注目すべきオーストラリアの逸品
「世界第6の銘醸地」の可能性を秘めた、タスマニアのプレミアム・ウイスキー
オーストラリア大陸の南に浮かぶタスマニア島は、野菜や穀類、食肉、海産物など優れた食材の宝庫として、また良質なワインの産地として知られています。そして今、この島の価値をさらに高めつつあるのがウイスキーやジンなどの蒸留酒。この島のクラフト蒸留所の代表格と言えるヘリヤーズ・ロード・ディスティラリーを訪ねると、その魅力の背景にあるものが見えてきました。
Photo&Text: Yasuyuki Ukita
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
Special Thanks to:Tourism Australia, Tasmanian Department of State Growth,Tasmanian Chamber of Commerce & Industry (TCCI)
世界一空気のきれいな場所で生まれる、プレミアム・ウイスキー
タスマニアはオーストラリア大陸の南に浮かぶ、北海道の3分の2ほどの面積の島です。同緯度帯にほとんど陸地がなく、通年西から吹く風が人間の営みによる汚染を受けないことから、「世界一空気のきれいな場所」といわれています。この島の北西部、バス海峡に面して開けた港町バーニーは、過去には鉱物の積み出し港として栄えたこともありましたが、現在はビーチに営巣するペンギンと文字通りオン・ザ・ビーチに建てられたタスマニア大学の風変わりな校舎で知られるだけの、お世辞にも観光的魅力に富むとはいえない小都市です。
しかし、この町の外れの丘の上に立つウイスキー蒸留所、ヘリヤーズ・ロード・ディスティラリーは、タスマニアを、いや、オーストラリアを「世界5大産地(スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本)」に匹敵するウイスキー銘醸地に押し上げる牽引役になるかもしれないといわれています。
曲がりくねった道の先にその蒸留所はありました。ツーリスト向けのビジターセンターは一面がガラス張りになっていて、エミュー・ヴァレーの緑なすパノラマが眺められます。プロダクトマネージャーのマット・ライアン氏が蒸留所内を案内してくれました。
ヘリヤーズ・ロード・ディスティラリーは1997年に酪農系企業によって設立されました。ユニークな成り立ちの背後には90年代半ばにオーストラリアで施行された酪農業の規制緩和がありました。苦境を克服するための窮余の策が、恵まれた自然環境を生かしたプレミアム・ウイスキー造りだったのです。ブランド名にもなっているヘリヤーズ・ロードの名は、1827年に探検家・地図製作者ヘンリー・ヘリヤーが切り開き、探査した道の名にちなんでいるそうです。「冒険心、先見性、決意、献身といった創業の思いがこの名前に込められているのです」とライアン氏。
その戦略は、シングルモルト(グレンウイスキーをブレンドせず、単一の蒸留所のモルトウイスキーだけで造るウイスキー)に特化し、タスマニアの原料を中心にスコットランドのモルトを補い、ピートの効いた味わいで個性を出すこと。夏でも最高気温が30℃を超える日は少なく、冬でも気温が氷点下に下がることがないタスマニアの冷涼でマイルドな気候はウイスキーの熟成をじっくりと進めるのに好適でした。
最初のウイスキーが2006年にリリースされると、すぐに上々の評価を得ました。10年にはオーストラリア・モルトウイスキー協会から国内最高の生産者として認められ、13年にはパリの「ウイスキー・ライブ・フェア」で行われたブラインドテイスティングで「ベスト・ニューワールド・ウイスキー」に選ばれました。近年では、権威ある「ワールド・ウイスキー・アワード」で毎年のように「ベスト・オーストラリア・シングルモルト賞」を受賞。アメリア、イギリス、日本、フランスなど世界20カ国以上に輸出されるまでになり、タスマニアを優良ウイスキー産地として世界に認知させるという大きな役割を果たしています。
