電動車の可能性
愛車が命をつなぐ。災害時のEV(電動車)の活用例を能登震災から学ぶ。
令和6年能登半島地震からまもなく二年。被災地では、停電・断水・道路寸断という過酷な状況の中で、プラグインハイブリッド車(PHEV)やバッテリー式電気自動車(BEV)などのEV(電動車)が“非常時の電源”として大きな力を発揮していた。PHEVやBEV以外にも燃料電池自動車(FCEV)や、ハイブリッド自動車(HEV)など給電が可能なクルマは多種ある。そうしたクルマが移動手段を超え、ライフラインのひとつになり得ることを日頃から意識するのは大切だろう。能登の震災で“給電可能なPHEV車が災害地で命をつないだ”と語る当事者の体験から、災害大国・日本で、私たちが備えるべき次の一歩とは何かを考えた。
Photo:Masato Shiga
Text:Misa Yamaji(B.EAT)
災害は突然やってくる
令和6年能登半島地震から、まもなく丸二年を迎えようとしている。
2025年11月半ば、取材で輪島を訪れた。のと里山海道の沿線には、まだ工事が必要な箇所が点在し、火災で焼失した朝市エリアは更地に草が生え、時間が止まったままのようにも見えた。
被災したエリアには道路に接していない家も多く、建築制限を受ける宅地が多数あったため、復興もなかなか難しいという。今後は、被災市街地復興土地区画整理事業を行い、この地を輪島景観重点地区に指定する予定だ。輪島景観重点地区は、黒瓦、下見板張りなど輪島らしい景観を作ることを前提としており、元の美しい街並みをつくるための素地がようやく整ったということになる。
二年たっても生々しく残る爪痕は、この地震がいかに大きな災害であったかを無言のうちに物語っていた。
そんな現場で、改めて注目されたのが、EV(電動車)の大きなバッテリーに蓄えられた電気を、災害時やアウトドアなどで外部の電気製品に供給する機能である「外部給電」ができるプラグインハイブリッド車(PHEV)やバッテリー式電気自動車(BEV)の存在である。電気を蓄えられるEV(電動車)であったからこそ、命をつなぎ、さまざまな活動ができたと語るのは、「ラトリエ・ドゥ・ノト」のシェフ、池端隼也氏だ。
初詣の帰り道で被災。「クルマの電気」で暖と食事をとる
2024年1月1日。「ラトリエ・ドゥ・ノト」のシェフ・池端氏は、スタッフとともに氣多大社へ初詣にでかけていた。
16時10分ごろ、穴水町を走行中に地震が発生。目の前の道路は割れて崩壊し、とても輪島までは戻れなかったという。
そこで、近くの穴水の消防署へとクルマを走らせた。辿り着いたころにはすでに日も暮れ、あたりは真っ暗。周辺からはおよそ300人もの人びとが自主避難で集まっていたが停電と断水で暖房も使えず、冷え込みが厳しい中、人びとは身を寄せ合うしかない状況だった。
このとき、池端さんのクルマがプラグインハイブリッド車(PHEV)だったことが、状況を変えた。車両から電源を取り、消防署の備蓄の水を沸かしてカップ麺を作って、避難している人びとに配ったのだ。
「もともとキャンプが好きで、手軽に山でコーヒーを沸かして飲めたらいいなと思ってPHEVを購入したんです。まさかこんな形で役立つとは思いませんでした」と池端さんは振り返る。
ガソリンも電気も足りない。そこでPHEVが“蓄電池”になった
石川県内の停電は、発災当日の2024年1月1日時点で約4万戸にのぼり、もっとも被害の大きかった輪島市では、1月末になっても市内一帯で断水が続いていた。
さらに、震災直後からガソリンスタンドが崩壊し給油もストップした。「家屋が倒壊して、クルマで暖をとりながら過ごす人もいましたが、ガソリンがなくなってしまえば移動もままなりません。輪島ではガソリンスタンドはずっと閉鎖されていて、自治体からガソリンが配布されたのは震災から10日くらいたったあとだったと思います。しかも1軒あたり10リットルと、わずかな量が配られるだけでした」
クルマは、避難所や配給の場所へ向かう「移動の手段」であると同時に、プライバシーを保ちながら過ごせる一時的な「居室」にもなりうる。だが、その前提となる燃料が足りなくなると、移動することも暖をとることもできない。その現実とも、被災地の人びとは向き合わざるを得なかった。
池端さんは愛車がPHEVだったため、ガソリンがなくても電気を使い、“移動”ができ、“居室”として使うことも可能だったうえに、大きな蓄電池として、灯りをとることも煮炊きもできた。幸運なことに、輪島市役所の敷地内にあった給電設備が生きていたため、そこで給電を行うことができたのだ。
「ガソリンがゼロになっても、外部給電できるPHEV車だったので本当に助かりました。移動もできますし、何よりクルマが蓄電池の代わりになり、生活に必要な電源を確保できるという安心感は大きかったです」
電気は命を支えるために必須なもの
