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LEXUSで行く週末旅
湯布院の注目オーベルジュ「ENOWA YUFUIN」で、
大地と食の循環を感じる

ここ数年、日本の地方にわざわざ料理を目的に行きたくなるレストランやオーベルジュが誕生している。2023年、話題となったのは九州を代表する温泉地・湯布院にオープンした「ENOWA YUFUIN」だ。主役になるのは自分たちで育てた野菜。2024年10月から宿泊せずにレストランだけの予約も可能となった。よりアクセスしやすくなり、全国津々浦々からグルマンたちが通う「ENOWA YUFUIN」の食の魅力に迫る。

Photo:Katsuhito Takakura
Text:Misa Yamaji(B.EAT)

湯布院に登場した美食のオーベルジュ

日本全国2位の湯量を誇る温泉地、九州・湯布院。亀の井別荘や玉の湯などの高級温泉旅館が点在し、九州旅のデスティネーションとして人気の場所だ。

昨今は海外からの旅行客も多く、金鱗湖や湯の坪街道は平日でも人であふれるにぎわいを見せている。温泉街らしさも楽しめることに加え、由布岳の麓に広がる田園風景や、今も残る山間のひなびた美しい景色にも出合えるバランスのよさがいい。

また湯布院は、クルマで訪れるのにも非常に楽しい場所だ。福岡からは約2時間。湯布院を拠点にすれば、気持ちよく走れる“やまなみハイウエイ”を使って別府や阿蘇などへ温泉地ホッピングも可能。温泉が恋しくなる冬、雄大な自然と立ち寄りたくなる場所が多い湯布院は、まさにドライブ旅をするのにおすすめの場所といえるだろう。

「ENOWA YUFUIN」の敷地内から、朝靄に包まれた湯布院市街が見えた。

そんな湯布院に2023年6月にオープンし、旅好き、食好きの間で話題をさらっているのがオーベルジュ「ENOWA YUFUIN」だ。

湯布院の中心部から少し離れた山の高台に立つオーベルジュは、4万4千平米の敷地を有し、全室にかけ流しの温泉をひいた10棟のヴィラ、9室の客室、そしてレストランや温室、サウナなどの施設を備えている。

高低差を巧みに取り入れた建物には、あえて木や土といった自然由来の素材を使い、周囲の自然と馴染むように設計。モダンで洗練されたインテリアながら、温かみのある心地よさも同居するゴージャスなヴィラも魅力的だが、このオーベルジュの名声をひと際高いものにしているのが、敷地内のレストラン「JIMGU(ジングー)」だ。

薪ストーブの香りが心地いいレセプションエリア。

料理の軸となるFARM - DRIVENという考え

「JIMGU」の総料理長をまかされているのは、チベット人のタシ・ジャムツォ氏。なんと、ニューヨーク郊外にあり、大規模な農園レストランとしてミシュランガイド二つ星に輝くレストラン「ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ」で副料理長をつとめていた人物だ。

「ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ」は、ロックフェラー家のデイリーファームから派生したレストラン。自然のサイクルに従いながら、彼らの広大な農地で育てる野菜や牧場で育てた家畜やミルク、卵を使ったモダンな料理を提供している。Farm to Tableという考え方をレストランに持ち込んだパイオニアであり、今では農場で“水不足でも育つ稲”や“さとうきびに変わる植物”など農業試験場的な新品種の開発なども手がけ、いわゆる一般的な“レストラン”というカテゴリーにはおさまらない社会的活動も行っている。人の根幹を支える食や農の大切さを伝えながら、未来への課題解決にも取り組む非常にユニークな存在だ。

そんなレストランで長年働いていたタシ氏が「ENOWA YUFUIN」のシェフを引き受けたときに、ひとつだけ譲れない条件として出したのが「オープン時に自家畑の野菜が使えるように、畑から準備をしてほしい」ということだった。

タシ氏にとって、料理とは、その土地の気候風土とつながった大地から生まれるもの。人間も自然の一部であり、自分の料理を通じて自然と人間がつながる循環を作りたいという思いが強かったからだ。

