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箱根寄木細工
世界も注目する箱根寄木細工。
その深遠にして現代にも通じる魅力を探る

箱根へのドライブ旅は常に私たちの手の届くところにありつつ、たとえそれが何度目であろうとも、非日常の喜びとやすらぎを与えてくれる。芦ノ湖や富士山の絶景、良質な温泉、海と山の幸を味わい尽くす料理や洗練の宿など、箱根の魅力は枚挙にいとまがないが、今回スポットを当てるのは「箱根寄木細工」。海外からの評価も高い、日本を代表する伝統工芸の秘密を探る。

Text:Shigekazu Ohno(lefthands)
Photo:Yoshiaki Tsutsui(Il Nido)

箱根の豊かな自然と匠の技が結びついて生まれた寄木細工

水清らかにして、森豊かな箱根には多様な植生があり、ハコネラン、ハコネグミ、ハコネシダなど、「ハコネ」の名がつく当地由来の植物だけで26種類も存在するという。

鎌倉時代以降、宿場町、湯治場として栄えてきたこの町で、江戸時代の職人 石川仁兵衛が始めたと伝わっているのが、箱根寄木細工である。今風にいえば「カラフルでグラフィカル、かつモダン」な寄木細工は、旅人たちの間で人気の土産物となり、広く全国に知られるように。1984年には国指定の伝統工芸品となっている。

箱根 浜松屋の硯箱。グラフィカルな柄を引き立てる、目もあやな色彩は、すべて使用される木材の天然の色。

デザインのルーツは「箱根旧街道の石畳」であったとされる箱根寄木細工の、もうひとつの注目すべき点は、白から黄、緑、茶、赤、黒までの色彩豊かなカラーパレットが、実は使用されるさまざまな種類の木材そのものの天然色であるということ。例えば――白はみずき、まゆみ、黄はうるし、はぜのき、緑はほおのき、はりえんじゅ、といった具合。今日でこそ幾つかの輸入木材も使われてはいるが、もともとはこの地域に自生する多様な植生あっての色彩であり、これだけカラフルであっても塗装は一切されていないと知り、驚きの声をあげる者も少なくないという。

木の種類ごとで異なる色合いや風合い、木目の模様。箱根寄木細工はそうした木の本来の美しさを活かすところにも魅力がある。

箱根土産の代名詞として「知っているつもりで、実はよく知らなかった」箱根寄木の魅力に迫るべく、その創始家7代目を継ぐ「浜松屋」当主、伝統工芸師の石川一郎氏を訪ねた。

箱根寄木細工の驚愕すべき精緻な加工技術

浜松屋が店を構えるのは、旧東海道沿いの箱根町畑宿。道を挟んだ向かいには本陣跡の庭園があり、静かな道端にたたずめば、江戸時代の人びとの往来が瞼に浮かぶようだ。

箱根 浜松屋の外観。旧東海道沿いの静かな場所にある。

店内には寄木細工の家具や小物、精緻な技の結晶とも称される秘密箱(一見、ただの箱のように見えるのに、秘密の手順に従って、押してずらしていくことで開く、立体パズルのようなからくり箱のこと)、さらにはもうひとつの伝統工芸である木象嵌などの多彩な製品が所狭しと、しかし整然と並べられている。

箱根 浜松屋の店内。2階は工房となっている。

店主の石川氏は、我々を店舗の2階にある工房へと案内してくれた。手前には実演見学ができるスペース、奥には実際の製作作業用のスペースがあり、さまざまな部材や工具が並べられている。一段上がった床座の作業台に腰を据えた石川氏は、さっそく寄木細工の作業工程を説明しながら、驚くべき技を披露してくれた。

箱根寄木細工の創始者 石川仁兵衛の血を引く、7代目当主の石川一郎氏。

「寄木細工には、カンナで薄く削った模様を貼る『ズク貼り』と、厚みのある文様板をそのまま削り出してつくる『無垢づくり』の大きく2種類があります。どちらにしても、まずはどれだけ削っても隙間やズレがないような種木(さまざまな色の木材を組み合わせて接着し、模様のパターンにまで発展させたユニット材のこと)をつくるための正確な技量が求められます」

細く切った木片に接着剤をつけ、色や柄を考えながら寄せていく(=接着させる)ところから始まる寄木細工づくり。
どんどん貼り合わせていくことでできてくる、寄木細工の素材としての種木。その断面が文様となるところは「金太郎飴とよく似ていますね」と石川氏。

