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LEXUSで行く週末旅
霊峰・富士北麓の恵みをガストロノミーで表現する注目の新店「nôtori」

コロナ禍を経て、自然とつながるくらしをしたいと感じている人も多いのではないだろうか。料理の世界でも、あえて都心ではなく、自然豊かな地方でレストランを開く人が増えている。ここ数年、話題となっている地方の人気店は、都心から離れていることが多かったが、最近は都内から日帰りで行ける良店が増えてきた。2024年8月にオープンした「nôtori」はその代表的な一軒だろう。秋から冬にかけて美しくなる富士山の麓のレストランへのドライブは、日帰りでも充実した旅の1ページになるはずだ。

Photo:Tadahiko Nagata
Text:Misa Yamaji (B.EAT)

忍野村の森に誕生した一軒家レストラン

都内から日帰りできるおすすめドライビングスポットは?という質問に、今の時期なら真っ先にすすめたいのが富士北麓エリアだ。

その理由は、晩秋から冬にかけて一年で一番美しい富士山が見えるから。ちなみに、富士北麓エリアとは山中湖、河口湖、西湖などの富士五湖のあたり一帯を指す。

夏は夏休みの学生たちの合宿や海外からの観光客でにぎわうが、冬になると静けさに満たされるのもいい。真冬になれば雪も降るので、スタッドレスタイヤを履かないといけない場所もあるが、シンと冷えた澄み切った空気の中でドライブする気持ちよさは格別だ。

さらに、この場所をおすすめしたい理由として、わざわざ行きたい素晴らしいレストランが少しずつ増えてきているということもある。2024年8月にオープンした「nôtori」もそんな一軒だ。

森の木立の中に立つレストラン。

都心からクルマを走らせること約2時間。富士吉田の道の駅を通り過ぎると忍野村に入る。ゆっくり走らなければ見過ごしてしまいそうな、小道に掲げられている小さな看板が「nôtori」への目印だ。

左に曲がり、細い道をしばらく行くと、森の中にポツンと一軒家が見えてくる。

庭のファイアープレイスでこの日の料理の準備をしているのだろう、モクモクと一筋の煙が見える。クルマを止めると側にいたシェフの堀内浩平氏が「ようこそ」と迎えてくれた。

外のファイアープレイスでは、料理に使う肉を焼いたりすることも。

「nôtori」はシェフの堀内浩平氏と、ソムリエの堀内茂一郎氏兄弟が営むレストランだ。

堀内兄弟は、富士吉田市出身。弟の堀内浩平氏は、都内のホテルやフレンチレストランでの経験を経て渡仏し、「La Grenouillere」で腕を磨く。帰国後都内のレストランでシェフを務め、2021年に行われた若手料理人の登竜門、RED U-35では見事優勝した実力の持ち主だ。

兄の茂一郎氏は「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」でソムリエを務めたあとにニュージーランドにわたり11年間レストランで働いた経歴を持つ。

「いつか二人で店をやりたいね」そう話していた兄弟が自分たちの店を建てたのは、昔から記憶のどこかに必ずあった、“富士山”の麓の忍野村だった。

「富士吉田で生まれ育ちましたから、富士山は僕らのくらしに当たり前にありました。だからあまり特別に考えたことがなかったけれど、外に出て、改めて富士山は自分の中で大きな存在だったと気がつきました。そこから富士山の麓である、富士北麓地域の自然の中に店を作りたいと思ったんです」と浩平氏は語る。

左・シェフの堀内浩平氏。右・ソムリエの堀内茂一郎氏。

店名の「nôtori」(農鳥)も、富士山にちなんだ名前だ。

農鳥とは、富士吉田に伝わる富士山にまつわる春の風物詩のこと。

4月末から5月にかけて暖かくなると、山梨県側の富士山7、8合目あたりの山肌に鳥が羽ばたくような白い模様の残雪が出現する。これが「農鳥」だ。この「農鳥」の出現は、この地域で田植えを始める目安となり、「農鳥」とともに春が訪れ、一気に山の緑が芽吹き、山に生きる動植物の命がきらめきはじめる。小さいころから「農鳥」が出たよ、という声で春を感じていた堀内兄弟。脳裏に刻まれている春の訪れへの喜びを店名にしたのだ。

しかしながら、幼少のころの浩平氏は、地元の自然の恵みには気がつかなかった。

一年を通して表情を変える山野草や、夏のハーブに川魚、秋の木の実やきのこに冬のジビエ、農家が育てる季節の野菜や家畜・・・。小さいころに遊びながら触れた自然を料理人の目で改めて見てみると、昔は“なにもない”と思っていた場所には、驚くほど多くの恵みがあふれていたことに改めて気がついたという。

森を借景にした店内。

こうした新しい発見は食材だけにとどまらない。俯瞰してみるといろいろと深堀りしたくなる文化もこの地域にはある。

「その昔、霊峰富士に登拝するため各地から人びとが訪れていました。富士吉田には、そうした参拝者の案内や世話をしたりする“御師”がいて、自らの住居を宿坊として提供していました。今でも河口湖周辺や富士吉田には当時の“御師の家”が残っていたりします。また、富士吉田は昔、織物産業で栄えた街ですが、現在はサブカル的なカルチャーの発信地でもあります。ただ自然があるだけではない、自然プラス独特の文化が形成されているところに改めて魅力を感じています」と浩平氏は語る。

地産の食材、文化、そして堀内兄弟の記憶を掛け合わせたものが、「nôtori」の料理と話す浩平氏。

こうして彼らが大人になり、改めて富士北麓エリアで見つけた“宝物”は、レストランの至るところに散りばめられている。それはわざわざ言葉にせずとも、ここでの時間の中で自然とからだで感じることができるだろう。

