東京の注目店
和魂漢才の精神で新しい中国料理を生み出す、ミシュラン三つ星店「茶禅華」の世界
現在、日本で唯一のミシュランガイド三つ星評価を受けている中国料理の店が「茶禅華」だ。2017年のオープンから7年。アジア50ベストレストランにもランクインし、今、世界中のグルマンからもっとも注目されている日本の中国料理店の一軒といえよう。「和魂漢才」の精神で、どこにもない中国料理はどのように生まれているのか。進化と深化が止まらない川田氏に話を聞いた。
Photo:Hiroyuki Tamagawa
Text:Misa Yamaji (B.EAT)
日本の食材を活かす、中国料理を求めて
「茶禅華」の料理は、一般的な“中国料理”とはひと味もふた味も違う。
どの料理も香り高く、どこまでも澄み切っている。幾重にも広がる複雑な香りや味の構成は中国料理そのものだが、いずれも清流のような清らかさが漂うのだ。そして食べ進めると、一見静謐な料理から、シェフの川田智也氏の驚くほどの大胆さと情熱を感じることができる。
一皿に凝縮された魅惑の世界に触れたい、もっと知りたい、もっと新しい世界を見てみたいと、訪れた人は夢中になりリピーターがあとを絶たない。
オープンして7年。シェフの川田智也氏が作り出す世界は、ここだけでしか味わえないはっきりとした個性にますます進化している。
「開業して7年。やればやるほど、この世界が面白くなってきました。ひとつのものを進化というより深化させることにより興味がでてきたように思います」と川田氏は振り返る。
「茶禅華」の骨格となる川田氏の考え方は、一貫して変わらない。
みずからの料理を「和魂漢才」と表現し、日本の食材の素晴らしさを自身の感性で引き出しながら中国料理を作りつづける姿勢は開業時からだ。深化したのは、より自由に、緻密になった表現方法だろう。
もともと歴史好きだった川田氏。料理を考えるうえで思いを馳せるのは、日本と中国にある深い歴史的なつながりだという。
「食材でいえば味噌や醤油、文化面でいえば日本語の漢字、ひらがな、カタカナも中国から伝来したもの。それらを日本人が日本人の感性で独特に進化させてきた。そうした考え方を料理に置き換えて考えていくことが楽しくてしかたがないですね」と笑う。
しかし、自身の店を開業する前には、日本の良質な食材を中国料理の技法で料理しても、素材の味がうまく引き出せないことにとまどいを感じたことも多かったという。
日本の食材のよさを引き出すには、伝統を受け継いできた日本料理の手法を学ぶ必要がある。そう思った川田氏は、勤めていた中国料理店を辞めて、日本料理「龍吟」の門を叩いた。
そこで学んだのは、日本料理の基本的な包丁技術から丁寧な下ごしらえ、さらには概念までと多岐にわたるものだった。働いている間に自然とからだに染み込んだ考え方、そして得た知識や技術に自分の中国料理の経験を融合させ、「茶禅華」開業時に「和魂漢才」という独自のテーマに辿り着いたのだ。
清らかで研ぎ澄まされた味わいは、緻密な計量、下ごしらえから生まれる
例えば、前菜で登場する「ボタンエビと鮑の紹興酒漬け」は、日本料理的な考え方を取り入れた料理だ。
柔らかく蒸し上げ、紹興酒をからめた肉厚の鮑に2つの異なるテクスチャーのボタンエビをのせているのだが、ぷりぷりとした食感と柔らかさをあわせ持つ頭のほうの身は大きくカット。少し固めで味が濃い尾に近い身はたたいている。大きめのカットはそのまま食べてもらい、尾に近い身は鮑のソース代わりにして食べる趣向。
ひとつの食材の部位によって適切な処理をし、違う食べ方を提案するのは極めて日本料理的な考え方。ボタンエビを氷じめにしたものを2日間ほど寝かせ、甘みととろりとした食感を出すのも日本的な食材の処理の仕方だろう。その甘みと風味と食感を活かすために、ゲスト到着の2時間半前に紹興酒に漬ける。
こうすることで、中国料理の味わいながらも、ボタンエビが本来持つ繊細な美味しさを最大限に引き出している。
コースにはもちろん中国の伝統的な料理も登場する。しかし、こちらもそのままではなく川田氏が“日本で作るなら”という視点で再解釈している。
例えば、スペシャリテの「佛跳牆」という“仏様があまりの美味しさに跳んだ”という意味を持つスープ。これは、もともと福建省発祥の蒸しスープといわれており、干し鮑、ふかひれ、なまこ、魚の浮袋、干し貝柱などの高級乾物を壺の中に入れ、蒸して作る。具材などの決まりは特にないそうだ。
