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日本人のDNAが目覚める。塗師(ぬし)・赤木明登さんのオーベルジュ・能登「茶寮 杣径(そまみち)」へ

本当の贅沢とはなにか。そんな基準が変わってきたように感じる昨今、日本の地方の豊かな自然や文化、本来日本人が持つ精神性に改めて目を向ける人も多くなっているのではないでしょうか。能登の輪島で活動する人気の塗師・赤木明登さんが、料理人・北崎裕さんとタッグを組んだ、オーベルジュ「茶寮 杣径(そまみち)」は、うつわと料理を通じて、本当に大切なものに気づくことができる場所。2023年春オープン予定の話題の一軒を、一足先に取材してきました。

Photo: Nik van der Giesen
Text:Misa Yamaji(B.EAT)

漆と料理に共通する“ありのままの先”の世界

能登空港からレンタカーで30分。輪島方面にクルマを走らせ、大きな通りから田んぼの細い道を曲がると時が止まったような集落に入ります。そこから続く細い坂道を登ること十数分。大きな欅の木の分かれ道を曲がった先に、ぽつんと建つ一軒家がオーベルジュ「茶寮 杣径」です。

人気の塗師・赤木明登さんが、すでにあったゲストハウスをリノベーションし、自身のうつわと、滋味溢れる料理を融合させた新しいオーベルジュを作るというニュースは、瞬く間にグルマンたちの間で駆け巡りました。この日は、その世界を一足早く体験しようと、プレオープン中のオーベルジュを訪ねたのです。

古民家を改築した、「茶寮 杣径」

扉を開けると、「ようこそ」と、レオナール・フジタのような風貌の赤木明登さんが迎えてくれました。

赤木さんは、1988年から輪島に移住し、この地で漆器を作っています。能登の輪島といえば、昔から「輪島塗」が有名な漆器の生産地。その地で赤木さんが生み出すのは、螺鈿(らでん)や金彩をちりばめた絢爛な輪島塗のうつわとは違う、現代の暮らしに合う漆器です。

緻密な削りが際立つ美しいフォルム。吸い込まれそうなほどに深淵な漆の黒の中に映る光の輪。その寛容と緊張が同居するような凛とした漆器には、国内外のトップシェフたちをはじめ、ファンも多数。赤木さんは、1997年にドイツ国立美術館「日本の現代塗り物12人」に選ばれるなど、海外でも高く評価されています。

「(料理人の)北崎は今、ちょっと裏山に山菜を採りに行っているようだから、まずは工房へ行きませんか?」と赤木さん。取材陣をクルマで15分ほどのところにある工房へ案内してくれました。

工房で塗った皿を確認する赤木さん。“用の美“を備えた漆器は、日本全国、フランス料理から日本料理までさまざまなレストランからも発注が入る。

輪島塗は、製造工程ごとに専門の職人が担当する分業制で作られています。木地師が作った木の素地に漆を塗って完成させるのが塗師の仕事。塗師の赤木さんの工房には8人の職人が在籍し、赤木さんとともに漆を塗る仕事をしています。

「今は職人たちが、中塗りという仕事をしていますね。これから上塗りという作業へ移ります。上塗りは僕の仕事です。上塗りは、漆のふくらむような、深い湖のような奥行きや表情をつくる工程でもあります。それは非常に気を遣う作業になります」と赤木さん。

上塗り用の部屋は2階。埃やチリがはいらぬよう、ピカピカに掃除をした特別な部屋があり、そこでうつわに最後の命が吹き込まれていくのです。

森の中にある工房では、職人たちが黙々と仕事に没頭する。

工房を見学した後、「オーベルジュに戻る前に、もう一軒行きましょう」と赤木さんが連れて行ってくれたのは、指物・木地師の卯木伸二さんの仕事場です。

漆の木地には、指物(さしもの)、挽物(ひきもの)、刳物(くりもの)、曲物(まげもの)という4種類があり、それぞれ専門の職人がいます。指物師は、重箱など釘を使わずに木を組み合わせて箱などを作る職人のこと。赤木さんの重箱は、卯木さんに木地をお願いしています。

