
バケットリスト
旅の写真家が選ぶドリームリスト。“一生に一度は見ておきたい世界の絶景”
世界には、息を呑むほどの絶景がたくさんある。人は一生のうち、何回そんな景色に出合えるだろうか。地球が魅せる奇跡のような一瞬の景色に魅了され、写真を撮りつづけているカメラマン・小林廉宜さんに、人生100年時代“一生に一度は見てほしい”という景色を、撮影エピソードとともに教えてもらった。
Photo&Text:Yasunobu Kobayashi
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
時空を超えて圧倒される絶景を旅する
旅の写真家・小林廉宜さんは、「未来に残したい風景」をメインテーマに、世界中の希少な自然や文化を撮りつづけている人物。
シルクロード横断から、アマゾンやボルネオの森林まで世界のありとあらゆるところを旅する彼が、“一生に一度は見てほしい”と願うのは、100年後の人びとも感動するであろう景色だ。
「僕が撮影をしたいと願い、心を震わせた美しい景色は、100年前の人びともきっと感動した場所。そんな地球の美しさがそのまま100年先の後世にも残るようにとの願いもこめて写真に切り取っています」
ここからは、旅の写真家が時を忘れてシャッターを切りつづけた、世界の絶景をエピソードとともに紹介しよう。
トルコ カッパドキア

夏の終わり、9月。トルコを横断する旅をした。目をひく風景がさまざまにあるこの国で、もっとも気に入ったのがカッパドキア。シルクロードの通過点でもあったその歴史は古い。長年の風雨による侵食でキノコ状の奇岩群が形作られたのはさらに遡ること数百万年前。桁外れだ。広大な奇岩群は場所によってその形に特色が出る。昼間は、クルマで移動しながらその変化を楽しんだ。
気球のポイントへは夜明け前に到着。真っ暗闇の中で、バルーンへと熱風を送るヒーターの炎の赤で目が覚めていく。日の出とともに上昇、気球と奇岩に朝日が照りつける。地上からも飛行機からも見ることができない高度数百メートルからの眺め。今であればドローンという手段もあるけれど、広い空の下、砂色の奇岩と色鮮やかな気球のダイナミックな競演を風に流されながら肉眼で観る、という体験は格別だ。
トルコ パムッカレ

もうひとつ、忘れられないトルコの奇観、パムッカレ。この白亜の棚もまた長い歳月をかけて自然が造った奇跡の地形だ。真っ白な石灰石のプールに溜まった水は、太陽に照らされて実に鮮やかな青、まさにターコイズ(トルコの)ブルーが目に心地よい。そんな昼間の景色も十分に美しく、同行者が呆れるほど何時間も眺めていたら日が傾いてきた。
真っ青だった空はやがて赤く染まり、雲がかかり始めていた。ハッとしたのはそのあとだ。雲の合間から差し込む光の筋が、水辺だけを照らした瞬間、夕暮れの茜色に包まれながら、光が照らした水面だけが鮮やかなブルーに。このコントラストが僕の心を震わせた。世界遺産などどこにもなかった時代から、人びとはこの夕景を眺めていたのかと想像しながら、日没まで撮りつづけていた。
アメリカ アリゾナ州セドナ

ネイティブ・アメリカンにとって聖なる場所であるセドナには「ボルテックス」と呼ばれるエネルギーの集合体が数多く存在すると知り、訪れた。特にパワーが強いベルロック、エアポートメサ、ボイントンキャニオン、カセドラルロックは「4大ボルテックス」と呼ばれ、クルマで移動する距離に点在している。
セドナの地図を前に、ふと思い立った。これらボルテックスを一堂に眺めてみたら、と。大まかにアタリをつけて、とにかく絶景ポイントを探してみることにした。国道から外れ、轍だらけの道なき道をスタックしながら進んで行く(四駆でもない普通車では無謀だったか?)。途中からいよいよ徒歩で、機材を担いで。
日没というタイムリミット直前・・・目の前には確かに4つのボルテックスだ!急いで三脚をセットして夢中でシャッターを切ってから、ようやくひと息。沈みゆく太陽が光にのせて届けてくれるボルテックスのパワーを、体中で受け止めた。この写真を見る人にも、地球に渦巻くとてつもないパワーを受け取ってもらえたならと願いつつ。
スロベニア ブレッド湖

イタリアの取材を終えて、次は初めてのスロベニアだ。ベネチアから高速に乗って東へ。隣国スロベニアのブレッド湖を目指す。スロベニアはそれほど知られていない旅先かもしれないが、ブレッド出身の友人曰く「ブレッド湖は『アルプスの宝石』と呼ばれている」らしい。ブレッドは温暖で、かつてはヨーロッパ中の貴族が訪れていたとも。
海沿いの高速道路、右手には遠くアドリア海の塩田が見えている。途中から山側へ向かうと、やがて首都リュブリャナだ。さらに1時間少しでブレッドの街に到着。
夏、夜明け直後のまだ薄暗い山道を登る。前述の友人にとっては子どもの頃走り回っていた山とのことで、とっておきのビューポイントへ案内してくれるという。頂上から見下ろしたブレッドの湖面は、鏡のように凪いでいた。それから何時間経ったのか。友人が「お腹が空いたから降りようよ」と痺れを切らすまで撮影していた。その後も、一人で3度山を登った。朝、昼、夕暮れ、晴れたり曇ったり・・・静かだけれど表情豊かなブレッド湖。お気に入りの絶景ポイントだ。
フランス ミディ運河

夏の南フランス、トゥールーズからカルカッソンヌへ。途中で満開のひまわり畑を訪ねたり、抜群に美味しいカスレを食べに田舎町に立ち寄ったり(本来は冬の伝統料理だが、知る人ぞ知る名店を見過ごすわけにはいかない)。直行すれば1時間ほどだが、あえて田舎道を半日かけてのドライブだ。
道路は、ミディ運河とつかず離れずしながら南下している。まぶしい太陽から逃れたくなると、プラタナス並木の影が涼やかなミディ運河の水辺に何度となく合流してみるのだ。
17世紀に建造された現存最古のこの運河は、19世紀に鉄道が敷かれるまでは物流経路として大活躍したそうだが、その役割を終えた今はその景観美で世界遺産に登録され、広く愛されている。
夏の日差しが、旺盛にしげる緑を輝かせている。橋の上に立つと、強烈にきらめく緑に全方位から包まれる。目を閉じても、その残像が瞼の裏から消えない。そして、木陰の風が気持ちいい。世界各地の森を旅してきた僕は、またひと味違う森に出合えたようで心が躍る。全長は240キロメートル、絶景だと感じるポイントは人それぞれだろうけれど、夏のミディ運河の緑はぜひ味わってみてほしいのだ。
著者プロフィール
小林廉宜(こばやしやすのぶ)
雑誌、広告、カレンダーなどで活躍する写真家。「世界の森」「未来に残したい風景」をメインテーマに、希少な自然や文化を撮りつづけている。旅先でのエピソードを添えたフォトエッセイも手がける。近著に、世界の絶景を訪ねた写真集「世界美景」(KADOKAWA)、世界25カ国、日本8カ所の森を訪ねた写真集「森 PEACE OF FOREST」(世界文化社刊)ほか。「ナショナルジオグラフィック 日本版」にて特集記事「森で目覚める“生き物”の感覚」に取り上げられる。日本写真家協会会員。