
Drive to The Beautiful Museum
ドライブで訪ねたい「世界に誇る美術館の名手」谷口吉生の名建築
時には建築を目当てに美術館を訪ねる旅はいかがだろうか。国内外で活躍する、アートライター河内タカ氏が日本全国の美術館を訪ねる旅をした際、魅了されたというのが2024年12月惜しまれつつ亡くなった建築界の巨匠・谷口吉生の美しい美術館建築。河内氏にクルマで訪ねたい谷口吉生建築美術館の魅力を教えてもらった。
Text:Taka Kawachi
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)
美術館を見せる器としての建築
数年前、国内の美術館を北から南までいろいろ見て回ったことがあった。理由は美術館を“見せる器としての建築”という観点から体感してみたかったからだ。
その旅の中で一人の建築家によって設計された美術館建築に深く魅了されてしまったのだが、その建築家というのが谷口吉生だったのである。

谷口は今から約20年前にニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館を設計したことで世界的にその名を轟かせるや、“世界でもっとも美しい美術館を手がける建築家”とまでいわれるようになり、これまで国内外に11施設の美術館を手がけた美術館建築のスペシャリストだ。
惜しくも2024年暮れに亡くなってしまったが、自分の建築について多くを語らず、建築家としてのエゴや主張を抑え、作品自体に語らせることを優先した孤高の建築家だった。

鮮烈なほどのシャープな縦と横のラインを持つ谷口の建築は、白やシルバーを基調としながら実に洗練されたたたずまいがある。そこに水に反射した光や影を壁面に取り入れ、周囲の自然の現象を空間と一体化させることも得意とした。とにかくどの作品も精巧なほどディテールが行き届いた緊張感のあるものばかりで、その中でもドライブで出かけるのにおすすめの美術館を紹介したい。
谷口が初めて手がけた美術館「資生堂アートハウス」
静岡県掛川市にある「資生堂アートハウス」は、谷口が初めて手がけた美術館建築である、つまり谷口の原点ともいえる建築だ。

美術館としてはそれほど大きくはない。しかし巧みな高低差を利用し美しい景観を作り、銀色のタイルとガラスウォールで覆われたスペースシップのような外観は神々しい雰囲気が漂っている。曲面のミラーガラスの使用がされたのは、すぐ横を通過する新幹線が美しく鏡に映るというコンセプトで設計されているからで、このように細部まで計算された芸術作品のような建築だ。
資生堂アートハウス

谷口吉生と高宮眞介による共同設計で1978年に開設。外観はパールの光彩を持つタイルと鏡面ガラス壁による曲面部分と、コンクリート打ち放しの平面で構成された部分とに分かれている。1970年代を代表するモダニズム建築の傑作として、1980年に「日本建築学会賞(作品)」を受賞、2002年のリニューアルを機に美術館としての機能をより高めた。銀座の資生堂ギャラリーで展示された絵画、彫刻、工芸品がコレクションの中核となっている。
住所:静岡県掛川市下俣751-1
営業時間:10時~16時30分
休館日:日曜~水曜日
*2025年は9月4日(木)~11月29日(土)のみ開館
アクセス:東名高速道路 掛川I.C.より約7分
駐車場:あり(無料)
URL:https://corp.shiseido.com/art-house/jp/
谷口吉生の最高傑作といわれる「豊田市美術館」
掛川市から西へ1時間半ほどドライブすると「豊田市美術館」に出合える。水平に伸びるファサードの巨大な構えと白いガラスのグリッド構造を持つ、谷口の最高傑作ともいわれる美術館だ。

豊田市美術館

日本を代表するクルマの街である愛知県豊田市にあり、20世紀美術とデザインの収蔵、現代美術の意欲的な企画展で全国的に知られている。反復性のあるファサードと幾何学的なグリッド構造が壮観で、地形の傾斜に合わせて、1階部分は芝生の広場に面したエントランス、2階部分は広大な人工池に面し、回廊状に連なった四角い建築群が水面に映える。庭園は米国のランドスケープ・デザイナーのピーター・ウォーカーによるもの。
住所:愛知県豊田市小坂本町8-5-1
営業時間:10時~17時30分(入場は17時まで)
休館日:月曜日(祝日は除く)、年末年始
アクセス:東名高速道路 豊田I.C.より約15分
駐車場:あり(無料)
URL:https://www.museum.toyota.aichi.jp/
一番難しい設計だった「鈴木大拙館」
著名な建築家だった父の谷口吉郎の出身地の金沢市に、谷口が設計した美術館の中でも、もっとも難しい課題が与えられた建物だったという「鈴木大拙館」がある。

展示物が驚くほど少ないうえに、装飾がいっさい排除された、幾何学的な直線で構成されたコンクリートづくりの建築だ。このような極端な造りになった背景には、仏教哲学者で思想家の鈴木大拙の思想について知り、学び、考えさせるために、寺や神社と異なる極めて珍しい“思索の場”として設計がなされているからにほかならない。
鈴木大拙館

石川県金沢市出身の仏教哲学者の鈴木大拙を紹介するための施設。三つの棟と玄関の庭、露地の庭、水鏡の庭を配し、これらの空間を巡ることで、ZENの精神や、大拙の思想や考えを体感することができる。なにもない空間、つまり「無の心境」を形にしたようなほかに類を見ない建築であるが、そこに鈴木大拙という人物をどう伝えるかというコンセプトの可視化がなされていて、来館者は体験したことのない不思議な世界観を感じることができる。
住所:石川県金沢市本多町3-4-20
営業時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合はその直後の平日)、年末年始
※展示資料の整理などのため休館する場合があります。
駐車場:なし
※一般駐車場はなく、金沢歌劇座有料駐車場より徒歩約4分
URL:https://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/
「美術館とは、建築の外部から内部にまで、作品と出合う感動を求めて辿る旅のための装置なのです」とかつて語っていた谷口吉生。現代建築の美術館を造らせたら日本一、いや世界でもトップクラスのこの建築家による傑作美術館を巡る旅を、ぜひとも体験していただきたい。
河内タカ | Taka Kawachi
アートライター。サンフランシスコの美術大学を卒業し、ニューヨークに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がける。30年間に及んだ米国生活を終えて帰国し、アートや建築にまつわる執筆活動を行う。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)などがある。