何十年もタッグを組んで様々なうつわを作ってきた二人。卯木さんは、赤木さんと和やかに会話をしながらも、寸分違わずに、組み合わせていく木地を、美しく削り上げていきます。

輪島の指物木地師、卯木伸二さん85歳

実は今、輪島で指物の木地師は、卯木さんを含む数人しかいないのだといいます。日本全国の伝統工芸における後継者問題は、輪島塗の現場でも深刻さを増しています。

「輪島には、木地にする前の荒型を作る職人はもう一人しかいません。僕たちの仕事は分業ですから、誰か一人欠けても漆器を作ることはできないのです。技術を絶やさないためにも、暮らしに必要と思われる漆器を作っていくことが大切です」。その言葉通り、現代の暮らしに合う佇まいをイメージし、赤木さんは唯一無二の漆器を作り続けています。

「茶寮 杣径」で使用予定のベージュの新作漆器。

自身のうつわを作る上で、いつも大切にしているのは、「漆の持つ完璧さをそのまま器に映したい」という一心だといいます。

「漆は天然の樹液です。その完璧さを壊したくないといつも思っています。けれどその完璧さの表現は、なにもしない“ありのまま“とは違う。答えは、やはり 技術から生まれる“ありのままのその先”にしかないんですね」。そんな話をしながら、その考えは「茶寮 杣径」のオープンにつながっていると教えてくれました。

「料理にも同じことが言えますよね。『茶寮 杣径』の料理人、北崎とそんな話をしたときにね、彼も同じようなことを思っていた。そこで意気投合。彼が自分の店をやりたいっていうから、だったら一緒にオーベルジュをやろうって盛り上がったんですよ」。

“食べること”の本質を、うつわと料理で辿る

「茶寮 杣径」の料理長 北崎 裕さん。

料理長の北崎 裕さんは、石川県小松市出身。京都と金沢の料理店を経て、新潟の「里山十帖」の料理長として腕を振るっていた人物です。

「若いころは気がつかなかったけれど、能登は多様な食材に恵まれている土地。厳しい外海とおだやかな内海、真ん中には山と森があって、とても豊かです。ここでは自然と、地元食材の個性を引き出した料理をやりたいと思いました」と、この日採れたばかりの食材を前に、笑顔で語ります。

食材は、魚や野菜は能登近郊の志高い生産者から。さらに、北崎さん自ら採ってきた裏山の山菜なども加わる。

この地で育まれる食材は、土地の神様からの贈り物。まさにその神様に捧げるような料理を作りたい。そう思った北崎さんが、赤木さんと話を深める中で辿り着いたキーワードが「典座教訓」の六味の一つ、“淡(たん)”でした。

「日本料理も変化を遂げています。昭和はクラシックで豪華絢爛な世界。平成は、スターの料理人が味に味を重ねた時代。令和は、素材の本質をとらえ“淡”を引き出すことで、人の心を震わせるような料理になると感じています」という赤木さんの言葉に、深く頷く北崎さん。

二人の話は、時代の変遷、日本人の食のルーツから、現代の暮らしで希薄になってしまった、“祈る”という行為までに遡り、そうした日々の会話の中から「茶寮 杣径」の料理への考えが固まっていったと教えてくれました。

スペシャリテ「玄米餅の雑煮」。

「茶寮 杣径」のコースは非常にユニーク。日本人の“食のルーツ”を辿るような構成になっています。最初は、一杯の湧水を沸かした白湯からスタートします。

一皿目の料理は、木の実を採取していた時代になぞらえた、山菜の天ぷら。さらに、稲作が始まる前の時代を表現した、小豆の塩煮ときび餅、稲作の起源と同じ時代のどぶろくを使った根菜料理と、時代を遡りながら料理が登場します。

