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大人の社会科見学
石炭の炎が生み出すウイスキーの味。その源流を「北海道余市蒸溜所」で知る

ニセコからクルマで約1時間。緑深い山道を走り抜けると、山と海に抱かれた静かな町、余市にたどり着く。そこにたたずむのが、ジャパニーズウイスキーの父・竹鶴政孝が一から造った「ニッカウヰスキー北海道余市蒸溜所」だ。今も石炭を焚いて直火蒸溜を続けるその現場では、竹鶴政孝が志した“本物の味”が脈々と受け継がれている。見学コースをたどるだけでも、その成り立ちを深く知ることができる蒸溜所で、ニッカウヰスキーの骨格を造る「余市」の味の秘密を取材した。

Photo:Haruna Oku
Edit&Text:Misa Yamaji(B.EAT)

ジャパニーズウイスキーの父
竹鶴政孝の思いを辿る

今や、世界の蒸溜酒市場で確固たる地位を築いたジャパニーズウイスキー。

スコットランドの伝統を尊重しながら、日本で独自に発展した繊細な味わいかつバランスのよいウイスキーが、世界中のウイスキー愛好家を魅了しているのは周知の事実だろう。

中でもニッカのウイスキーは、創業時から変わらない「重厚で力強い味わい」に多くのファンがついている。

北海道余市蒸溜所は、観光客の受け入れも積極的。現地のツアーガイドの方の話を聞きながら巡ると理解が深まる。

その始まりは、91年前。

1934年に創業者・竹鶴政孝が北海道・余市の地に開業した「北海道余市蒸溜所」にある。

余市は、積丹半島の付け根に位置し、北に日本海を臨み、三方を山々に囲まれている。冬になると山に降り積もる雪が春には雪解け水となって余市川を潤し、夏でも湿度が高く、海からの風が霧とともに運ばれる。

蒸溜所内に移築した状態で今も残る、竹鶴政孝が使っていた事務所。

「日本で本物のウイスキーを造る」。その情熱を胸にスコットランドから帰国した竹鶴が理想としたのは、スコットランドに通じる冷涼な気候、清らかな水源、そして熟成に適した空気環境。そうした条件をすべて備えていたのが、北海道・余市だったのだ。

余市を訪れ、涼しい潮風を感じると、なぜ竹鶴がこの地を蒸溜所建設の場所としたのかがわかるだろう。

事務所内の棚には、竹鶴が自身の蒸留所で初めて蒸溜したウイスキー第一号のボトルが今も残っている(左から二番目の角瓶)。

現在の北海道余市蒸溜所は、東京ドーム2.8個分、約13万平方メートルもの広い敷地に建っている。その敷地には蒸溜棟、貯蔵庫などスコットランドの伝統様式を取り入れながら日本独自の改良を加えた当時の石造りの建物が点在し、多くの施設が国の重要文化財に指定されており、歴史的価値も高い。

また、この貴重な蒸溜所は一般見学(事前予約制)を受け入れ、創業当時と変わらぬものづくりの精神でウイスキー造りをするさまを広く伝えている。ウイスキー好きなら一度は訪れたい蒸溜所として旅の目的地に人気なのだ。

見学ルートで間近に感じる現場の仕事

重要文化財に指定されているキルン塔。

ここを訪れたらぜひ、施設を巡る見学ツアーに参加したい。

見学は、昭和9年に建てられた乾燥塔(キルン塔)から。

この石造りの建物は、かつて発芽した大麦にピート香を付け、乾燥させる工程に使われていた場所だ。内部は巨大なかまどのような構造で、下層でピート(草炭)を燃やして上層に積んだ大麦をいぶす仕組みとなっている。

今はピートの香りを付けた麦芽を海外から輸入しているため、この設備は使われていない。しかし、1970年ごろまでは現役で稼働していたという建物は、重要文化財として当時の面影を今に伝えている。

もろみを醗酵させるタンク。

敷地内を歩いていると、どこからともなくふわりと甘い香りが漂ってきた。その正体は「もろみ」の香りだ。

目の前の建物は粉砕・糖化棟。ここでは65度前後に調整した湯と粉砕した麦芽を合わせ、麦汁をゆっくりと抽出していく。抽出された麦汁は、4万リットル規模の巨大な醗酵タンク10基に送られ、約4日間かけて醗酵される。この段階で生まれるアルコール度数8%程度の“もろみ”がウイスキーの原料となるのだ。

ニッカウヰスキーの味を造る
石炭直火蒸溜

もろみは、斜め向かいの石造りの建物の中にある、しめ縄が飾られたポットスチルで蒸溜される。

石炭で火を焚くため、7基の蒸溜釜は煤を被り、雄々しく力強いたたずまいだ。ポットスチルの前には、石炭が山積みになっていて、職人が一人、約5分おきに黙々と石炭をくべていく。

創業当時の面影を残す、蒸溜所。

「創業時から一切変えていない、世界でも非常に稀な(おそらく唯一の)『石炭直火蒸溜』こそが、ニッカウヰスキーの味の個性をつくっているといっても過言ではないでしょう」と工場長の山下英俊さん。

石炭で焚く最大の特徴は高温になることだ。その火力により、ポットスチルの底辺は800~1,200度にまで達する。この強烈な熱量で、もろみが焦げないギリギリのところまで焚いて蒸溜することで、ウイスキーに余市らしい独特の香ばしさと深みを与えているのだ。

真夏でも炉釜の前で石炭をくべる作業は変わらない。火力を強くしすぎると泡がポットスチルのネックまでいってしまい品質に影響が出る。職人たちはポットスチルにあるガラスの窓を目視しながら火力を調整する。

