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(c)Kenta Yoshizawa

パリと東京、2人のミシュラン三つ星シェフが表現する“新時代のフランス料理”とは

パリ8区にあるパラスホテル「ル ブリストル パリ」(Le Bristol Paris)が創業100周年を迎えた。それを記念し、ホテルに入るミシュランガイド三つ星レストラン「エピキュール」(Epicure)のM.O.F(フランス国家最優秀職人章)受章シェフ、アルノー・ファイ氏が来日。同じくミシュランガイド三つ星に輝くレストラン「ロオジエ」(L’Osier)にて、期間限定のコラボレーションを行った。パリと東京、それぞれの都市で歴史を受け継ぎ、未来へつなげていく偉大なる2人のシェフたちは時代をどう捉えているのか。フランス料理の“今”を取材した。

Edit & Text:Misa Yamaji (B.EAT)

日仏三つ星、銀座での特別な饗宴

2025年11月。銀座の「ロオジエ」で特別なランチ&ディナーの会が行われた。

パリのパラスホテル「ル ブリストル パリ」の創業100周年を記念し、同ホテルのレストラン「エピキュール」のシェフが来日。フランス国外で唯一となる特別な美食のコラボレーションが実現したのだ。

会場となった銀座の「ロオジエ」。
(c)Kenta Yoshizawa

2人のシェフたちがどんな饗宴をしたのか、を語る前に、それぞれの店について少しご紹介したい。

ロオジエは1973年、銀座に創業した日本を代表するグランメゾンだ。資生堂グループが運営し、「美しい生活文化の創造」を、食を通じて体現する場として長年愛されてきた。店名の“Osier”(柳の意味)は、銀座の柳に由来する。

現在のエグゼクティブシェフはオリヴィエ・シェニョン氏。ガラスと光を基調にした吹き抜けのドラマティックなダイニング、格式あるサービス、そして季節の厳選素材を使ったコース料理で知られ、「ミシュランガイド東京」で8年連続三つ星を獲得と、高い評価を維持しつづけている。

パリきってのファッショナブルな通り“フォーブル・サントノレ”に面した「ル ブリストル パリ」。

「エピキュール」はパリ屈指の老舗ホテル、「ル ブリストル パリ」の中のレストランだ。美しい中庭を望むダイニングは、豪華なパラスホテルの中でも、突出してエレガントな雰囲気。2009年から16年連続ミシュランガイド三つ星を取りつづけていることからもわかるように、料理の実力もフランストップクラスのグランメゾンだ。

シェフを務めるのは、アルノー・ファイ氏。2024年5月に新しくシェフに就任したこの人物はM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)保持者でもあり、店を受け継いでからすぐにミシュランガイドの三つ星を見事キープした。

「ロオジエ」のシェフ、オリヴィエ・シェニョン氏(左)と、「エピキュール」のシェフ、アルノー・ファイ氏(右)。
(c)Arisa Tanaka

そんなフランス、日本を代表するグランメゾンのシェフが、ともにひとつのコースを作り上げるのは今回が初めて。

日本に住んで18年のフランス人シェフ、シェニョン氏と、フランスでずっと腕を磨いてきたファイ氏。素材の扱い方、組み合わせ方などアプローチは違うものの、料理への向き合い方には“共通項”と“違い”がはっきりとしていることが興味深い。

2人を結ぶ“素材への敬意”

2人に共通するのは、素材へのリスペクトとライトな味わいだ。

先人たちがつないできた伝統的なフランス料理のある種の“型”からは飛び出して、より素材の味わいを引き出す工夫や技術が光る。2人とも口を揃えて「自分たちの仕事は、何より素材をきちんと活かすことだ」と語る。

今回の特別なイベントの実現にむけて、1年半前から話をしてきた2人。
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例えばシェニョン氏の甘鯛の一皿。
甘鯛の身はしっとりふっくらと焼かれ、鱗はカリッと仕上げている。ソースや付け合わせに生姜をアクセントにしているが、甘鯛に纏わせたソースはとても繊細だ。甘鯛特有の魚の香りや繊細な味を損なわないようにふわりとさわやかな香りを活かすだけに留めている。一方、にんじんのピュレの付け合わせには生の角切りを忍ばせて鮮烈な香りと辛みで口をさっぱりさせる。

日本に18年住む、シェニョン氏ならではの食材へのアプローチだ。

シェニョン氏の「L’AMADAI D’UWAJIMA 宇和島産甘鯛 鱗のクリスティアン、ジンジャーソース」。鱗をパリッと焼き上げた甘鯛に生姜の風味のソース。付け合わせは、ヤーコンの上にウニをのせたもの、薄くカットされたイカとにんじんを巻いたもの。包丁の技にも日本からのインスピレーションを感じる。
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ファイ氏の「ブルーオマール」の料理もまた、印象深かった。オマール海老自体の塩加減がとても繊細で、もっと強く塩を当てるシェフも多い中、非常に上品な塩味だった。そのおかげで、ソースやかぼちゃのバリエーションの香りと甘み、海老の香りがより際立っている。

「オマールは海の食材なので、もともと塩味と甘みを持っています。塩を当てすぎると甘みが消えてしまうため、素材の塩味を活かすように意識しています」とファイ氏。

ファイ氏の料理「HOMARD BRETONブルターニュ産オマール海老 バターナッツと柚子 マリーゴールドのヴィネグレット」。シンプルに仕上げたオマール海老に添えているのはさまざまに調理されたかぼちゃ。ソースは、タジェットというマリーゴールドのようなハーブと柚子を使ったさわやかなもの。
(c)Kenta Yoshizawa

