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ニッポンのものづくり
職人技を極めた調理道具。一台30万円「ANAORI kakugama」の真価とは

2021年、世界初となる工業製品用“カーボン・グラファイト”の技術を転換し、これまでの調理に革命を起こす鍋、「ANAORI kakugama」が発表されました。車や時計など、精密機械に欠かせない素材メーカーが、カーボン・グラファイトの“熱伝導率”“遠赤外線放射率”の特性に着目し、これまでの調理の世界に革命を起こす一台を開発。一台30万円という金額にもかかわらず、シックなデザインに秘められた仕上がりの実力は、世界中のシェフやフーディーたちを虜にしています。

Text:Reiko Kidokoro
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)

自然から生み出されるカーボン・グラファイト。金属に代わる素材として、工業だけでなく医療の分野からも注目される先進的な素材だ。

焼き芋の思い出から膨らんだ夢

“カーボン”といえば、ゴルフクラブや時計など、道具好きにはピンとくるワード。殊に車の世界では、エンジンに用いられるカーボンブラシとして欠かせぬ素材でもあります。

カーボン(炭)を2,700~3,000℃での高温熱処理を丹念にくり返し、黒鉛化して作られた純粋な炭の素材が「カーボン・グラファイト」。大阪・茨木市で60年の歴史ある穴織カーボン株式会社は、このカーボン・グラファイトを用いた製品に秀で、車や航空機、家電、医療向けの工業製品を柱に実直なものづくりに勤しむ、業界ではトップクラスの実績を誇るメーカーです。そんな会社の二代目社長・穴織英一氏が、取り組んだのが調理器具の開発。そこには、彼の幼少期の思い出がヒントとなっていました。

穴織氏が子供のころ工場に遊びに行くと、創業者である父親が、あちこちに転がっていたカーボン・グラファイトのブロックを熱してサツマイモをくべ、焼き芋を作ってくれたといいます。火傷しそうな熱さとともに、皮を破って一気に弾け出す風味。台所で作られたものとはまるで違う味わいの迫力は、幼い心と体に刻み込まれました。

その衝撃的な記憶は年月を経て確かな価値となり、カーボン・グラファイトという素材の力を、本格的に料理の分野で試したいという挑戦につながったのです。

シャープさと自然の温かみが融合。料理のジャンルを問わず、あらゆる調理法と熱源に対応する。そのままオーブンに入れることも可。

料理界に革命を起こすカーボン・グラファイトの可能性

プロジェクトチームがまず掲げたのは、「単なる台所用品に留まらない、世界で注目されるような日本の産品」を作ること。

カーボン・グラファイトが突出しているのはその遠赤外線の放射率。鋳物鉄と比べると比重は1/4と軽いのに、遠赤外線量は約5倍を放射します。また熱伝導性、保温性にも優れているほか、耐熱性、熱衝撃性、耐摩耗性などにも長けています。その性能を活かした、あらゆる調理シーンで使える一台の鍋を作ることにしたのです。

形は、塊から一台ずつ削り出してキューブ状に。このフォルムはジャパニーズ・モダンな見た目の印象だけでなく、四隅のカーボン・グラファイトが厚くなる部分にたっぷりと熱を蓄えられるので、より保温性が高まります。また職人が削り出す手法にもこだわりました。この製法は、はるかに手間と技術を要しますが、製品として歪みなく、蓋と本体をぴたりと合わせて密閉度を増し、カーボン・グラファイトの特徴を一番発揮できる方法なのです。そして一台で煮・蒸・焼・揚・炊とあらゆる料理をまかなえるよう、煮炊きのための本体に加え、グリルパンにもなる外蓋と、内蓋を取り付けた3部構造が考案されました。

日本的な表情と香りを醸すヒノキ製の内蓋。内部で対流する蒸気を吸収して微妙に調整する。野菜や米など「炊く」料理には不可欠なパーツ。

日本の伝統と最新技術で生まれる用の美

日本発信、唯一無二の道具としての機能をさらに極めるため、日本料理に伝わる火入れの技術を構造に取り入れました。そのひとつが内側にくり抜かれた“いも形”です。江戸時代から用いられている調理用釜の、典型的なこの形は熱の対流を促します。

一方、鍋肌には現代の技術を駆使。人体に無害な物質で3層のセラミック・コーティングをし、アマチュアにも使いやすい仕様に。また0.1㎜単位の精度で加工する職人技が、蓋と本体の完璧なまでの密閉性を生み、素材自らの水分だけの、いわゆる無水調理では、その効果をいかんなく発揮します。

さらには、ヒノキ製の内蓋があることで、内部の水分を調節しながら、木の香が料理にほんのりと移り、ニュアンスを与えます。また蓋や本体の四辺に施された、茶室建築にも用いられる “几帳面取り(きちょうめんとり)”が衝撃からの保護だけでなく、マットブラックな四角四面に控えめなエレガンスをプラス。世界に誇る日本の技術が、最新の技術に織り込まれ、慎ましく表現されているのです。

いつもの米が料亭レベルの“白ごはん”に。浸水も炊き時間も短縮なのに、ふっくら艶やか、竃炊きのような香り高いできばえだ。

ストレスフリーの食材から、驚きの味わいが

こうした技術の結晶が、調理にどう役に立つのでしょうか?