スペシャリテは、赤木さんの「地久椀」で登場する玄米の雑煮です。これは、日本人の食事の根本である、“神人共食”を伝える一品。神に捧げたお餅のお下がりをイメージし、はばのりと出汁でシンプルに仕立てています。まずは、高台が高い漆器をささげ持ち、一口。しみじみと体の芯まで旨味が染み入り、思わず“おいしい”と声が漏れてしまうのは、日本人のDNAからでしょうか。

つまみ3種。「ふきとわらびの白和え」、「淡竹とカジメ」、「タコとつるまめ」。タコが盛り付けられた白磁は、深い親交があった陶芸家・黒田泰蔵さんの作。

料理はどれも、シンプルで、素材の旨味そのもの生かしたものばかりです。だからこそ、ダイレクトに山菜の苦味や香り、魚の持つ味の甘さまで感じることができます。

北崎さんが、素材の味を存分に引き出す方法としてヒントを得たのが、江戸時代以前の日本料理でした。その時代はみりんや砂糖は一切使わないシンプルな料理だったといいます。

序盤は塩、出汁を味のベースにシンプルに。コースの後半にいくにつれて味噌などの発酵調味料や、油をアクセントにしながら、素材の香りや味わいの輪郭を際立たせ、ボリューム感も出していきます。

シンプルに焼いた豚のフィレ肉には、5年前に仕込んだ味噌と、その原材料の青豆を蒸して付け合わせに。今の豆と昔の豆。一皿でタイムトラベルができる。器は黒田泰蔵さんの作。

コースは全部で13皿。一編の物語のように紡がれていく料理が終わる頃には、食べるということの本質に、自然と思いを馳せていることでしょう。

最後に、赤木さんはこんなことを語ってくれました。

「僕は、漆を触って30年経つけれど、触れば触るほどわからないことだらけ。漆の向こうには、いつも正体不明の巨大なものが潜んでいる。そんな言葉にも声にもならないところに耳を澄ませて、生命力を吹き込むのが僕の仕事。料理も同じです。言葉を超えた存在そのものが、僕たちが求める“淡”の世界。そこを見つめた先にあるのが『茶寮 杣径』の料理や器なのです」。

屋号「杣径」とはドイツ人の哲学者、ハイデガーの著作集のタイトルから。内容は、三人の賢人が、森の中の細い道を辿りながら歩いて真理に辿り着くというものです。まさにその姿は、赤木さんと北崎さんのお二人そのもののようにも思えます。そして訪れるゲストもまた、「杣径」を辿り、それぞれ忘れていた大切ななにかを思い出すような体験ができます。

赤木ワールドに包まれて宿泊できるのは1日1組のみ

「茶寮 杣径」での食事を終えたら、2階の客室へ宿泊するのがおすすめです。内田鋼一さんの石のインスタレーションが迎える玄関の先にあるラウンジは、もともと赤木さんの書斎だった場所。ピカピカの漆塗りの床に思わず見惚れてしまいます。

客室は2名定員の部屋が2部屋あります。同じグループで4名まで宿泊が可能です。1部屋はシャワーのみですが、1部屋は漆塗りのバスタブつき。北欧のヴィンテージの家具でまとめられた客室は、とても居心地がよく、ぐっすりと眠ることができるでしょう。

朝ご飯は、地元でも人気の「月とピエロ」のパン、または朝粥から選ぶことが可能です。

上/一階のサロン。下/客室。ここには漆塗りのお風呂が。漆の肌触りのせいか、お湯がまろやかに感じられる。
「茶寮 杣径」のインテリアは動画で
【DATA】

茶寮 杣径

住所:非公開(※予約客に個別で連絡)
TEL:090-6245-3737
コース(ドリンク付):33,000円(税込)
宿泊:1泊2食(朝・夕食付)49,500円(税込)
※オープンは2023年春を予定。現在電話にて予約受付中。

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