2人とも「素材感」を大切にしている料理でありながら、印象はまるで違う。
シェニョン氏の皿からは、日本的な情景が立ち上がるような感覚があった。ビジュアルだけでなく、風味や香りの出し方も含めて、日本の風土や空気が感じられる。一方で、ファイ氏の皿は、同じく日本の食材を使いながらも「フランス」を強く感じる表現で、その対比が面白い。どちらの料理も、素材本来の香りやテクスチャーを活かしつつ、その引き出し方にそれぞれの個性と文化が表れていた。

シェニョン氏の一皿「LA CÔTE DE VEAU DE BRETAGNE ブルターニュ産仔牛 クリーミーな黒と緑のラビオリ、白トリュフのラペとジュ・マルブレ」。
仔牛の下にしのばせたスイスチャードは、オニオンフォンデュを挟んでいる。
(c)Kenta Yoshizawa

今は、本質だけを研ぎ澄ませていく

フランス料理には、先人たちが受け継いできた深い歴史がある。今回の2人の料理は、いずれもフランス料理の伝統のバターたっぷりなリッチなソースや伝統的なレシピは使われていなかったことが印象に残った。それを“今の時代のフランス料理を意識してのことか”と聞くと、“コース全体がライトになっている傾向は確実にある”と認めたうえで、自分自身や周りの変化が一番大きいと2人は語る。

「加えて若い頃は『こういうこともできる』『ああいうこともできる』と、さまざまな技術や要素を重ねた“足し算の料理”に惹かれていた」と語るのはシェニョン氏。年齢を重ねるにつれ、『エッセンシャルなものがあれば、それだけで美味しい』という考え方に変わってきたのだという。今は『足し算から引き算』へ。余計なものを削ぎ落とし、本質だけを残す方向に向かっていると分析する。

ファイ氏とともに仕事をし、刺激を受けたと語るシェニョン氏。
(c)Kenta Yoshizawa

一方、「昔のソースはこうだった、だから今こうしなきゃということは考えていない」と話すのはファイ氏。「自分が作り出す料理は、自分のすべての経験から生まれたものでしかないです。クルマと一緒ですよね。昔のクルマと今のクルマは違うじゃないですか。そこには新しいテクノロジーが入ってくるわけで、時代とともに作られるものは自然と変わっていきますよね」と続けた。

初来日したファイ氏。同じ食材でも日本のものとパリのものでは食感や味わいが違うことを発見したと語る。
(c)Kenta Yoshizawa

今、富裕層の嗜好を表現する「クワイエット・ラグジュアリー」という言葉が浸透しつつある。派手な演出や見せびらかしではなく、本質への深い理解と、細部への揺るぎない配慮。そして長い時間をかけて築かれる信頼・・・。それらが、今の時代に求められている贅沢という意味だ。

実際、今回来日した、「ル ブリストル パリ」の広報担当者も、最近の宿泊者の兆候として“クワイエット・ラグジュアリー”を大切にしていると指摘。「今の超富裕層は、どんな贅沢なものを見ても驚かない。そうした人びとが本当に求めているのは、わかりやすい贅沢なものや演出としてのラグジュアリーではなく、親密な関係性、心地よいつながりです」とその変化を語る。

キッチンでも息がぴったりの2人のシェフ。
(c)Arisa Tanaka

この変化の波は、料理界にも確実に押し寄せている。

わかりやすい派手な演出や、高級食材だけを全面に出す時代はひと昔前。ゲストのために文字どおり走って集めた季節のピンの食材を活かし、自由に料理することこそが「ご馳走」、というのは今回の2人のシェフの料理からもはっきりと感じられた。

実際、ファイ氏が重要視しているのは季節の移ろいだ。「私は、旬の野菜からまず料理を発想します。たとえば、アスパラガスやシャンピニオンが入荷したら、それに合わせる魚や肉を考える、という順序ですね。季節に沿った料理を出すこと、使用する食材の品質。それが、私がもっとも大切にしていることです」と話す。

むろん、こうした料理に重要なのは一つひとつの食材の質。ゆえに食材の選び方もひと昔とは違う。2人が大切にするのは鮮度や、その食材がどのように作られているかという背景だ。ファイ氏は、野菜はほぼパリ近郊のものを使用し、シェニョン氏は自身が推奨する“マイクロバイオーム農法”*を使った生産者のものを積極的に購入している。
*マイクロバイオーム農法とは、土壌や植物に共生する微生物(マイクロバイオーム)の力を活用して、化学肥料や農薬に頼らずに有機栽培を行う方法。

「フランス料理が活力を保ち、時代に適応しつづけるためには革新が不可欠です。伝統に敬意を表しつつ、私の料理のDNAでもある地中海的背景とパリの多様な食材を融合させることで、パリの豊かな美食文化や伝統を称えるメニューを作り上げていきたいと考えています」とファイ氏。

グランメゾンらしい華やかな雰囲気が漂う「ロオジエ」。
(c)Kenta Yoshizawa

シェニョン氏もまた「伝統があるから今がある。けれど、ゲストは常に変化を求めている。変化を楽しみながら自由に料理をしていきたいです」と答えてくれた。

伝統を踏まえても進化の歩みを止めない。派手さで驚かせるのではなく、細部への配慮の積み重ねで、顧客に深い満足と信頼を生み出す。それは、どんなものづくりのジャンルにも共通する、今の時代の人の心を動かす核心といえるだろう。

2人の偉大なシェフが作る季節を繊細に写し、食材の本質を突き詰めた料理は、現代のフランス料理のあり方を示唆している。

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