川田氏は、日本特有のジビエや乾貨を含む27種類の食材を使用。特筆すべきは塩などの調味料は一切使わないこと。0.1g単位で各食材を計量しながら、食材が持つ塩分やうまみ、香りをパズルのように組み合わせながら味を作っていく。
このスープは毎日試作し、味を確認し、配合を決めてから食材をカットする。季節によっても、食材の状態によっても計量は微妙に違う。その緻密なハードワークから生まれるスープは、複雑で奥行きがあるのに雑味がない。これだけの食材が一同に入るのに、完璧な調和を奏でていることに驚くだろう。
伝統料理を進化させたものという点でいえば、今や店の顔ともなっているスペシャリテ“雲白肉”は川田氏の自由な発想が光る料理だ。
「もともと『雲白肉』は四川発祥の料理。ゆでた豚肉にニンニクの効いたタレをかけて食べる味の濃い料理でした。それを日本できゅうりとあわせ、広めたのが『四川飯店』です。私自身、豚肉の脂をきゅうりでさっぱりと切るようなこちらの雲白肉が大好きです。でも、自分なりの雲白肉を考えてみようと思いました。ある時、スポンジのように脂を吸うナスなら豚肉の美味しさの背中を押すような食材になってくれるのではと思いあわせてみたんです。これがハマりました」と川田氏。
厚さ1mm程度の薄さにカットし蒸したナスと豚肉は、あわせて食べると、まるで上質なシルクのような舌触りに驚く。
この繊細な味の肝は、見事な包丁技と火加減にあり。美しい飾り切りは“鳳尾”という中国の包丁技術を使ったものだそうだ。薄く、均一にカットされたナスと豚肉は、鳳凰の羽のように美しく並べられ、せいろで蒸してからテーブルに運ばれる。火の通り方で味わいが変わるため、キッチンに近いテーブルと、奥のテーブルでは加熱時間を変えるなど、きめ細やかに心を配って調理されている。
茶禅華の世界感があふれるティーペアリング
創意工夫は料理だけではない。多くのゲストが楽しみにしているティーペアリングも、料理と同様自由な発想で楽しませてくれる。
提供されるのは中国茶、日本茶、台湾茶。そのお茶が持つ個性とあわせる料理がどう共鳴するのかをイメージして、お茶を淹れる温度や、淹れ方、器、見た目にも細かくこだわるのだそうだ。
この日記憶に残ったジャスミンの花のお茶は、静岡の農家から届いた生のジャスミンの花で作られていた。一輪挿しのようなガラスの器に福建省のジャスミンパールという茶葉を3粒。そこにジャスミンの花を一輪入れてお湯をそそぐと、ふわっと花の香りがたちのぼる。一口飲むと、その爽やかな花の香りとお茶が持つ香りと甘みがかすかに溶け合い、一瞬にして桃源郷にいるような気持ちになる。
ティーペアリングはお茶のみで構成されたもの以外に、ワインとあわせたミックスペアリングもある。お酒好きの方にもぜひ、一度はミックスペアリングを試してみてほしい。「茶禅華」の世界をより立体的に感じることができるだろう。
川田氏が思う、自身の料理の未来
本場中国の料理を“中国料理”というが、そもそも中国料理は広大な大地と長い歴史の中で、それぞれの地方の素材や文化、気候、地理的条件などとゆるやかに融合しながら、各地方で独自に発展してきた。
それを思えば、大陸から日本に渡った中国料理が一人の日本人の料理人の情熱と感性によって独自に進化し深化してきた「茶禅華」は、新しい“日本の”中国料理のカタチであることは間違いない。今やダイナミックで雄大な中国の風と、繊細で細やかな日本的な感性が融合した料理を学びたいと、本場中国の若い料理人から問い合わせが入ることも多いという。
かつて、シルクロードでは西から東、東から西へ人や文化が交流する中で異国の文化に刺激を受けながら、双方の国の文化は発展していった。まさに今「茶禅華」では現代のシルクロード的な交流が生まれているのだ。
進化は、目標にすれば浅くなる。もっと深い部分での学び、気づきを突き詰めていく先の結果として進化できればいい。そう川田氏は話す。
「最近、日本語についてよく考えるんですよ。中国から伝わった文字がさまざまな変化を遂げて今の日本語になりました。これから先、日本語はどのように変化していくんでしょうね。料理についても改めて日本と中国の伝統、現在、未来の3つの時間軸に思いを巡らせながら、今までにない品質や料理の深い意味合いを考えていきたいです」。
茶禅華
住所:東京都港区南麻布4-7-5
電話番号: 050-3188-8819(予約専用番号)
営業時間:16時~(最終入店19時30分)
定休日:不定休
URL:https://sazenka.com/