店を訪れて案内されるのは、森に囲まれたテラス席。そこで感じる山の麓独特の澄み渡った空気、そして薪の燃える匂い。時折聞こえるのは虫の音と、木から落ちる葉のカサカサという音。日常、せわしなく動かしている頭と心を鎮めながらアペリティフとスナックをいただけば、都会から2時間走っただけとは思えない静寂に癒される。

続いて店内に入りオープンキッチンのカウンター席に座ると、まず目に入るのは温かみのある身延町の和紙で作られたメニュー。これは、山梨県でもう数軒しか残っていない手すき和紙を使ったものだ。

コース最初に登場する「鬼胡桃」の器は、レストランを建てるときに伐採した胡桃の木を再利用したもの。食材だけでなく、器や備品の一つひとつにも彼らの思いが込められている。

コース料理の最初に出てくる「鬼胡桃」。

この「鬼胡桃」は、店が掲げる「富士北麓キュイジーヌ」の挨拶がわりの一品でもある。

レストランの周りに自生している山胡桃を刻んで、自家製パンチェッタと合わせたタルトに、胡桃の樹液を煮詰めたものをトッピング。野生の胡桃の力強い香ばしい香りがパンチェッタの脂と合わさり、増幅されていく。富士山の雪解け水をたっぷりと吸い上げた胡桃の樹液は、清々しい爽やかな甘みを感じる。

まさに、富士山の清らかな湧水と深い森が目に浮かぶような味わいだ。

「nôtori」で使われる食材は、約95%が地産の食材。この地に自然に実り、育つさまざまな山の恵みは、あるときはメインの食材として、そしてあるときは調味料となって登場する。それこそが、都会にはないこの地だけの味の要になっているといえるだろう。

「鯉とビーツ」。

「鯉とビーツ」は、“御師の家”でゲストに振る舞う“御師料理”から着想したものだ。海のない山梨県では、旅人へのご馳走として鯉が振る舞われていた。

鯉と聞くと“泥臭い”と思う人も多いかもしれない。実際、浩平氏も家の法事などで鯉が出てくると“食べたくない”魚の代表だったのだという。しかし、山梨の湧水で育てている「川魚みやま」の鯉に出合ったときに、その印象は180度変わった。こんな清流のような味わいの鯉があるのか。その感動をゲストに伝えたいと、ビーツと合わせて美しい料理に仕立てた。

ビーツの深い赤の衣をまとわせて揚げた鯉は、鯉の出汁とビーツ、グレイスワインの甘口ワインで作ったソース、そしてビーツといちじくバターで作ったピュレとともに盛りつけられている。皿の上の鯉は、色鮮やかに甦り、再び命を宿したように見える。

浩平氏いわく、鯉の赤い色とビーツの赤い色、鯉の持つ土っぽい風味と、ビーツの土っぽさをリンクさせているのだという。

コース料理のクライマックスに登場する「芽吹き」。

スペシャリテの「芽吹き」は、浩平氏にとって思い入れのある一品。この料理は、コンクールRED U-35で優勝したときに作ったものだ。

コンクールが行われた2021年はまだまだコロナ禍で自粛が続いていたとき。そのときに“蝕まれてしまった地球が、再び蘇るイメージ”で作ったのがこの一品だった。

竹炭で作った黒い丸い生地は、蝕まれてしまった地球を表現。その中には、季節のジビエを数種類、ジビエの出汁に黒文字の新芽の香りを移したソース、黒ニンニクのピュレなどを詰めた。その周りには、自分で育てているハーブや、山に育つ野草を散らし、“芽吹き”と題した。

ダメージを受けてしまった地球を表現した生地の中に隠れているのは、躍動感あふれる山の命。その芽吹きは明るい未来を予感させる美味しさに満ちていた。

締めは、堀内家に伝わる“やさいめし”。これは堀内兄弟の記憶に残る母の味をベースにしたごはんものだ。

コース料理は全部で14種類。いずれも油脂分をほとんど感じない軽やかな仕上がりだが、記憶に残るうまみの奥行きがある。それは、メインの食材の持つ本来の味わいを、川魚で作る魚醤や、肉の端材などで作る肉醤などの自家製の発酵調味料などを隠し味にし、バランスよく底上げしていく技術のなせる技だろう。コース全体を通してこの地の美しさ、楽しさ、温かさが伝わる内容は、洗練されていながらどこか素朴な優しさがある。

ある日のノンアルコールペアリング。

そして忘れてはならないこちらのレストランの魅力に、ドライバーに嬉しい飲み疲れしないノンアルコールドリンクのペアリングがある。

兄の茂一郎氏が作るノンアルコールドリンクは、浩平氏の作る料理を引き立てる、非常に手の込んだものが登場するのだ。

自家製のコンブチャやケフィアなどをベースにし、ハーブなどを合わせて作るドリンクは、甘みと酸味のバランスがよく、料理に合う。途中、山梨県の希少な南部茶なども挟みながら、飽きることなく進んでいくのがいい。“ノンアルコールドリンクは、甘いものが多いので苦手”という人も満足できるラインアップだ。

ワイン好きの同伴者には、山梨県、そして世界各国から茂一郎氏がセレクトしたワインも豊富に揃うので、ぜひ相談してみてほしい。

nôtori

住所:山梨県南都留郡忍野村忍草3192-8
営業時間:【ランチ】11時30分 ゲートオープン、12時~12時15分 一斉スタート
※土日祝のみ
【ディナー】17時30分 ゲートオープン、18時~18時15分 一斉スタート
定休日:火曜日・水曜日
URL:https://notori-fuji.com/

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