熟成庫からマッシュタン(麦芽の糖化槽)やポットスチル(蒸留機)の並ぶプラントへ、製造工程を遡る順序で見学させてもらいました。原酒の味わいを決めるウォッシュスチル(初溜釜)は、他所でよく見る銅製の玉ねぎ型のものではなく、ステンレス製で円筒型をしています。一見したところ、ウイスキー用というよりは日本の焼酎蔵で見られる蒸留機のようです。「部分的に銅を使うことで、硫黄臭などの雑味を除去するようにしています」とライアン氏。導入当初は、あまりにユニークな外観と、中身の構造がわからないことから「シークレット・スチル」と呼ばれたそうです。従来型とは異なることで、独自のテクニックが必要だが、地元で開発されたこの蒸留機がヘリヤーズ・ロードならではの風味に寄与しているのは間違いないとのこと。ライアン氏の言葉には“タスマニアの誇り”が滲みます。
ビジターセンターに戻ってきました。直売のショップにレストランも併設したこの場所にコロナ禍前には年間40,000人ものツーリストが訪れたそうです。創業当初からウイスキーウォーク(蒸留所見学)やビジターセンターを充実させたことがこの蒸留所の知名度と名声を短期間のうちに大きく向上させることにつながったといわれています。バーニーの人口が27,000人程であることを考えると、この蔵の存在がいかに地域の活性化に貢献しているかが推測できます。
シェフのマーク・グルウス氏の導きで、3種のウイスキーとフードのペアリングを楽しみました。
最初は、この蒸留所を代表する銘柄「シングル・モルト・オリジナル12年」です。バニラ、シトラス、シナモンの香りに土っぽいアーシーなトーンが交じります。口に含むと、まろやかで甘く、親しみやすい印象です。少し水を加えると、熟れたリンゴのトーンが現れました。シェフが合わせた料理は、軽くスモークしたタスマニア・サーモンでした。サーモンのオイリーな味わいをウイスキーのシトラスが中和、下に敷かれたジャガイモがアーシーな部分と共鳴し、上に散らされたアーモンドとスパイスが樽由来の香ばしさと照らし合います。
2番目は、「シングル・モルト・スライトリー・ピーテッド15年」。ナッティな風味が際立ち、ほんのりとピートの薫香が香ります。少し水を加えると、芝草を嗅ぐようなトーンも出てきました。味わいは前者よりもドライで、口の中を洗うような感じがあります。これに合わせて登場したのは、タスマニア・ビーフのリブの一口カツに蒸したキャベツを載せたもの。ドレッシングにはセサミオイルが使われていました。ジューシーなビーフにウイスキーの薫香がよく合います。グラッシーな風味は野菜と親和しました。
最後は、「シェリー・カスク・マチュアード7年」。昨年末にリリースされたばかりのニューフェイスです。レーズンやタバコ、チェリーの香りがあります。口の中ではベリー系の甘みと酸が感じられ、それが食欲を刺激します。合わせたのは、地元のフォルマジェリーが作った熟成チェダーとオリーブオイル、タイムをかけたラスク。シェリー樽由来の地中海的なイメージとの共通項をフードにも求めたに違いありません。
シェフのウイスキーに対する理解の深さがよく表れた素晴らしいペアリングでした。各銘柄の食中酒としての可能性の高さも示され、またシェフが使ったほとんどの食材が近在の生産者の手になるものだったことから、タスマニア島の食の豊かさ、またウイスキーにおいてもテロワールという概念、地産地消が当然成立するのだということを学ばせてもらいました。
よい知らせは、ヘリヤーズ・ロードのウイスキーが今はまだリーズナブルな価格で手に入ることと、いくつかの銘柄が日本でも手に入るということです(シングル・モルト・オリジナル12年は希望小売価格:税抜き8,000円)。日本産の一部のウイスキーのように、価格が高騰し、入手困難になる前に、タスマニアのオリジナリティの感じられるウイスキーを「発見」しておいた方がよさそうです。
◎輸入元:株式会社ヴァイアンドカンパニー
https://www.vaiandcompany.com
【醸造所データ】
Hellyers Road Distillery
153 Old Surrey Road, Burnie, Tasmania 7320, Australia
Tel:+61 3 6433 0015
https://hellyersroaddistillery.com.au
※英語によるガイド付きウイスキー・ウォークは、所要時間30~40分、19.50AUD。要予約(ビジターセンター Tel:+61 3-6433-0439)
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