
東京の注目店
開業半年でミシュラン掲載。
グルマンたちが話題にする西麻布に誕生した隠れ家レストランへ
東京・西麻布に、和とフレンチの境界を超えた美食体験を提供するレストラン「氣分」が2024年5月にオープンした。国内のみならず海外からも食通が集い、各国大使館からもほど近いインターナショナルな大人の街に誕生したこの店は、開業からわずか6カ月でミシュランガイド東京2025に掲載されるという快挙を成し遂げ、注目を集めている。
Photo:Hiroaki Ishii
Edit&Text:Misa Yamaji(B.EAT)
秘密にしたくなる、どこにもないレストラン
西麻布交差点を青山方面に少し向かった先の左側にある雑居ビル。
階段で2階に上がると、夜に馴染む大きな黒い扉が目に入る。控えめな看板が掲げられているその入り口は、パッと見ただけではレストランだとは気が付かないほど何気ないたたずまいだ。まさに隠れ家という言葉がしっくりと似合う。

重い扉を開けると、目に飛び込んでくるのは檜の一枚板に白漆を施した、舞台のような美しいカウンター。
その奥でキビキビと働くのは、この店「氣分」のシェフ、ユーゴ・ペレ=ガリックス氏だ。
ユーゴ氏はフランスで料理人として働いたあとに来日、京都の「菊乃井本店」、そして銀座の二つ星フレンチ「エスキス」で経験を積んできた人物。
自分の中に湧き上がる、“今、この瞬間の最高の食材を活かす料理を作りたい”という思いを携えて、新店「氣分」のシェフに就任した。

「氣分」の料理は彼自身の経験から生まれる、日本料理とフランス料理の技法や考え方を自由に取り入れたハイブリッドなスタイル。
そう聞くと、いわゆる“フュージョン(創作料理)”をイメージする人も多いかもしれない。しかし、ユーゴ氏の料理はそれぞれの文化やDNAを気軽にミックスしてしまう“フュージョン”では断じてない。
それぞれの文化を理解したうえで「食材の声を聞き、それを最適な技法で表現することが大切」という研ぎ澄まされた信念が宿る料理はある種、修行僧が作るようなストイックさと繊細さにあふれている。
日本料理に魅せられたフランス人シェフ
そんなユーゴ氏の思いは、言葉にせずともコースの一品目から感じることができる。
「本日はよろしくお願いします」と挨拶とともに運んできてくれたのは、能登のブリを求肥昆布で昆布巻きにした料理だ。

取材は2025年1月。日本料理店ではお節にちなんだ料理が登場する月だが、まさにそんな考え方から献立に組み込んだものだ。
求肥昆布で酢締めの白身魚を巻いた昆布巻きは、京都のお節料理の定番。この料理は「菊乃井」で働いていたときに学んだお節料理から発想したものだという。
「求肥昆布は蒸した昆布に砂糖を塗って風で乾かす工程を繰り返して作られる非常に手間のかかった高級昆布です。今、日本人でも知っている人が少ない食材かもしれませんね。京都では酢締めにした白身魚と針生姜を求肥昆布で昆布巻きにします。私は能登の友人の漁師から届いた最高のブリを柚子で締め、生姜のかわりにオレンジの果汁でマリネしたコールラビの漬物を巻き込みました」
流暢なユーゴ氏の日本語での説明を聞きながら一口で食べると、口の中に柑橘の爽やかな香りとブリと昆布の濃厚な海のうまみが広がる。
丹精な日本料理のたたずまいがあるのに、爽やかなフランスの風が香る。今までに出合ったことのない魅惑的で美しい風味に思わず顔が綻ぶ。

