今訪れたい世界のレストラン
完全ヴィーガンに移行した、N.Y.のミシュラン三ツ星レストラン。その後の評判はいかに?
今、地球環境や人の健康を考えた先にあるべき料理のカタチとして、世界のトップシェフたちが注目するのが“プラントベース”。コロナ禍に人気絶頂だったニューヨークのミシュランガイド三ツ星レストラン「イレブン・マディソン・パーク」のダニエル・ハムシェフが、完全ヴィーガンメニューに切り替え話題となりましたが、2年経った今、思い切ったレストランの方向転換はどう受け止められているのでしょうか?ダニエル氏に取材しました。
Text: Misa Yamaji(B.EAT)
ヴィーガンは世界を変えるのか?
マディソン・スクエア・パークの向かい、11th Madison Ave.に位置するレストラン「イレブン・マディソン・パーク(Eleven Madison Park)」。
25年前、歴史的建造物「メトロポリタン・ノースタワー・ビルディング」の1階に開業したエレガントなレストランは、長きに渡り世界中の美食家達の舌を唸らせてきました。
特に、シェフのダニエル・ハム氏がエグゼクティブシェフに就任した2006年にミシュランガイド三ツ星に輝いて以降、現在まで17年間三ツ星をキープ中。2017年には「世界のベストレストラン50」で第一位に輝くなど、名実ともにN.Y.を代表するガストロノミックレストランとしてその名を轟かせています。
そんな、世界の賓客をもてなしてきたトップレストランが、コロナ禍の休業を経て、2021年6月の営業再開時から完全ヴィーガンメニューに変更すると宣言。それまで同店のスペシャリテだった『ラベンダー・ハニーグレーズド・ダック』や『バター・ポーチド・ロブスター』などをはじめとする肉料理や魚料理をすべて封印し、野菜だけで今までの“ラグジュアリー”なコース料理を作ることを決意したことは、大きな話題となりました。
遡れば、肉料理などを出していた世界的なシェフが、野菜にフォーカスしたコース料理に舵を切るということは彼が初めてではありません。例えば1996年にミシュランガイド三ツ星を獲得した「アルページュ」のアラン・パッサール氏は、1999年からコース料理の内容を野菜にシフトしています。けれど、パッサール氏とハム氏ではその決意にいたるまでの道筋はまったく違います。
“肉焼きのスペシャリスト”として名を馳せていたパッサール氏は、野菜料理にシフトしたきっかけを“明確な理由はない”といいつつも、「肉を中心にやってきた料理に限界を感じて、野菜で新しい料理の世界を切り開いてみたかった」と自己を見つめた結果であったと振り返っています。
一方、ハム氏の決断は、“コロナ禍によるもの”と明言。
ハム氏は「パンデミックで閉鎖していた1年4カ月、“コミュニティ・キッチン”を開設し、食糧難のニューヨーク市民に食事を作っていました。その時に、料理を通して、人びとにメッセージを届けられることを発見しました。私たちのキッチンにはマイルス・デイビス氏の写真が飾られているのですが、彼の“終わりなき再発見”というテーマは私たちの行動の指針でもあります。パンデミック閉鎖の間、この言葉が常に頭から離れなかった。この未曾有の事態から、なにかを学ばないなら、それはもはや『イレブン・マディソン・パーク』ではない。今までと同じことを続けることはできないと思いました。今、気候変動による危機をはじめ、世界と食糧システムが非常に脆弱な状態にあるのは間違いありません。そのなかで“贅沢“の意味の再定義をし、プラントベース食材の未来を通して私たちのクリエイティビティを発揮すべき機会と責任があると思いました」と語ります。
そうした流れのなかで、今の時代の贅沢とは“希少で特別な体験”、“時間”さらに“季節や大地との調和”に再定義されるのではと思い至ったハム氏。畜産が環境に与える影響なども時間をかけて学び、かつ、自身が一番美味しいと信じるものが“旬の新鮮な食材を使った料理”であることから、新たな贅沢の定義をプラントベースで作ることを決意したのです。
最高の素材と発酵が生むうまみが主役
しかし、今までの肉や魚などで幅広く構成してきたコースの満足感をプラントベースで作ることは一筋縄ではいかないことは想像に難くありません。