それは、加熱による食材へのダメージをいかに軽減するか、というところにあります。つまり「食材にストレスを与えない調理」によって、食材そのものの味わいを最大限に引き出すことが、ANAORI kakugamaの最大の特徴なのです。

早くムラなく火を通すだけなら、ほかの素材の鍋や圧力調理でも可能ですが、カーボン・グラファイトのすごさは、それに加えて、素材ごとにちょうどよい加減で火入れし、美しい形と食感を保ち、しかも長時間煮込んだような味の浸透を実現できること。大量の遠赤外線によって、食材の内側からじんわりと加熱することで、炭火と同じような調理が可能になるのです。また食材のアク抜きや下ゆでなどをせずとも、素材まるごとのうまみを取り込み、煮汁と混然一体にする効果もあります。

火にかけて、一度温度が上がったら下がりにくい保温力で、揚げ物は短時間にパリっと、グリルパンでのステーキや焼き野菜などはまさに炭火焼きのように香ばしく焼き上がります。

特に日本人として驚くべきは炊飯です。浸水時間なし、ほかの鍋に比べて短時間の加熱でも、ふっくらと粒の立つような風味豊かなご飯が炊き上がり、同じ米とは思えない味わいに。熱を味方にして食材をいじめず、持ち味を引き出す調理が、特段の技術なしに誰にでもでき、ガスでもIHでも同じ効果を発揮するのです。

外蓋をひっくり返してグリルパンに。肉も野菜も短時間で香ばしく、うまみも凝縮。シンプルな調理で炭火焼きのようなご馳走の一皿が。

世界のシェフから驚きの反応

2021年、ANAORI kakugamaが世界へ旅立つ第一歩として、五大陸24都市の著名シェフが1週間ずつANAORI kakugamaで作った料理をリレー式で発表する「ナチュラリティ・ツアー by ANAORI」が行われました。

同年4月に富山「レヴォ」の谷口英司氏からスタートし、「銀座小十」奥田透氏、「unis」薬師神陸氏と日本勢に続いて、オーストラリアに渡り、中南米、北米、アジア、ヨーロッパを巡ってパリでゴールする6カ月にわたるチャレンジ。日々、ミシュランガイド星付きの世界的シェフたちが、エキサイティングにANAORI kakugamaを試す様子が、インスタグラムなどで伝えられました。

『道具の力と食材の力だけで調理ができることに気づいた』(RAW アンドレ・チャン氏|台湾)、『食材が持つ本来の味が料理によって戻ってくる』(クロ・デ・サンス ローラン・プティ氏|フランス)、『ご飯を炊くことにかけては、これまでの一番』(銀座小十 奥田透氏)など、百戦錬磨の料理人たちが驚きの声をあげ、童心に返ったように楽しみながら、さまざまなクリエイションを生み出したのです。

日本発の新ツールは世界の注目の的。イタリアのミシュランガイド三ツ星シェフ、エンリコ・クリッパ氏は、素材のうまみを十二分に引き出すスープ作りに愛用中とか。

世界ツアーから凱旋帰国したANAORI kakugamaですが、プロだけのものではありません。毎日の何気ない料理にこそ、その違いは歴然です。これまでと同じ素材、レシピでもはっと見直す結果になるはず。複雑で美的なガストロノミーを追いかけるのももちろん楽しいけれど、ANAORI kakugamaに向かうと、不思議に遠い昔、人類が火をおこして料理したような、プリミティブな感覚が誘い出されます。ひと味違う一皿の仕上がりに満足するだけでなく、料理することのシンプルな楽しさを再認識することでしょう。肩の力を抜いた付き合いの中でふとした気づきをもたらし、その人のライフスタイルに新たな価値を提案してくれる、新しいパートナーとなるべき道具の誕生です。


ANAORI kakugama
商品データ
kakugama 3.4L:297,000円(税込み)
kakugama 5.1L:418,000円(税込み)
URL:https://anaori.com/

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