注目のブランド
社会課題を解決し、革新的な製品を生み出しつづける「ダイソン」の秘密
“ダイソン”というブランドから、どのような製品を想像するだろうか。スタイリッシュなデザインの掃除機の開発はダイソンの祖業だが、その後、“羽根のない扇風機”でも一世を風靡。さらには空気清浄機、ヘアドライヤー、LEDライトなどさまざまなジャンルの製品を生み出し、もっとも新しいチャレンジとしては空気清浄機能搭載のノイズキャンセリングヘッドフォンを発売して話題を振りまいた。彼らがなぜ、斬新なデザインとともに新製品を繰り出していけるのか。その秘密に迫る。
Text:Masakazu Honda
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
サイクロン掃除機から始まった
まったく新しい会社
去年から今年にかけて、ダイソンから新しい製品が矢継ぎ早に発表された。もっとも新しい製品は大幅に吸引能力を高めたコードレス掃除機「Dyson Gen5detect Absolute」、日本で人気のスリム型コードレス掃除機に水拭きヘッドを装着可能にした「Dyson V12s Detect Slim Submarine ( SV46 SU )」の二つのモデルだ。
前者は「F1エンジンの約9倍(ダイソン)」に相当する毎分13万5000回転の高速モーターを搭載したことで吸引力を高め、直接、ヘッドが届かない場所のゴミも吸引できるパワーを手に入れた。一方、後者は「Submarine™ウェットローラーヘッド」と名付けた新型ヘッドを使用することで、床上に直接座って過ごすことが多い日本の住居で求められる“水拭き”ができるようになった。いずれの製品も、LEDを斜めから投影することで床上のゴミを視覚的にわかりやすくするFluffy Opticクリーナーヘッドや、吸い込んだ空気からPM2.5からPM0.1までさまざまな粒度の異物を除去したのかカウント、表示する機能を搭載している。
注目を引く特徴的なデザインやこだわりの詰まった製品の仕上げも魅力だが、実はダイソンから継続的に革新的な製品が生まれ、また突然、それまでとは異なる製品ジャンルにポートフォリオを広げる背景には、彼らの特徴的なコーポレートカルチャーがある。
ジェームズ・ダイソン氏が1978年に設立したダイソンは、ジェームズ氏が自らのアイデアを実現した発明品を提供する小さな会社でメーカーとしての自立は目指していなかった。
そんなダイソンが変化したのは、掃除機の性能が、ゴミ収集バッグ(多くは紙パック)の目詰まりで大きく落ちる問題にジェームズが気づいたことが始まりだった。この解決策として遠心力により空気からゴミを分離するサイクロンテクノロジーの原理を思いついた。
しかし世界中の大多数の家電メーカーはこのアイディアを採用してくれなかった。唯一、ライセンスしてくれたのはApexという日本の商社だけ。1986年に世界初のサイクロン掃除機「G-Force」が販売開始されるも、市場は日本だけにとどまった。
サイクロン技術は掃除機の常識を大きく変える。ジェームズ氏はG-Forceで得られた収益や私財などを元に研究開発とメーカーとなる準備を進め、1993年にとうとう自らの会社“ダイソン”でサイクロン掃除機の製造販売を開始する。多くの人が知る”ダイソン”ブランドは、そうして始まったものだった。
このエピソードには、現在のダイソン製品にも通じる一貫した哲学が示唆されている。小手先のテクニックではなく、問題の本質に向き合って技術を磨き上げ、製品を通じて社会に還元するという発想だ。それはその後の彼らのストーリーからも見通すことができる。
技術の蓄積から生まれた
日常の“よりよい”課題解決
ダイソンの原点であるサイクロン掃除機は四つの技術領域に強みを持っている。
効率よくゴミを分離するため、空気の流れを上手に活用する必要があるため流体力学の研究に力を入れた。”羽のない扇風機”と話題になったダイソン「エアマルチプライアー」はその応用だ。スリットから空気を吐出することで周囲の空気を引き込み、総風量を数倍にできるという科学原理を応用したもので、現在は髪の毛が絡まず空気流量も多いヘアドライヤーにも応用されている。
さらにダイソンは掃除機の排気が撒き散らす目に見えない空気の汚れにも着目した。目に見えないゴミやアレルギー原因物質を取り除いてから排気することで、室内の空気質を高め、長期的に居住者の健康を守りたいと考えたのだ。PM 0.1までも除去できるHEPAフィルターほか、さまざまなフィルター技術を開発することで、排気から有害物質を取り除くことに成功している。これらの技術は「エアマルチプライアー」の技術と組み合わせ、空気清浄機も生み出した。
センサー技術の開発にも熱心に取り組んだ。吸い込んだ空気にどのような物質、ガスが含まれ、そこからどれだけ粒子やガスを取り除けたのかをモニターするセンサー技術は、掃除機が収集、分離した目に見えない有害物質の可視化といった価値をもたらした。この技術は、常に空気の状態を最適に保つ空気清浄機にも生かされている。
このように、ダイソンはその創業期から続く“科学的な実験と検証を重ねることで、製品を改良したが、その取り組みは、予想もしないような新しい製品ジャンルへの参入にも繋がっている。
流体力学を駆使し、生活家電に様々な革新を起こしてきたダイソンが、次に着目したのが、ビューティ分野のヘアケアカテゴリーだ。
ダイソンは今まで当たり前に使っていたヘアドライヤーに、髪が熱でダメージを受けやすい、髪を乾かすのに時間がかかる、製品構造から髪が引き込まれて切れることなどの問題に着目。4年以上かけ、100名以上のエンジニアによって開発したのが「Dyson Supersonicヘアドライヤー」だ。2016年の発売以降も研究と技術開発を拡大・加速しており、2023年は新しく開発されたアタッチメントを搭載した「Dyson Supersonic Shine」を発売。この新しいドライヤーは、パワフルな風で速乾しながら、髪を熱ダメージから守り、サロンで仕上げたようなツヤのある髪に仕上げることができる。