寄木細工の精緻な文様は、その名のとおり「寄せた」(=接着させた)木の断面であり、細かい部材を組み合わせてつくる幾何学柄によって、表現には無限の可能性があるという。どこか、イスラム文化のアラベスク模様を見るかのような趣もあるのが興味深い。

あるいはコンピューターグラフィックを思わせるかのような、幾何学文様。その精巧を極めた造作は最新鋭のレーザーカットを駆使したかのようだが、目の前での実演を見ることによって、それが小さな木片に接着剤を塗り、別の部材と貼り合わせながら次第に大きな面を持つ種木へと進化させる――つまり、まったくの手作業でつくられていることを知り、驚愕する。その表面を、これも昔ながらの大きなカンナを使い、透けるような薄さに削り出す技を目の当たりにするに至っては、舌を巻くほかなかった。

大きなカンナをまさに肌感覚で調整する石川氏。
一瞬のためらいもなく、寄木細工の表面を一息に、紙のように薄く、均一にカンナで削り取る石川氏。

麻の葉文様や市松文様など、よく知られた伝統文様の組み合わせであっても、それを大胆に斜めにあしらうなど、グラフィカルなセンスが際立つ「浜松屋」の寄木細工。丸皿など曲面を持つものは、その表面に3DCGもかくやといったような、より複雑で奥行きを感じさせるパターンを浮かび上がらせる。

「『無垢づくり』の場合、曲面を削るのは面白くてね。ときに想像を超えた不思議な柄がでることもあって、今も驚かされることがありますよ」と、石川氏は笑って話す。

曲面での柄の出方が面白いという丸皿。伝統工芸でありながら、モダンな雰囲気が増すから不思議だ。

浜松屋の製品には、寄木細工に象嵌の手法を組み合わせた、より複雑な表現の作品も少なくない。木象嵌は、石川氏の弟である善弘氏が得意とした分野で、今は甥が受け継いでいるという。幾つか作例を見せていただくが、山のかすかな稜線から桜の花びら、人物まで、あらゆる細かなモチーフを、髪の毛のように細いミシン鋸で切り抜いて象嵌していると聞き、思わず目をこすって見直してしまう。

板の上に描かれたように見えるが、これが箱根木象嵌の技のなすところ。髪の毛の細い線も、文字も、すべて象嵌で表現されているという。
象嵌に用いられる、非常に細いミシン鋸の刃。単に印字ないしは焼印されたかのように見える「箱根」の文字だが、これも象嵌によって切り出され、黒い別の木を嵌め込んでつくられていた。

「分からないでしょう?問題はね、象嵌があまりに細かいせいで、パッと見ただけではそれと気づいてもらえないことなんですよ」と石川氏は笑って話す。

海外でも高く評価される箱根寄木細工

こうした、いわば超絶技法をことのほか評価してくれるのが、最近特に増えてきた海外からの客層であるという。プリントに見えて実は象嵌が施されている浮世絵の絵柄や、つくりがあまりに精緻で「ただの箱」に見えるのに、実はすっと部材がスライドし、中が開けられる秘密箱など、見た目が美しいだけでなく“話せる蘊蓄”にあふれた箱根寄木細工&象嵌が、土産としてもらった人びとの驚きを伝えるSNS発信などによって広まり、話題となっているというのだ。

見た目には何の凹凸もないただの直方体。なのに、表面を少しずつずらすことで開く秘密箱。これは、その最高峰となる72回式のもの。
秘密の手順に従って、72回の操作でようやくフタが開いた秘密箱。コンマミリ単位での精緻な加工技術があってこそ形にできる、驚愕のアイテムだ。

「海外には秘密箱のコレクターもいますし、個人のお客さまだけでなく、企業からノベルティとしてオリジナル製品の発注を受けることもあります。日本のお客さまにも、改めて発見してもらえたら嬉しいですね」――石川氏はそう話す。

箱根寄木細工のモダンにしてグラフィカルな文様は、現代生活のさまざまなシーンに違和感なく溶け込み、彩りを添えてくれるはず。またカラフルでありながら、実はすべて天然の木材の色で彩色されているという点においても、箱根寄木細工はこれまで語られることのなかったサステナブルの観点における魅力にも満ちていた。海外からも注目される箱根寄木細工に、次の箱根旅行の際はぜひ実際に触れてみてほしい。

浜松屋

住所:神奈川県足柄下郡箱根町畑宿138
電話番号:0460-85-7044
営業時間:9時~17時30分
アクセス:小田原厚木道路・小田原西I.C.から箱根新道経由・須雲川I.C.より約5分
駐車場:あり
URL:https://www.hamamatsuya.co.jp/pc/index.html

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