日本の職人
ソムリエの仕事とは。「ミシュランガイド東京 2025」でソムリエアワード受賞の「エスキス」若林英司氏にインタビュー
“美食の指標”とでもいうべき「ミシュランガイド」が、2024年、日本初の「ソムリエアワード」を設けた。その栄えある初代受賞者が「エスキス」総支配人の若林英司氏だ。どのような思いで、ソムリエとして仕事に向き合ってきたのか、今、何を思うのか。そして、未来に向けての「これから」を聞いた。
Photo:Tadahiko Nagata
Text:Kimiko Anzai
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
ワインを通して、
レストランでの体験を特別にする仕事
日本のトップソムリエのひとりとして日本のワインシーンを牽引してきた、「エスキス」総支配人の若林英司氏。
ソムリエとは“ワインやアルコール飲料の知識を持ち、レストランなどにおいてペアリングの提案やサービスにあたる専門性の高い職業”のことだが、若林氏の場合はこれだけにとどまらない。日々、レストランでサービスやマネジメントの仕事にあたるだけでなく、ワイン専門誌のコメンテーター、テレビ番組の出演など幅広く活躍、多くのワイン愛好家に向けて“ワインの楽しさ”を伝えている。
今回のミシュランガイド「ソムリエアワード」選考基準は、「ワインの専門知識やサービス技術に優れ、料理との組み合わせを熟知し、ゲストに的確なアドバイスをするスペシャリストで、ワインを通してお客さまのレストランでの体験を特別なものにするソムリエ」というが、まさしくこの賞は若林氏が“取るべくして取った賞”といっても過言ではないだろう。
とはいえ、知識とスキルだけではこの賞は受賞できない。また、トップソムリエになることも難しかったはず。ひとえに今日の成功は、若林氏の個性と人間性、そして仕事への向き合い方によるものだろう。
若林氏が総支配人を務める「エスキス」は、“ミシュランガイド13年連続二つ星獲得”のフレンチの名店で、南仏出身のリオネル・べカ シェフによる繊細で美しく、香り豊かな料理が評判だ。
日本の旬の素材を活かしつつ、ハーブやスパイスを多用し、奥行きのある味わいながらも見せ方はシンプルで、美食家たちの心を掴んでいる。若林氏はこれらの端正な料理に合うワインを考え、レストランで過ごす時間を幸福なものにする“若林ワールド”を構築する。
「エスキス」を訪れた人は誰でも幸福な時間が過ごせる若林氏の“魔法”とは何なのか。また、現在の彼を形成したものは何だったのか、インタビューした。
“制服への憧れ”からソムリエの道へ
――このたびはおめでとうございます。受賞されたときのお気持ちをお聞かせください。
若林:ありがとうございます。最初は「ミシュランに“ソムリエアワード”」ができたことに驚きましたが、賞をいただいて、光栄に思いました。私はレストラン業務のほかに、ワイン専門誌のコメンテーターをしたり、料理研究家の大原千鶴さんとテレビ番組で7年ほどワインの説明などをして、一般のワイン愛好家の方に向けての活動などもしてきましたので、そういったことも含めて認めていただけたのかな、と素直に嬉しかったですね。
――そもそも、ワインに興味を持たれたきっかけは何だったのでしょう?
若林:私は長野県大町市の出身で、18歳のときに「くろよんロイヤルホテル」(後にIHG・ANA・ホテルズグループジャパン系列)に就職しました。立山黒部アルペンルートの長野県側の玄関口にあるホテルでしたので、観光のお客さまでにぎわっていましたね。配属されたのがフランス料理のレストランだったのですが、当時はワインのことなど何もわからず、ただ一日中忙しく働いていました。
ある日、仲良くなったお客さまが、翌朝「これ、飲んでみて」と赤ワインが入ったタンブラーを持ってきてくださったのですが、飲んでみたら驚くほど美味しくて。「ワインってこんなに美味しいんだ!」と感動しましたね。残念ながら銘柄は覚えていません。おそらく、ブルゴーニュだったと思うのですが・・・。これを機に、ワインに興味を持つようになりました。
――それでソムリエを目指されたのですか?