畑で作業をするシェフのタシ・ジャムツォ氏。

オーナーもそうしたタシ氏の思いを受け入れ、オーベルジュ開業2年前に由布岳の麓に畑となる土地を購入。来日したタシ氏は、まず畑の準備から取り掛かった。

日本の土や気候についてはわからないことも多く、知り合いの伝手をたどり京都の石割農園の石割照久氏を紹介してもらった。そこから2年は完全無農薬の野菜を育てるべく、石割氏に教えを乞いながらファーム作りに集中。畑の土を分析し、農場スタッフとともに2年間しっかりファームで野菜を育てたうえで、オーベルジュの開業に至ったのだ。

そんなストーリーからもわかるとおり「JIMGU」のご馳走は、自らが手塩にかけて育てた無農薬の野菜たち。現在は一年で約30品目200種類の野菜を作っている。自給率はおよそ70%。足りないものは近隣の農家さんと連携をし、まかなっているという。

「毎日畑に行って収穫すると、野菜の成長過程での風味や味わいの違いがよくわかりますね。例えば出始めのケールは柔らかくて甘い。だから生で食べてほしいなと思う。シーズン終わりのケールは葉が強くて味も濃い。だから火を通してその味を引き出したりします。若いにんじんは水分を含んで皮もうすく、柔らかい。日々の野菜の味は、その日だけのもの。だから僕はレシピをもたずに、その日採れた野菜を見ながら料理の仕方を決めていきます」と、畑を案内してくれたタシ氏は、笑顔で教えてくれた。

畑で採れた野菜はなるべくすべて使う。にんじんの葉の部分はソースに。硬い茎の部分はコンポストを利用して畑の肥料として還元する。

淡々と語るタシ氏だが、自ら野菜を育て、農と料理を両立するのは大きな苦労もある。2024年8月の台風で、あたり一面浸水してしまい、畑に植えた作物がすべて流されてしまったこともあった。土作りから種植えからすべてやり直し。いつも連携をしている農家さんも同様の被害があり、そのときは九州のほかの場所の生産者さんに助けてもらったと話す。そうした苦労もありながら、やはり“農”にこだわるのは、こうした苦労も含めて自然とともに料理をしたいという思いが揺るがないからだ。

アペリティフをいただく温室スペース。
この日のスナック類。生のものと、火を通したもの2種類がサーブされる。

「JIMGU」の食事体験には、レストランのテーマ“FARM-DRIVEN”を感じるちょっとした仕掛けがある。

食事のスタートは、ダイニングとは別室の温室から始まるのだ。温室には、ハーブやその季節の果物などが元気よく育ち、ほのかにいい香りが風にのって運ばれてくる。緑を間近に感じながらいただくのは、小さいながらも畑の野菜のエネルギーがつまったスナックと飲み物だ。

「ゲストには、まず畑で朝採ったばかりの野菜を味わってほしい」というタシ氏の思いから、ほとんど手をかけない生の野菜がディップとともに出てくる。

植物の息吹を感じる場所で、生命力を感じる野菜をつまみながらスタッフの方と話をすれば、これから始まるディナーへの期待がおのずと高まってくる。

ほかのゲストと視線がかぶらないソファ席は、居心地抜群。

温室でアペリティフを楽しんだら、真ん中にみずみずしい植栽があるメインダイニングへ移動する。

ここからいよいよコース料理が始まる。登場するのは、野菜を中心とした10皿だ。

この日の季節のサラダ。

まず初めに登場するのは季節のサラダだ。“今年は大豊作”というカブは生のものと、少し火を通したものの2種類がからし菜とともに盛られてきた。赤いグラデーションのカブは日本ではあまりみかけないもの。聞けば、アメリカにいた頃に自分が好きだった野菜の種なども取り寄せ、畑で育てているのだという。

ソースは、大分の海でよく獲れるというヒオウギ貝で作ったもの。散らした小さな松の実の食感がアクセントだ。

調味料はほんの少しのオイルと塩だけ。採れたての野菜の苦味、甘み、香りを重ねることでひとつの“料理”になり、ヒオウギ貝の塩分が加わることでバランスよくまとまっている。畑の力、エネルギーを感じる一品だった。

