人生を謳歌するための戦略的投資
長寿の時代、世界の富裕層が注目する「ロンジェビティ」という概念とは
Text:Yusuke Kusui
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
かつて健康や加齢への関心は、「アンチエイジング」という言葉とともに語られることが多かった。しかし近年、世界では「ロンジェビティ」という新たな考え方に注目が集まっている。目指すのは、年齢を重ねても旅行や趣味、仕事を楽しみ、自分らしい人生を送りつづけること。そのために健康を「未来への投資」と捉え、日々の習慣を整えていくというアプローチだ。その本質と日常へ取り入れる方法について、東京科学大学副理事で医療ジャーナリストの宇山恵子氏に話を伺った。
アンチエイジングからロンジェビティへ。変わり始めた世界の健康観
近年、健康や医療の分野で「ロンジェビティ(Longevity)」という言葉が注目されている。本来は「長寿」を意味する言葉だが、現在は、健康で活動的な時間をできるだけ長く保ち、自分らしい人生を楽しみつづけるという考え方に進化している。
これまで、加齢と健康を語る際によく使われてきたのが「アンチエイジング」という言葉だが、「ロンジェビティ」は何が違うのか。
「アンチエイジングという言葉も、本来は健康な状態を維持するという意味合いがあります。しかしながら近年は、“見た目を若く保つこと”や“加齢による変化をできるだけ遅らせること”といった美容的側面に注目が集まりがちでした。一方、ロンジェビティは健康を土台に、人生そのものを豊かにしていこうという考え方です」
そう語るのは、東京科学大学副理事であり、医療ジャーナリストとして長年、健康や医学の最前線を取材してきた宇山恵子氏だ。
ロンジェビティが目指すのは、単に老化を遅らせたり、寿命を延ばしたりすることではない。年齢を重ねても、仕事や趣味、旅行など、自分が大切にしていることを楽しめる心とからだの状態をできるだけ長く保つことにある。
その背景には、ここ30年ほどで大きく進んだ老化研究がある。老化は単なる時間の経過ではなく、生活習慣や環境などによって変化する生物学的なプロセスとして捉えられるようになってきたのだ。
「その結果、病気になってから治療する“事後対応”ではなく、病気になる前からよりよい状態を維持する“予防・先制型”のアプローチがより重視されるようになってきました。どんな医学研究も、やっぱり最後はライフスタイルに行き着くものです」
つまり、アンチエイジングが「老化によるマイナスを減らす」という発想だとすれば、ロンジェビティは「年齢を重ねながらも、人生の可能性を広げつづける」という発想である。健康を目的にするのではなく、人生を楽しむための手段として捉える。この視点の変化こそ、ロンジェビティが世界で注目される理由なのだ。
世界のリーダーたちが取り入れる「未来の自分への投資」
ロンジェビティへの関心が特に高いのが、欧米のトップビジネスパーソンや経営者だ。彼らが重視しているのは、第一線で仕事を続け、創造力を発揮し、家族や趣味の時間を充実させるために、からだと脳のパフォーマンスを長く維持することである。いわばロンジェビティとは、人生そのものへの戦略的投資なのだ。
「健康なからだや脳の機能は、一度大きく失ってしまうと、完全に取り戻すことは簡単ではありません。だからこそ、まだ元気な段階から自分自身の状態を知り、よい状態を維持することが大切なのです。人間ドックなどで病気を早期発見することも大切ですが、ロンジェビティでは、そもそも病気になりにくいからだをどうつくるかという視点が重要になります」
そのため、睡眠・食事・運動・ストレス管理など、毎日の生活習慣を見直すことがロンジェビティの基本となると宇山氏は語る。
自分のからだに関心を持つことが、ロンジェビティの基本姿勢
では、私たちは今日から何を始めればよいのだろうか。
宇山氏が最重視するのは、“自分自身のからだに関心を持つこと”だ。
「例えば、“朝に歩いた日は集中しやすい”、“就寝時間が乱れると心拍数が上がる”など、自分なりの体調の傾向がわかれば、生活を調整できます。自分のからだを客観的に知ることは、行動を変えるきっかけになります」
トップアスリートがコンディション管理にデータを活用していることはよく知られている。例えば、大谷翔平選手が睡眠を重視することや、イチロー氏が食事やからだの状態を細かく管理してきたことは、その象徴といえるだろう。
近年はウェアラブルデバイスも身近になり、睡眠時間や心拍数、活動量などを日常的に記録し、自分のからだの傾向を知ることができるようになった。
宇山氏は「最新機器も活用しながら、自分自身の状態に興味を持つことが何より重要です。健康のために何かを我慢するというより、自分のからだへの好奇心を持つ。なぜ今日は調子がよいのか、なぜ疲れているのか。そうした気づきが、よりよい生活習慣につながります」と話す。
そのために特別なことを始める必要はない。睡眠・運動・食事といった、すでに多くの人が意識している基本的な習慣を、自分のからだに合わせて見直していけばいい。
「睡眠なら、毎日の起床時刻を大きくずらさず、朝の光を浴びるなど“規則性”を意識する。運動なら日常的にからだを動かし、将来の自立を支える筋肉を維持する。食事も、特別な食材や厳しい制限ではなく、コンビニや外食でもたんぱく質や野菜を意識するなど、選べる範囲で少し健康的なほうを選ぶのが大切です」と宇山氏。
好奇心こそ、健康的な行動をつづける原動力
そして、ロンジェビティを考えるうえで、最後に宇山氏が強調したのは、「老化を楽しむ」という視点だ。
「“もう年だから”と決めつけて行動を減らしてしまうと、筋力も認知機能も社会とのつながりも失われやすくなる。だからこそ、“今の自分は何を楽しみたいのか”と問いつづけることが、ロンジェビティの第一歩になります」
その原動力として挙げるのが「好奇心」と宇山氏は語る。
「好奇心は、単なる興味・関心ではなく、脳と心を動かしつづける力です。好奇心があれば、運動も食事も健康管理も、我慢ではなく自分自身を知る実験になります。からだを動かし、頭を働かせ、心を弾ませるこの三つを同時に叶えてくれるのが、好奇心です。私はこれこそ、人生を長く豊かに楽しむための、とても重要なロンジェビティの習慣だと考えています」
健康は人生の目的ではない。人生を自分らしく謳歌するための大切な資本だ。老後のために今を犠牲にするのではなく、今日を楽しみながら、未来の選択肢も増やしていく。年齢を重ねることを恐れるのではなく、その変化にも好奇心を持って向き合い、その時々の人生を楽しむ。それこそが、人生を謳歌するための「ロンジェビティ」という考え方なのである。
※画像は一部イメージです。
お話を伺った人
宇山恵子(医療ジャーナリスト・東京科学大学 副理事)
海外アンチエイジング情報の取材なども精力的にこなし、わかりやすく医学・医療を伝える医療ジャーナリスト。東京医科歯科大学特任教授を経て、2024年より東京科学大学副理事。著書に『内臓アンチエイジング』(メディアパル)など多数。
https://www.kenbijuku.com/