このような研究開発による探究心は、「Dyson Airwrap™マルチスタイラー」、「Dyson Corrale™ヘアアイロン」など、常に、熱的、機械的、化学的ダメージの影響を考え、髪の構造から気流の力学を理解し、あらゆる髪質へ優れたスタイルを提供する製品開発にもつながっている。
未来の健康を考えた
テクノロジーとデザイン
そんなダイソンが、まったく新しいカテゴリーの製品として開発したのが、空気清浄機機能を備えたノイズキャンセリングヘッドフォン「Dyson Zone™」だ。空気清浄機とヘッドフォンの組み合わせには、あまり合理性を感じないかもしれない。しかし、そこには背景となる理由がもちろん存在している。ダイソンは屋外で活動する際にもユーザーの健康を守るため、この製品を開発した。
ダイソンが空気清浄機の効果を可視化するため、さまざまな微粒子やガスを検出して空気質を計測、数値化できるセンサーをもちいて自動運転機能を実現すると、住環境における空気汚染が地球レベルで広がっていることがわかってきた。
そこでダイソンは、空気質センサーを搭載するバックパックを開発し、ロンドンの小学校に通学する生徒たちに使ってもらった。すると通学経路の大気汚染のレベルがわかり、その結果を受けて、通学経路を変更した子どもたちもいたという。
そこでいくつかの国でも同様に空気質を集める取り組みを進め、空気清浄機のデータも分析。ダイソンが出した結論は「世界の空気汚染は想定以上の速度で進行している」というものだった。ダイソンが自宅やオフィスの空気質を高める清浄機だけではなく、移動中を含むどんな場所でも空気汚染から自身を守る機能を持つデバイスの開発を始めたのは、そうした科学的データの裏付けがあったからだ。
しかし、空気清浄機というだけでは外出時のモチベーションにつながりにくい。そこで別途、開発が行われていた騒音低減の研究から派生したノイズキャンセリングヘッドフォンと空気清浄機を組み合わせることにしたのがDyson Zone™だ。
ダイソンがヘッドフォンを開発していた理由は、工事現場などの騒音が激しい場所など、80dBを超える騒音環境に長時間さらされると難聴になるリスクがあるとWHOが警告していたからだ。周囲の騒音を計測し、難聴などの健康被害を抑えるためのノイズキャンセリング機能を組み合わせることで、騒音と空気汚染の両方の問題に対処しようとしたのだ
こうして生まれたDyson Zone™には、これまでダイソンが開発してきたさまざまな技術が集約されている。
ウィルス級の微粒子PM0.1を捉え、あるいは有害なガスや臭いを緩和するフィルター、精密工学に基づいて設計されたコンプレッサーをヘッドフォンのイヤーカップに納め、きれいにした空気を非接触型シールド経由でユーザーの口元に送るアイデアは、ビジュアル面ではSFのように見えるだろう。しかしその音質は、実に質実剛健。技術的正しさを追求することで、色付けのない音質を届けたいという意志、コンセプトを垣間見ることができる。
“オーディオ機器を開発するのは初めて”とは、業界関係者ですら思わないほどに徹底して質にこだわる開発を行ってきたことを感じたが、このヘッドフォンが空気清浄機と一体化される必然性があるのか?という点が、Dyson Zone™を評価する上でのポイントといえる。
結論からいうならば、これだけ品質が高い音を楽しめるならば、10万円を超えるワイヤレスヘッドフォンとして大きな不満のない完成度になっていると思う。しかしながら、そこに空気清浄機が組み合わさる必然性は“現時点ではない”。なぜならダイソンの設計は、さらに空気汚染が進んだ近未来に向いているからだ。
ニューヨークやロンドンの旧い地下鉄や工事現場近く、あるいは黄砂や発電所の排煙に悩まされる中国内陸部の都市など、特定の場所では空気清浄機能は現時点でも大きな意味を持つはずだ。しかしそれは将来、グローバルの問題に発展し、日本もその例外ではなくなるだろう。
Dyson Zone™のプロジェクトを率いたのはジェームズ・ダイソン氏の長男・ジェイク氏だ。「私たちは”羽根のない扇風機”が売れるとは思ってもいませんでした。しかしより安全で機能的な扇風機は必要に違いないとの信念で商品化すると、世の中の方が変化し認め、空気清浄機にもつながりました。私たちの経営モチベーションは、技術を通じて社会貢献することです。目の前の利益よりも数年先に見える社会に対応できるよう、意義のある技術開発に力を注いできました」と、Dyson Zone™について話した。
Dyson Zone™は高音質な、ノイズキャンセリング性能の高いワイヤレスヘッドフォンだ。空気清浄機としての性能も、据え置き型に遜色ないレベルである。すべてにおいて合格点をもらう優等生だが、ジェイク氏が語るのは未来志向で開発を続け、製品として提供することの意義だ。
「私たちの会社は株式公開していない家族経営です。だから目先の利益を追わず、正しいと思える領域に投資し、製品開発を行うことができます。空気清浄機と音楽を楽しむヘッドフォンを一体化させる意味はないと思う人も当然いるでしょう。しかし、よい空気を吸うための購入可能な製品が存在することに意味があると、私たちは考えています」(ジェイク氏)
(問い合わせ先)
ダイソンお客様相談室
https://www.dyson.co.jp/contact.aspx
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