ハム氏が“植物由来の料理の可能性を広げるため”まず頼ったのが精進料理人・棚橋俊夫氏でした。
棚橋氏からは、さまざまな概念や食材などを学びます。例えば、胡麻を擦るところから作る“胡麻豆腐”からは、時間をかける“贅沢さ”という概念。さらには、植物から生まれる新しい “うまみ”や“とんぶり”など知らなかった食材。それらを知ることで、今までにないプラントベースへのヒントが見つかったといいます。
また、野菜を主軸にするには素材がより重要と考え、ニューヨーク州フーシックの「マジック・ファーム」と契約。レストラン専属の農場として協業しながら、土や栽培方法などもこだわって野菜を育てています。まだすべての野菜を賄うことができていないそうですが、作付面積を増やし、自給率をできるだけ上げられるようにと進化中。
そして、料理技術の面で新たに力を入れたのが“発酵”でした。なんと“発酵専任”のスーシェフを起用。
動物性タンパク質を使わない場合、料理の満足度を高めるためにも、うまみが非常に重要になります。発酵担当のシェフは“うまみ”の下支えとなるベースを独自に研究。各料理のコースの下拵えから、植物性バターの開発、ソースや味噌などの調合、メニュー制作を一手に担当しているのだといいます。
「うまみを使うことで、料理に美しい深みのある風味が加わりますが、常にバランスがとれていなければなりません。プラントベースは素材の味がダイレクトに伝わる。だからこそ食材をどこで手に入れるかが重要です。テロワールや栽培方法は味に影響を与えるので、私たちが信じる農法で栽培された最高のものだけを使います。そうした素材をベースに時間をかけて発酵などの技術を使い、私たちの料理が生まれるのです」とハム氏。
野菜料理が紡ぐ未来への可能性
実際、一つひとつの料理は非常にシンプルに見えて、その裏側には想像を超える複雑で立体的な味わいが幾重にも広がります。
例えばこの美しいひまわりの花びらの料理。皿の底にはマスタードのアイオリ。その上には豆のサラダがしのばしてあり、さらにその上には、青トマトのピクルスと砂糖漬けのヒマワリの種が小さく盛られています。
仕上げの層は、薄くスライスしたひまわりのバリグールで、柚子のヴィネグレットとフルール・ド・セルで仕上げ。右側には、スライスした黄色いそら豆、ひまわりの花びら、ひまわりの花びらのキムチ、ひまわりのチップスを、上から下に向かって美しく並べるという手の込みようです。
すべてを合わせて食べると、ピクルスやキムチなどの発酵のうまみ、ゆずの爽やかな香り、そして豆やチップスの食感と、口のなかにさまざまな味わいが色鮮やかに弾けます。
10皿のフルコースは、野菜のさまざまな表情、意外性、複雑な味わいとともに飽きることはありません。まさに、今まで体験したことのない野菜料理の世界が広がっています。
また、目の前でデクパージュする演出も驚きに満ちています。エレガントなサービスもあいまって、グランメゾンらしい華やかさがそこには溢れているのです。しかし、この変化を店に通うゲストはどう思っているのでしょうか?
大きな変革が必ずしも好意的に受け止められないのは世の常。フルコースが365ドルという価格もあいまって、“ビーツに肉の代わりはできない”など著名レストラン評論家の辛辣なコメントが記事になるなど、その進化は賛否両論。
一方、ミシュランガイドの三ツ星はプラントベースになってからも継続的に獲得中。また、ここ15年のなかで客層がもっとも若くなり、世界中から多様なゲストが増えていることに気がついたとハム氏は言います。
「イレブン・マディソン・パーク」だけでなく、世界のトップレストランがプラントベースに移行している今。各シェフ達がこうした料理に込めた“メッセージ”がファインダイニングの新しい定番としてゲストに届くのか…。その動向に引きつづき注目が集まります。
Eleven Madison Park
住所:11 Madison Ave, New York, NY
電話番号:+1 212-889-0905
URL:https://www.elevenmadisonpark.com/
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