ここでは、伝統的な単式蒸溜器「ポットスチル」を使用し、初溜釜4基と再溜釜2基を組み合わせ、1日2回の蒸溜交代制で行っている。

「今はすべてのポットスチル内の温度を機械で測り、常時モニターで管理しています。テクノロジーと職人の感覚の二軸で品質の管理をしているんですね」と山下さん。

写真の真ん中にある小さなポットスチルは竹鶴が入れた一号釜。現在は使われていないが、創業当時の思いを伝えるべくそのまま残している。

しかし、石炭をくべるのは人力。火力調整は非常に繊細で難しい作業なのだと話す。一方、職人の手仕事だからこそ、炊く人によってわずかな違いができる。つまり、職人の火の扱いこそが、余市のキーモルトの個性と多様性につながっているのだ。

敷地内には27棟の貯蔵庫が建つ。蒸溜した原酒は3年以上樽で熟成。

こうして蒸溜した原酒は、樽に詰められ、蒸溜所の敷地内に点在する石造りの貯蔵庫へと運ばれる。

余市の貯蔵庫の温度管理は自然まかせ。夏には30度を超え、冬にはマイナス10度近くまで冷え込むという厳しい自然環境こそが複雑な味を育む。気温と湿度の大きな寒暖差が木樽の“呼吸”を促し、内部の原酒にゆっくりとした変化と熟成をもたらしていくという。

「余市モルトは潮の香りがする」と言われることがある。実際、蒸溜所は余市湾に面し、海から潮風が吹き込んでくる。空気中に含まれる潮風の成分が、長い年月をかけてウイスキーにほのかなミネラル感や塩味の印象を与えているのかもしれない。

試飲で知る、「余市」の味わいの核心

見学の最後は、お楽しみのテイスティングタイムだ。テイスティングホールでは、「シングルモルト余市」や「スーパーニッカ」、「アップルワイン」を無料で試飲可能。

ミュージアム内にあるテイスティングバー。

しかしそれで満足は禁物だ。ここを訪れたからには、ニッカミュージアムの一角にあるテイスティングバーにも必ず行ってほしい。ここでは、定番のウイスキーに加え、蒸溜所限定の貴重な原酒を有料で味わうことができる。

「シングルカスク余市 10年」は、ここの蒸溜所でしか味わえないウイスキー。

中でも一番人気は「シングルカスク余市 10年」。通常、ウイスキーは加水や複数の樽のブレンドによってアルコール度数を約40%に調整して出荷されるが、シングルカスクは一切のブレンドも加水もしていない。ひとつの樽からそのまま瓶詰めされた、いわば「余市の原石」のような存在だ。度数は約60%と強いが、余市のモルトそのものの香りや骨格が明確に伝わってくる。口に含むと、石炭直火蒸溜ならではの香ばしさが立ち上がる。それはまさに“火の味”だ。

右から「PEATY&SALTY」(8,500円500ml 税込み) 、「SHERRY&SWEET」(8,500円500ml 税込み)、「WOODY&VANILLIC」(8,500円 500ml 税込み)。ショップで購入できるのはこちらだけ。

もうひとつ試してほしいのが、余市の味を主に構成するキーモルト3種の飲み比べ。新樽由来の「WOODY&VANILLIC」はバニラやウッディな香りが豊かに広がり、シェリー樽熟成の「SHERRY&SWEET」ではレーズンや杏を思わせる濃厚な果実香と心地よい渋みが交錯する。

ピートの効いた「PEATY&SALTY」では、潮の香りとスモーキーな余韻、そしてかすかな塩味が立ち上がる。どれも個性がくっきりと異なり、余市というウイスキーの設計図が、どのような構成要素から成り立っているのかを体験的に理解できるはずだ。

90周年を記念して発売された「ザ・ニッカ ナインディケイズ」。1940年代から2020年代までの9つの年代にわたる多彩な原酒をブレンドしたウイスキー。余市蒸溜所や宮城峡蒸溜所に現存する最古のモルト原酒も使っている。

今なら、特別にニッカウヰスキー90周年を記念して発売された「ザ・ニッカ ナインディケイズ」も10ml、10,000円(税込み)で提供しているので、楽しんでみるのも一興だ。さまざまなウイスキーと飲み比べることにより、その魅力を一層深く感じることができるだろう。

蒸溜所の近くの海。竹鶴政孝と結婚したリタが「故郷の海と似ている」と言って訪れていたという。

ジャパニーズウイスキー創始者である竹鶴政孝が、心身をささげた場所で、今も余市の気候風土と職人の仕事によって育まれているウイスキーを学び、味わう――。それは、ほかでは得られない、記憶に残る時間となるはずだ。

ここを訪れた人は「余市」を飲むたびに、あの石炭が赤々と燃える様子を思い浮かべながら、一人の男の情熱が結実したウイスキーの物語に思いを馳せるだろう。

現地を訪れたからこそ、竹鶴政孝のものづくりへの情熱が今も脈々と受け継がれていることをしっかりと実感できる。


北海道余市蒸留所

名称:ニッカウヰスキー 北海道工場 余市蒸溜所
住所:北海道余市郡余市町黒川町7-6
電話番号:0135-23-3131(代表)
営業時間:9時15分〜16時15分
休業日:年末年始(12月23日~1月7日、6月11日)
URL:https://www.nikka.com/distilleries/yoichi/


見学ツアー情報

見学方法:ガイドツアーにお申し込みを
予約方法:公式HPまたは電話にて受付
予約可能期間:見学希望日の4週間前から受付開始
定員:1回あたり最大9名
料金:見学・試飲ともに無料(一部有料テイスティングあり)

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