moment 2016年 5/6月号
海外紀行 タイ

アジアンリゾートの系譜

文・古関千恵子 写真・竹沢うるま

国内に無数のビーチを有するリゾート王国、タイ。王道かつ洗練のプーケットと、のどかな風景が残るサムイ。両島ならではの開発の歴史をたどれば、リゾート通を惹きつけてやまないその理由が見えてくる。

国内に無数のビーチを有するリゾート王国、タイ。中でも、アマン第一号の地であるプーケットは王道かつ洗練のリゾートとして世界的に知られている。一方、のどかな風景が残るサムイは、今タイで最も進化するリゾートのひとつ。両島ならではの開発の歴史をたどれば、リゾート通を惹きつけてやまないその理由が見えてくる。

PHUKETプーケット


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プーケット、サムイとも日本からの直行便はなく、羽田、成田、関空、中部、福岡、札幌からバンコク経由で乗り継ぐ(所要時間は6〜7時間30分)。バンコク・スワンナプーム国際空港からプーケットまで約1時間20分、サムイまで約1時間。プーケット〜サムイは国内線で約1時間。時差は−2時間。熱帯モンスーン気候のタイは、1年のうち乾期(11〜3月)、暑期(4〜5月)、雨期(6〜10月)の3つの気候があるが、エリアごとに気候が異なる。通貨はタイバーツ(THB)。


“アンダマン海の真珠”と称される、タイ最大の島プーケット。この国を代表するリゾートながら、実はツーリズムに関する歴史はそれほど長くはない。

島で最も賑やかなパトンビーチに最初のバンガローが登場し、空港が開港したのは1970年代のこと。さらに空港が拡張され、世界中のリゾーターに向けて門戸が開かれたのは1980年代に入ってからだ。

それまでプーケットの主産業といえば、16世紀から続くスズ採掘とゴム農園。スズ鉱山で財をなした富豪たちは、プーケットタウンに当時流行のシノ・ポルトガル様式のタウンハウスをこぞって建設した。労働力として福建省から流入した中国人と、ヨーロッパの商人の文化が融合したこの建物群は、今もプーケットタウンに残されている。

けれど隆盛を極めたスズ産業も、1980年代中盤以降には価格が暴落、次々と閉山に追い込まれた。スズ産業から観光業へのシフトを余儀なくされたわけだが、これが結果として世界的なアイランド・リゾート、プーケットの幕開けとなる。

アマン第一号が誕生した地

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プーケットにおけるリゾート開発黎明期の1988年、アマン第一号のアマンプリが、パンシービーチに誕生した。今や30のプロパティをグローバルに展開するアマンだが、そもそもは創業者のエイドリアン・ゼッカの別荘探しがきっかけだった。

ゼッカが拠点としていたバリからプーケットへの旅はボートによるものだった。まずは海からロケーションの目星を付ける狙いだろう。そして海へとなだれ込む、岩だらけの傾斜が背後に迫るパンシービーチを散策中、この土地だとひらめいた。けれど、そこは水道も電気もない、鉱山の跡地ゆえ、自分だけではどうにも管理ができない。そこで仲間を募ってヴィラ群にすることを思いついたという。

当時、ラグジュアリーなホテルといえば、客室数の多い大規模なものを指したが、アマンプリはそんなイメージを次々と塗り替えていった。たとえば、“パビリオン”と呼ばれる独立型の客室はわずか40棟、賑やかな中心地から離れ、ゲストのみがくつろげる隔絶したロケーション……。それらは、パーソナルかつエクスクルーシブなサービスを提供するための必然から生まれた、新たなスタイルだった。

世界中のリゾーターに衝撃を与えたアマンプリは、開業から28年を経た今もなお、訪れる人びとに滞在の喜びを与えつづけている。

“平和なる場所”を体感する

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プーケット国際空港から車で約30分。細い山道を登った先に、アユタヤ建築様式のウェルカムパビリオンが現れる。リゾート名を記した看板類は一切なく、かわりに一対の守護天使の像に迎えられる。スタッフから手渡された、ジャスミンを編んだガーランの香りに和みながらロビーを抜けると、アマンプリの代名詞となったブラックプールが目の前に! 潔い直線に囲まれた漆黒の水面は、まるで鏡のように、周囲のヤシの木々や建物を映し込んでいる。プールの向こうに配されたテーブルの先には、アンダマン海が広がる。まるでストンと切り立った断崖の縁ぎりぎりにテーブルが置かれているように見えるけれど、近づくにつれ、ビーチへと降りる大階段が見えてくる。建築家エド・タートルの視覚のマジックに感心すると同時に、「まんまと術にはまった!」とちょっぴり悔しい気持ちにもなる。

ビーチからリゾートを見上げると、熱帯の木々に埋もれるようにして、屋根に“チョーファー”と呼ばれる棟飾りを施したパビリオンが見え隠れしている。この棟飾りはタイの寺院建築に見られるもので、天国に暮らす想像上の聖なる鳥の頭がモチーフ。魂を平穏な天国へと運んでくれる意味合いがあるそうだ。ベッドサイドにもこのチョーファーが飾られ、安らかな眠りへと誘ってくれる。ふと、アマンプリという名前が、サンスクリット語で“平和なる場所”であることを思い出す。

誰もが家族のような親密さで

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滞在した日は満室だった。けれど、混雑した気配は微塵もなく、満室だと聞くまでは全く気づかなかった。レストランでは、シーリングファンが回転する音、囁き声の会話、食器の触れあう音が耳に心地よい。

はたと、BGMがないことに気づいた。その理由を聞くと、鳥のさえずりやヤシの葉擦れの音など、自然が奏でる音に耳を澄ませてもらうため。たしかに五感を研ぎ澄ましながら、食事に専念できる。

総支配人いわく、「アマンプリは大きなファミリーのようであり、同じマインドをもった人びとのクラブのようでもあります」。開業時から従事しているスタッフも多く、毎年通うゲストもいる。スタッフはゲストの好みやパーソナリティを記憶に刻み込み、情報を共有。そしてゲストは顔見知りになったスタッフとの再会を楽しみに訪れる。さらに、ゲスト同士が甘美な秘密を共有しているような、コミューン的空気も流れている。

余談ながら、ブラックプールの脇で夕方に開催されるティータイム、28年間毎日続いているのだそう。スタッフがその場で次々と焼いてくれる「カノムクロック」(たこ焼きのような形のタイのおやつ)やバナナケーキ、フルーツに加え、スタッフの名前が付いた3種のティーもサーブされる。こちらも滞在中の楽しみのひとつだ。

夜、パビリオンに戻ると、テーブルの上にギフトのサロン(布)と、サロンの巻き方の説明を記した手紙が添えられていた。最後の署名には“アマンプリ・ファミリー”の文字。胸が少し、熱くなった。

AMANPURI

AMANPURI

アマンプリ

1988年に開業したアマン初のリゾート。40棟のパビリオンと43のプライベートヴィラを有し、エド・タートル設計の建物と内装は、補修を加えながら創業時の雰囲気を保つ。また、ゲスト一人ひとりに合わせたきめ細かな対応、快適な滞在を実現するために600名余のスタッフを配し、“さり気なく行き届いたおもてなし”を提供する。フィットネスエリアでは、日替わりでピラティスやムエタイのレッスンを開催。

住所:Pansea Beach, Phuket, Thailand 83110
TEL:66 76 324 333
URLhttps://www.aman.com/resorts/amanpuri