続く椀ものは、海老芋を椀種にした白味噌仕立て。一見日本料理のように見えるが、出汁はカブの皮、セロリなどの野菜をベースに皮ごと煮たベルガモットを隠し味にしている。
海老芋は米の研ぎ汁で炊いて、さっとゆでた根付きのセリと菜の花を添えてすぐそこに来ている春を表現した。
出汁は植物由来のものだけなのに、うまみや複雑味のバランスがよく完成度が高い。日本料理の要、“出汁”に対する、ユーゴ氏の味の理解とリスペクトがあるからこそ生み出されるバランスなのだろう。ベルガモットを合わせたのは日本料理で“白味噌とからし”の組み合わせを、自分なりの表現に置き換えたのだという。
幼少期に芽生えた日本料理への興味
それにしてもなぜ、フランス中部で生まれたユーゴ氏が、これほどまでに日本の食文化に興味を持ったのだろうか。
彼が日本料理に惹かれたのは、幼い頃の経験がきっかけだった。
筑波大学で教鞭を執っていた叔父がフランスに帰省する際、日本の食文化を紹介するために刺身や醤油、わさびを持ち帰った。クリスマスの食卓に並んだスズキの刺身は、当時のユーゴ少年にとって衝撃的な味わいだった。

大人になり、フランスで料理人として働きながら、厨房で働いていた日本人スタッフと交流するうちに日本への思いはますます高まった。そして2015年に来日し、名店「菊乃井本店」で2年間修業をする。
その「菊乃井」での経験は「ひな祭りの特別な八寸や節分の料理など、日本では料理が行事や歴史と深く絡み合っている。その思想に強く惹かれました」と、技術習得以上の学びがあったと話す。また、日本料理ならではの出汁をベースとした料理にもフランス料理にはない魅力を感じたという。

「エスキス」での挑戦を経て確立した独自のスタイル
そして、彼のスタイルを確立するうえでもうひとつ大きな出来事となったのが、銀座のミシュランガイド二つ星フランス料理店「エスキス」リオネル・ベカ氏との出会いだった。
リオネル氏の日本の食材を真に理解し、独自の感性で作られる料理に衝撃を受けた。フランス人が作っているのに、その料理はフランスには決してないものだったからだ。
“一緒に働きませんか?”というリオネル氏の申し出を快諾し、そこで4年間料理長として働いた。リオネル氏とともに料理を作りながら「“リオネルシェフにしか作れないエスキスの料理”のように、どうすれば自分だけの料理が作れるのかを考えつづけた」と振り返る。

そうして、いよいよ自分がシェフとして店に立つときに改めて素直に表現したいと思ったのは、経験してきた日本の技術とフランス料理のエッセンスが融合した“自分が美しいと思う料理”だったと話してくれた。
コース料理の構成も、実にユニーク。食事の始まりは静かな日本料理の世界を彷彿とさせるものから始まり、途中、自家製のパンを出すところからカトラリーを変えて、一気にフランス料理のような華やかな料理にシフトする。
それはまるでドラマティックな交響曲のようだ。
しかも、まるで違う顔の料理が登場しても、コース料理としての流れが切れないのも面白い。

それは、どんな料理であったとしても、「素材を活かす技法」や「季節ごとの儀礼的な料理の構成」などは日本料理の経験を存分に活かし、一方でフランス料理の「食材の重層的な味わいの構築」や「ソースの奥深さ」といったエッセンスを重視するという眼差しに一切のブレがないから。
例えば、先に紹介した白味噌椀は、カブとセロリの出汁を用いることで、伝統的な日本の白味噌仕立てとは異なる複雑な風味を生み出している。また、メインの“エゾジカの藁焼き”では、フランス料理の技法を用いた低温調理を施しながら、藁の香りをまとわせるという和の手法を融合させている。
2つの国の料理を文化的側面も含めて最大限に尊重しながら、それぞれのエッセンスを織り交ぜるという新たなアプローチは、彼だけの美しい味の広がりを生み出しているのだ。

その実力は、開業からわずか6カ月でミシュランガイド東京2025に掲載されるという快挙からもうかがえるだろう。
和の繊細さとフレンチのダイナミズムが交錯するそのひと皿は、ここでしか味わえない特別な体験となる。

氣分(KIBUN)
住所:東京都港区西麻布4-11-28 2階
電話番号:03-6433-5063
営業時間:ディナー 19時~22時30分(19時一斉スタート)
定休日:日曜、不定休あり
平均予算:25,000円(税込み)
URL:https://kibuntokyo.com
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