依頼した。
「100年後も残る数寄屋の建物にしたいと思いました。あえて無垢の白木を建材として用い、年月を重ねた変化を楽しもうと。10年後に今より建物も料理も魅力が増していく店にしたかったんです」

露地のようなアプローチから玄関に入ると、かけこみ天井と土壁の長い通路。この空間を辿るうちに、いつしか心が落ち着いていく。
案内されるカウンター席は、清々しい空気が満ちる空間。青森ヒバの美しいカウンターが迎えてくれる。

左:かけこみ天井と土壁の通路。右:6名が座れる個室。

料理の要は野趣味ある炭焼きと洗練された和食

開業にあたり決めていたのが、炭火や薪火を使った料理を主にしたコースにしようということだった。
「日本料理のルールには捉われず、その時季、もっとも美味しくなる食材を最適な火入れでお出しする。炭焼きした食材のうまみを満喫していただく、ほかにはない店に、と思いました」

コースは、先付、酒のアテ、お椀、造り、焼物4品ほど、酢の物など口直し、鍋や焚物。〆は焼き魚にご飯とみそ汁が付く定食のようなもの。月によって変わるが、10品ほどが供される。

カウンターの右隅にある焼き台で、さまざまな食材の調理が施される。

「徳ハ本也」の真骨頂は、焼き場の見事さ

囲炉裏をアレンジした焼き台を店奥のカウンター脇に設け、常に焼き具合を見ながら、最高の火入れに挑む。季節によって食材は変わるが、鴨や猪、牛肉、イカや海老、蟹、季節の魚も焼いていく。

鴨など滋味あふれるジビエは信頼のおける専門店から、新鮮な魚介類は氷見や明石の漁港、中央市場内の馴染みの仲卸から仕入れる。

野菜は付き合いの長い、丹後の農家が届けてくれるそうだ。

この日のメインは鴨肉。

存在感ある陶製の焼き台は、伊賀の作家・辻村塊さんに相談して造ってもらったもの。ヒバの葉を敷き、爽やかで清浄な香りを立たせる。

この日、串うちして焼き台に並べられたのは、佐渡島から届いた鴨。日向の備長炭でじっくり火を入れたあと、槙や桜の薪火で香りをまとわせ仕上げる。こうして焼かれた鴨は、中まで火が入っているのにジューシー。ドリップが一切出ないのも特長だという。

この焼き台以外にも、炭火の焼き床や小さな焼き台などを使い分け、完璧な焼き具合を目指す。

焼き上がった鴨に合わせたのは、木の実のタレ。

焼き上がった鴨は、客前で切り分けて盛りつける。炭の音や鴨が焼ける香りを感じられることはもちろん、ライブ感たっぷりに目の前で仕上がる料理を眺められるのもカウンター席の醍醐味。

しっとりと焼き上げられた鴨肉は見た目も美しい。

焼物の1品として登場する「鴨の炭焼き」。実山椒、胡桃、松の実などを合わせた木の実のタレを添える。皮はパリッとしているのに、身はしっとり。木の実のタレの食感がアクセントになる。鴨は佐渡島の水田にこの時季飛来する野生。届いてから3~4日寝かせ、うまみをさらに凝縮させる。立てて焼くことで、ドリップが抜け、雑味が一切なくなる。

「蒸し蟹のリンゴ酢ジュレかけ」

口直しの一品には、蟹の甘みとリンゴの甘酸っぱさがよく合う一皿を。毎年12月と2月は蟹をメインにコースが組み立てられる。焼き蟹の雄雌食べ比べなども味わえるそう。

「琵琶湖の天然鰻 堀川ごぼうの椀」

この日のお椀は、琵琶湖の天然鰻蒲焼と堀川ごぼうが椀だね。色合いが美しい鶯菜と柚子が添えられる。

素材のうまみを引き出すには、何より水が大事という松本さん。上御霊神社や銅駝、染井などさまざまな湧き水でだしをとり、その日の気候、食材に合わせて使い分ける。

「修業先では、料理だけでなく、室礼や調度、器遣いなど学ぶことは多々あった」と言う松本さん。

「これまでの経験を基にしながらも独自の料理を極めていければ。節句など日本の麗しい風習も盛り込み、お客さまに楽しんでいただきたい。店も料理もシンプルだからこそ、行き過ぎることなく、淡々と続けていきます」と話す。

徳ハ本也(とくはもとなり)

住所:京都府京都市上京区新御霊口町287-5
電話番号:075-708-7425
営業時間:12時~、18時~
定休日:基本日曜日、不定休あり
料金:昼 25,000円、夜 33,000円~(いずれも税・サ込み)
席:カウンター9席、個室6名
URL:https://motonari-kyoto.jp/

Access to moment DIGITAL moment DIGITAL へのアクセス

認証後のMYページから、デジタルブック全文や、
レクサスカード会員さま限定コンテンツをご覧いただけます。

マイページ認証はこちら※本サービスのご利用は、個人カード会員さまとなります。

LEXUS CARD 法人会員さまの認証はこちら

Winter 2025

レクサスカード会員のためのハイエンドマガジン「moment」のデジタルブック。
ワンランク上のライフスタイルをお届けします。