「Beets モッツァレラ 胡麻」。主役はビーツ。

続く「Beets」という料理は、ビーツ好きのタシ氏がビーツを主題に作った一皿。ローストしたビーツと、ピクルスにしたビーツをビーツの果汁と胡麻油で作ったソースで食べる。付け合わせは、自家製のモッツァレラチーズと柿だ。

“ビーツと胡麻油とモッツァレラと柿??”と、その組み合わせを一瞬不思議と思ったが、一緒に食べてみると文句なく美味しい。こうした食材の組み合わせの面白さもタシ氏の料理の魅力のひとつといえよう。

どうして、その組み合わせを思いつくのか?という質問に、「畑にいると、これとこれを組み合わせたら美味しいだろうなって自然と思い浮かぶんです」と涼しい顔のタシ氏。

チベットで生まれ育ち、ニューヨークで学び、今は湯布院でくらすタシ氏が、湯布院の大地で育つ野菜と巡り合い、自身の記憶と感性から独創的な料理を生みだしていく。「JIMGU」の色彩と香りにあふれた料理は、まさにここだけのものなのだ。

「POTATO サフランクリーム 仔牛」。

タシ氏の料理を語るうえで、もうひとつ欠かせないキーワードがある。それは“循環”という言葉だ。湯布院という土地に感謝し、そこにくらす人びとに敬意を払っているからこそ、そして自分の料理を通してその思いを還元できたら・・・。そうした循環を作りたいと、地元の学生や生産者との交流を積極的に行っている。

「POTATO サフランクリーム 仔牛」という料理は、タシ氏が出会った農業高校の生徒が作っている“サフラン”が名脇役となっている。

「あるとき農業高校の先生と生徒さんから、『育てた生サフランと乾燥サフランを料理に使って、その違いをフィードバックしてほしい』という依頼がありました。快く引き受けたのですが、そのときに分けていただいた生サフランの香りに感動して、それ以来買わせてもらっています。今は時期が終わってしまって乾燥のサフランを使っていますが、それでも色の出方も違うし香りもいいですよね」。

畑で採れた3種類のじゃがいもが主役ではあるけれど、たっぷりとかけられたサフランソースは、今までのサフランの概念が覆るほどの香りのよさ。タシ氏が地域のコミュニティ活動を通じて出合った感動が、この一皿を通じて伝わってくる。

スペシャリテ「Bouquet」。使用している野菜を盛り込んだ籠と一緒に登場する。

タシ氏のスペシャリテ「Bouquet」は、この日採れた10種類近くの野菜がそれぞれ違う調理法で盛り込まれたものだ。

この一皿は、“食事をした日の畑の様子そのものを映し取った料理”と表現したくなる。

畑には、ピカピカで大きさの揃った野菜だけが実っていることなどない。どの野菜も大きさも違えば、色も違うし、ようやく熟してきたものもあれば、熟しきったものもある。例えば、収穫も終わりに近づき、少し水分が抜けてきた茄子なども、タシ氏は「少し硬い皮が肉のような食感になって面白いでしょ」とその持ち味を活かして料理に使う。

均一的な野菜の味に慣れ親しんだ現代人にとって、これぞ贅沢な一皿だと感じるだろう。

今まで紹介してきたのは野菜の料理ばかりだが、「JIMGU」には関サバを使った料理や、ふくどめ小牧場の豚肉を使った料理など、肉や魚も登場する。野菜が中心ではあるが、コースを通した満足感はしっかりあるのはさすがだ。

「今興味があるのは大分県の食文化。郷土料理などを積極的に学んで、自分の料理に活かしていきたいですね」とタシ氏は目を輝かせる。

日々変わりゆく畑の野菜と同様、進化していくタシ氏の料理にも目が離せない。

「ENOWA YUFUIN」/「JIMGU」

住所:大分県由布市湯布院町川上丸尾544
URL:https://enowa-yufuin.jp/

(JIMGUのみご利用の場合)
営業時間:ディナー17時~
定休日:不定休

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