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LEXUSの音を作るメーカー
半世紀の執念が宿る、マークレビンソンが紡ぐ極上サウンドの秘密

お気に入りのアルバムが鳴る最初の一音から、ヴォーカルの吐息、弦の震え、ホールの残響が、まるで目の前で演奏されているかのように立ち上がる。LEXUSのキャビンに広がるマークレビンソンのサウンドは、生々しいライブ演奏の空気を克明に映し出す。
なぜこのブランドが、クルマという密閉空間を「音楽体験の場」に変えられるのだろうか。その答えは、半世紀を超えるひとりの音楽家の執念にある。ブランドの歴史とともに極上の音がどう作られているのかを追った。

Text:Masakazu Honda
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)

ジャズの現場が育てた感性

マークレビンソンというブランドは創業者の名前を冠したブランドだ。

1946年、カリフォルニア州に生まれたマーク・レビンソンは、10代で音楽に没頭し、やがてプロのジャズ・ベーシストとしてニューヨークのシーンに飛び込んだ。ソニー・ロリンズ、キース・ジャレット、チック・コリアといったジャズの巨人たちと共演し、ビル・エヴァンスやキース・ジャレットと並び称されるピアニスト、ポール・ブレイのトリオでは約5年にわたってヨーロッパ・ツアーを重ねた。

しかし、ステージの上で生の音と向き合いつづけた青年は違和感を覚えつづけていた。

どんな名演も、その場限りしか楽しめない。録音し、オーディオ機器で鳴らすまでのプロセスで“何か”が失われる。トランペットの破裂するような鋭い立ち上がり、ピアノのハンマーが弦を打つ瞬間の衝撃、コントラバスの弓が弦を離れる際の微かな空気の揺らぎ─。一流のミュージシャンたちと創り上げる唯一無二のセッションは、オーディオ機器を通じては再現できない。

彼が感じていた「生音」との隔たり。その違和感は年を重ねるごとに強くなっていった。

創業者のマーク・レビンソン氏。

エンジニアとの出会い、そしてウッドストック

そんな彼の心の奥底に眠っていた渇望。そんな渇望を表出させ、レビンソンを音楽の「演奏する側」から「再現する側」へと駆り立てる“事件”が起きた。

録音スタジオに出入りする中で彼は、オーディオ・エンジニアのリチャード・バーウェンと出会う。バーウェンは、レビンソンが感じていた違和感、音楽的直感を、オーディオ設計独特の“言語”に翻訳し、彼の望む音を生み出す方法を教えてくれた。最初にして最大の師である。

2人は映画用ミキサーの共同開発に取り組み、レビンソンが回路設計を、バーウェンがモジュール製作を担当した。「最高品質のエンジニアリング、部品、素材を、音楽再生のために惜しみなく投入する」─バーウェンから受け継いだこの哲学は、のちに創業する会社の、そして今日に至るブランドの根幹となっていく。

演奏家の耳とエンジニアの知識。その両方を手にした21歳のレビンソンは、1969年、伝説的なウッドストック・フェスティバルのステージ・ミキサーを自ら設計・製作するチャンスを得た。

40万人が集まった音楽史を代表する“事件”。そこで聴衆たちに届けた音。そこで培ったノウハウと経験が、「自分自身の理想の音を、自分の手で作り出す」という、マークレビンソンというブランドの原点を生み出したのだ。

オーディオ史を変えた“処女作”

熱狂のウッドストックを経てレビンソンの確信はさらに深まった。

「ライブの感動をそのまま家庭に届ける機器を作る」。1972年、コネティカット州ウッドブリッジにマークレビンソン・オーディオ・システムズ(MLAS)を設立。バーウェンとともに創り上げたプリアンプ「LNP-2」は、オーディオ業界に衝撃を与えた。

オーディオ機器に限った話ではないが、民生用に販売する製品はコストと性能のバランスを取らなければビジネスにはならない。しかし、レビンソンの処女作はそんな常識を覆す、圧倒的な体験をもたらした。

プリアンプ 「LNP-2」。

誰もが明確に感じられるほど、それまでの性能限界を突破する品質。それだけを目標に開発され、音楽信号とノイズの比率は常識外の120デシベル超、理論限界値に迫る水準に達し、さらには音楽家として培ったセンスで最高峰の部品を選び、当代最高の職人を雇い入れて製品の加工組み立てを行い、回路設計にも妥協を一切許さなかった。

当時権威であったAudio誌の副編集長バート・ホワイトは、展示会でLNP-2を聴いたあと、誌面でこの無名の新興メーカーを大きく取り上げ、ハイエンドオーディオの業界地図は大きく書き換えられた。

破綻、離別、そして不滅のDNA

だが、天才的なエンジニアが優れた経営者であるとは限らない。1980年代に入り、MLASは深刻な財務危機に陥る。レビンソンの妥協を許さないこだわりは、製品のコストダウンをはじめとする“効率化”とは馴染まない。

1984年、マークレビンソンは財政破綻し、ブランドの商標権はマドリガル・オーディオ・ラボラトリーズへ移った。時はオーディオがパーソナル、すなわち携帯型音楽プレーヤーのように“個人”の周りへと、“家”から移っていった時代だ。1995年にはハーマン・インターナショナルの所有となり、創業者マーク・レビンソン自身は、自らの名を冠したブランドから離れることを余儀なくされた。

マークレビンソン初のリファレンスプリアンプ「No32L」。

しかし、創業者が去ったあともブランドのDNAは消えなかった。

ハーマン傘下のエンジニアたちは「Pure Path」と名付けられた、信号経路の純度を極限まで高める設計哲学を継承・発展させ、No.20、No.33、No.52、No.326Sといった、現在も業界内でリファレンスとして尊敬されるアンプを世に送り出してきた。

筐体に施された黒のアノダイズド・アルミニウム仕上げ、赤く灯るロゴ、そしてどこまでも透明で力強い音─レビンソンがバーウェンから受け継ぎ、ウッドストックのステージで確信に変えた「妥協なき音楽再生」の思想は、現にオーディオ体験として人びとを感動させ、50年を超えた今も揺らいでいない。

2020年発売されたアナログ・ターンテーブル「No5105」。マークレビンソンの音のこだわりは、新たな技術とともに進化しながら、ほかのオーディオ機器にも踏襲されている。

そんなマークレビンソンは現在、デジタルプレーヤーやターンテーブル、ポータブルオーディオといったジャンルにも、究極のオーディオ体験を求める領域を拡げている。

半世紀前、ニューヨークのジャズクラブでベースを弾いていた青年が追い求めた「ライブ空間が生み出す音楽の感動を、そのまま届けたい」。その執念の音は現在、最新の技術とともに外出先やクルマのキャビンで楽しめるようになっている。

Mark Levinson(マークレビンソン)」の創立50周年を記念して発売された「ML-50」は、世界100ペア限定生産のモノラル・パワーアンプ。 

半世紀前、ニューヨークのジャズクラブでベースを弾いていた青年が追い求めた「ライブ空間が生み出す音楽の感動を、そのまま届けたい」。その執念の音は現在、最新の技術とともに外出先やクルマのキャビンで楽しめるようになっている。


マークレビンソン 
公式WEBサイト:https://jp.marklevinson.com/