若林:ある日、休憩時間に料理の専門誌を開いていたら、木村克己さんが日本人ソムリエとして初めて世界コンクールに出場して、4位に入賞したという記事を目にしたのです。ソムリエのコスチュームに身を包んだ木村さんがすごくかっこよくて、憧れました。そして「自分も絶対にこの制服を着る」と決意しました。
――いわば、格好から興味を持たれたのですね。
若林:その後、どうしても木村さんにお会いしたくて、当時勤めていらした神戸ポートピアホテルの「アラン・シャペル」まで客としてでかけました。すると、木村さんが話しかけてくださったので、率直に「ソムリエになるにはどうしたらよいのか」とお聞きしました。すると、木村さんが「今度、アカデミー・デュ・ヴァンというワインスクールが東京にできて、私が校長になるので、まずはそこで勉強してみては?」とアドバイスをくださって。長野から東京まで、真面目に通いました。アカデミー・デュ・ヴァンの一期生です。
――そうしてソムリエ人生がスタートしたのですね。
若林:はい。ワインを究めたいと思うようになり、地元を離れる決心をしました。勤務先は浜松の「エピファニー」というオーナーシェフの店。木村さんが「君はまだ何も知らないのだから、何でもやりなさい。魚のことも勉強しなさい」と紹介してくださいました。そこではサービスとワインの仕事のすべてを学びました。その頃のお客さまの何人かの方とは、今も懇意にさせていただいていて、本当に私の“原点”です。
ソムリエはプロデューサー兼脚本家。そして演者
――その後は、吉野建シェフの「ステラ・マリス」へ。
若林:今思えば、実にありがたいことです。すべてのお店が学びの場でした。お客さまは一人ひとりが来店の目的も、好みも違う。生活背景も違う。そのすべてにどう寄り添ってサービスすればよいのか、ご満足いただけるのか、いつも考えていました。
――その後は三つ星の「タイユヴァン・ロブション」、そしてまた吉野シェフの「タテル ヨシノ」と、華やかなキャリアを積まれました。
若林:特に記憶に残っているのが、「タイユヴァン・ロブション」でオーナーのジャン=クロード・ブリナ氏の仕事ぶりです。あれは90年代でしたが、彼はボルドーやブルゴーニュの今後の値上がりを予測していて、ワインが安価な時代に銘醸ワインを購入していました。また、自然派ワインのブームも予測していた。そして、数年後、ワインが高価になったときには、お客さまの求めに応じて良心的な価格で提供していました。彼の仕事をリアルに見られたことは大きな財産になりました。
――「ワインをどう売るか」もソムリエにとっては大切な仕事なのですね。
若林:もちろんです。ですが、ただ高く売ればいいというものではない。そのワインにどのような付加価値をつけて、どうお客さまに楽しんでいただくか。お客さまは、レストランではワインの代金というより、“その時間がいかに楽しかったか”、“どんな物語に出合えたか”に対価を支払ってくださるのだと、私は思っています。
法律的には安いワインを高く売ることも可能ですが、それだけではいけない。お客さまにとって、そしてソムリエにとって、レストランは「舞台」です。ソムリエは、プロデューサー、脚本家、そして演者となって、お客さまを楽しませなくては。ワインの物語や生産者の話などを楽しくお客さまにお伝えすることで、お客さまもまたその舞台で輝く。ソムリエとは、そんなクリエイティブなこともできる素晴らしい職業だと思っています。
――“ソムリエは楽しい時間のプロデューサー”なのですね。その言葉には、ソムリエのみならず、「自分の仕事をどう楽しむか」というヒントが隠されているようにも思います。
若林:実は、私もこれを実践するようになってから、仕事がとても楽しくなっていきました。ある日、お客さまが「楽しかったよ。また来るね」と言ってくださって、そのとき、自然に笑顔になっている自分に気づきました。
――では、仕事に向き合う日々の中で、常に忘れなかったことは何でしょう?
若林:う~ん・・・。(少し考えて)他者ヘのリスペクトでしょうか。料理はシェフが生み出し、ワインは醸造家が造ります。ソムリエは、その中間にいる存在です。ですが、何も生み出さないかというとそうではない。かつて、“ソムリエの在り方”について考えていたとき、私の中には周りの人びとへの感謝しかなかった。先ほどお話ししたように、プロデューサーにも、脚本家にもなれるという考えは、そんな感謝の中から生まれてきたように思います。
――今までのキャリアも、おそらくは、人をリスペクトする気持ちからつながっているのでしょうね。
若林:そうであれば、とても嬉しいです。今、特に感謝しているのはシェフのリオネルです。
彼との出会いは本当に大きかった。ソムリエにとっては、どんな料理に出合うかはとても大きなこと。私は吉野シェフのクラシック、ロブションのパーフェクトな料理を見たあと、リオネルの“調和とエレガンス”に出合った。彼は、食材の“真髄”を皿の上に表現するので、私も合わせるワインの“本質”について考えることが多いです。
――シェフの料理そのものだけでなく、彼の思考にも思いを馳せると。
若林:例えば伊勢海老は、日本人にとって高貴で大切な食材であることを彼はきちんと知っている。だから、みそを大切に扱って料理に活かしているのだと、私は解釈しています。ならばこの料理を活かすには・・・と考えたとき、「ヴィンテージに左右されることのない、最高のシャンパーニュを」と創業以来ブレのない、堅牢な造りの「クリュッグ」が浮かびました。
――それでは、最後の質問です。ワイン愛好家がレストランではなく、自宅でワインを楽しむ際、どうすれば美味しいワインに出合えるのでしょう?アドバイスをいただければ嬉しいです。
若林:実はこれ、意外と簡単なんですよ。それは「自分はどんなワインが好きなのか」を明確にすることです。自分は泡が好きなのか、それとも、白なのか赤なのか。また、もし白が好きなら酸味がしっかりしたものか、まろやかなタイプか。赤なら軽やかなものか、ボディがしっかりしたものか。これだけでもわかると、ワインショップの方が好みのワインを選んでくれる確率は高いと思います。臆せず、どんどん言葉にしてください。
ESqUISS(エスキス)
住所:東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9階
電話番号:03-5537-5580
電話番号(英語専用):050-5369-5052
定休日:水曜日 不定休あり
ランチ 12時~13時(ラストオーダー)
コース19,000円(平日のみ)、22,000円、25,000円(平日のみ)、28,000円(土日祝日)
ディナー 18時~20時 (ラストオーダー) コース30,000円、36,000円
※すべて税込み・サービス料別
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