「電気がなくて一番困るのは、携帯電話が使えなくなること」と池端さんは語る。
大きな災害が起きた直後、自治体がすぐに動けるとは限らない。家族の安否確認はもちろん、「今、何が、どこで起きているのか」という情報の多くはスマートフォンから得ていた。通信手段を失うことは、そのままライフラインを絶たれることでもあった。緊急事態のときは情報が命をつなぐことに直結する。
そして次に困ったのは心底冷える北陸の寒さへの対策だった。「1月の輪島は本当に寒い。暖がとれない場所で寝るのはつらかったのですが、ドラム式の延長コードでクルマの電源をとり、電気毛布につないで温まることができたのは、とても助かりました」
災害直後しばらくの食事は、避難所に届くカップ麺や即席の味噌汁が中心になる。だが、自家用車でお湯を沸かすことができれば、給湯を待つ長い列に並ばずに済む。心身ともに余裕のない中で、「自分でお湯を沸かせる」という事実が、思いのほか大きな安心につながる。
また、電気は意外なところでも必要だったりする。例えばガス器具でも起動に電気が必要なものもあるからだ。
池端さんは、震災直後から店に残っていた食材を使ってまかないを作り、避難所へ届ける活動をしていたが、このとき使用したのが「まかないくん」という鍋だ。
(写真=「ラトリエ・ドゥ・ノト」のシェフ池端氏提供)
「『まかないくん』はガスで煮炊きするんですが起動に電気が必要なんです。その起動には、車内のプラグから蓄電池に電気をためて使っていました」
輪島では外部給電量に余裕のあるPHEVやBEVに乗っている人はまだ限られており、周囲には「電源不足」に直面する人が多くいた。池端さんは、そうした知人に蓄電池を貸し出すなどして、車両から得た電気を分け合ったという。
いざというときのために備えたいもの
こうした経験を経て、池端さんが「災害のために、クルマと一緒に常備しておいた方がいい」と考えるものが二つある。
ひとつは、防水仕様のドラム式延長コード。
屋外でも使える防水タイプであれば、雨天時でも安心して使用できるし、コードが長ければクルマを自宅近くに停め、屋内の電化製品に電気を供給することも可能だ。
もうひとつは、大容量の蓄電池。
火を使う調理や暖房器具など、クルマを近くに停めると危険な場面では、いったん蓄電池にクルマから電気をためておき、それを必要な場所へ持ち運んで使うことができる。クルマと蓄電池を組み合わせることで、「移動できる電源基地」としての機能は格段に広がる。
意識しておきたい「EV(電動車)=非常用電源」という発想
能登のような現場での個人の経験にとどまらず、外部給電ができるEV(電動車)を「非常用電源」として活用する取り組みは、全国の自治体でも広がりつつある。
東日本大震災後、宮城県警ではPHVから信号機への給電訓練を行うなど、停電時に交通インフラを維持するための取り組みを続けてきた。また、房総半島台風などの災害では、高齢者施設の電源としてBEVを活用した事例もある。停電でエアコンや医療機器が止まれば、高齢者や持病がある人の命に直結しかねない。そうした現場で、クルマからの給電が“命綱”として機能した。
経済産業省もホームページ上で「災害時に電動車は非常用電源として使えます」と改めて告知し、個人・企業・自治体に対して電動車の防災利用を促している。
PHEVとBEV――災害時にどこが違うのか
外部給電により大容量の電気の給電を可能にするPHEVとBEVだが、同じ“電動車”でも、災害時に発揮する力はPHEVとBEVで大きく異なる。
PHEVは、バッテリーに加えてガソリンエンジンを持つため、停電時にも“走りながら発電できる”のが最大の強みだ。電気が減れば、ガソリンを使って駆動するエンジンが発電を行い、長期間の給電を続けられる。長い停電やインフラ復旧の見通しがたたない状況では、PHEVの「持続性」は頼りになる。
一方、BEVは、大容量のバッテリーが強みだ。LEXUSのRZはV2H(Vehicle to Home)に対応しているので、機器があれば自宅全体に電力を供給できる。つまり、一軒家であれば停電時でも冷蔵庫や照明、暖房などをそのまま使うことができる。
停電下での電源供給、避難所での電力利用、被災地での移動手段――クルマが「日常の足」であるだけでなく「非常時のライフライン」にもなり得ることを、能登は教えてくれた。
PHEVやBEVは、災害の多い国で過ごす私たちにとって、心強い相棒になってくれる。また、FCEV(燃料電池自動車 )やHEV(ハイブリッド車)も外部給電アタッチメント を備えたクルマであれば電池容量の差はあるものの、もしもの時の給電が可能だ。そうしたことを念頭においてクルマ選びをするのもあり、なのではないだろうか。
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