クルマと時計に精通するジャーナリストが解き明かす
ロレックス「コスモグラフ デイトナ」。その輝かしい歴史とたゆまぬ進化、栄光のエピソードを辿る
カリスマ的な人気を誇っているロレックス「コスモグラフ デイトナ」。そもそも、どんな特徴をもつ時計なのか。特にクルマ好きから熱烈な支持を受けている理由はどこにあるのか?クルマと時計、それぞれに精通する人気ジャーナリストの数藤 健氏が、その魅力の秘密を掘り下げる。
Text:Ken Sudo
Edit:Shigekazu Ohno(lefthands)
サーキットから生まれた伝説の時計
「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」。これほど長い正式名をもつ時計は珍しい。1960年代の発表以来たゆまぬ進化を続け、世界中で高い評価を得ている稀有なモデルでもある。その名声にはさまざまな然るべき理由があり、「いつかこの手に・・・」と憧れるにふさわしい銘品といえる。
ロレックスが、プロのレーシングドライバーのための斬新なクロノグラフ「コスモグラフ」を発表したのは1963年のこと。同社が考案したユニークな名前をもつこのモデルは、当時はライトカラーのダイアル(文字盤)にブラックのカウンター、またはブラックのダイアルにライトカラーのカウンターという、強いコントラストをなすダイアルを採用していた。
また、クロノグラフの秒針を利用して一定距離の平均速度を計測する「タキメーター」は、ダイアルではなくベゼル上に刻まれていた。機能性を重視したこれらの特徴・新機軸により、クロノグラフ機能の視認性が画期的に向上した。
名称の由来と変遷
1965年には、オリジナルモデルが採用していたポンプ式プッシャーの代わりに、ねじ込み式のクロノグラフプッシャーを採用したコスモグラフが発表された。ねじ込み式のプッシャーは誤操作・誤作動を防止し、ケース内への水の浸入を防ぐ。防水性能向上の証しとして“Cosmograph”に加え、“Oyster”の文字がすべてのダイアルに記されるようになった。
この新しいクロノグラフの発表後まもなく、ダイアルに“Daytona”の文字が加えられたモデルが登場。当初は米国市場向けの時計のみに入れられていた。この文字は、オフィシャルタイムピースを務めるロレックスと、フロリダ州デイトナビーチの「デイトナ・インターナショナル・スピードウェイ」との関係を示し、モータースポーツ界との密接な関係を構築するためにロレックス米国支社の依頼により加えられたという。
やがて、すべてのコスモグラフのダイアルに“Daytona”の文字が刻まれるようになり、現在のモデルでは6時位置のカウンターの上部にレッドで弧を描くように刻まれている。
ムーブメントの進化
1988年、それまで手巻きだったコスモグラフ デイトナに自動巻ムーブメントが搭載された。新しい「キャリバー 4030」は、可変慣性をもつテンワを備えた振動子、精度調整を可能にするマイクロステラナット、ブレゲオーバーコイル・ヘアスプリングのほか、1931年にロレックスが開発したパーペチュアルローターの自動巻モジュールも搭載していた。
このムーブメントはスイス公認クロノメーター検査協会(COSC)のクロノメーター認定を受け、その優れた精度が証明され、ダイアルに“Oyster Perpetual Cosmograph Daytona”に加えて“Superlative Chronometer Officially Certified”の文字が刻まれるようになったのである。
2000年には完全自社設計・製造の自動巻クロノグラフムーブメント「キャリバー 4130」を新搭載する。クロノグラフ機能への動力伝達に従来の水平クラッチではなく垂直クラッチを採用。この新方式は上下に重なった2枚のディスクが直接、摩擦接触することによりともに作動するという原理に基づいており、プッシャーが押されると同時に、クロノグラフ秒針をスムーズかつ正確にスタート/ストップさせることができる。また、長時間にわたりクロノグラフ機能を使用しても腕時計の精度には影響しない。
新ムーブメントに導入されたパラクロム・ヘアスプリングは、優れた耐振動性によりムーブメントの精度を大きく向上させた。耐磁性に優れ、温度変化にさらされても高い安定性を保ち、日常的に時計が受ける何千回もの小さな衝撃を吸収でき、従来のヘアスプリングに比べ10倍もの精度を実現している。2023年には、エネルギーロスの低減や衝撃吸収性向上や自動巻性能の強化などを実現した新しい「キャリバー 4131」に進化している。
モノブロック セラクロムベゼル
プラチナやエバーローズゴールドなどの新素材ケース、メテオライト(隕石)などの新ダイアルの導入が行われ、ますます魅力を増すコスモグラフ デイトナ。近年の外観上の大きな進化としては、先端技術を駆使した滑らかで光沢があるブラックセラミックの「モノブロック セラクロムベゼル」の導入が挙げられる。
このセラミック製ベゼルは非常に硬質で耐傷性に優れ、腐食・退色しにくく、視認性がさらに向上した。セラミック製ベゼルを備えたコスモグラフ デイトナは、2011年に発表され、2025年にも新作が数モデル発売されている。なお、オリジナルモデル同様にケースと同素材の金属製ベゼルを備えたモデルや、ベゼルにダイヤモンドなどの貴石をあしらったモデルも発表されている。
デイトナビーチとモータースポーツ、そしてポール・ニューマン・・・
米国の“Daytona”についてふれておこう。フロリダ州のデイトナビーチは、米国のモータースポーツの歴史的な中心地。1903年からフラットな砂浜やその周辺でレースやタイムトライアルが開催され、数多くの世界記録が誕生した。
1959年落成のデイトナ・インターナショナル・スピードウェイは、米国の名門レーストラックのひとつだ。1962年に開催された第1回「デイトナ・コンチネンタル」以降、優勝ドライバーにはトロフィーとともにロレックスの腕時計が贈られている。
ロレックスは同スピードウェイのオフィシャルタイムピースであり、フランスのル・マン24時間と並び称される、北米唯一の24時間耐久レース「Rolex 24 At DAYTONA(R)」のタイトルスポンサーも1992年から務める。毎年、このレースの優勝ドライバーには「コスモグラフ デイトナ」が贈呈されている。
最後に俳優と時計のエピソードを紹介しよう。1969年、ポール・ニューマンは、デイトナの地も舞台の一部とした映画『レーサー』(原題:Winning)で、レーシングドライバー役を演じた。それをきっかけにモータースポーツに夢中になり、俳優のキャリアを一時中断してレーシングドライバーに専念。1979年にル・マン24時間レースで2位になっている。
のちに社会起業家の先駆者としても知られることとなった彼は、『レーサー』の撮影開始前に妻から贈られたコスモグラフ デイトナを長く愛用した。そのケースバックには、「DRIVE CAREFULLY ME」(安全運転を)という言葉が刻まれていた。
プロフィール
数藤 健(すどう けん)/ビジネス誌『週刊ダイヤモンド』で1998年からバーゼル/ジュネーブの時計見本市取材を開始。新潮社『ENGINE』編集部に2003年~2009年に在籍。その後『地球の歩き方』MOOK/Web編集長などを経て2021年に独立。2023年から『ENGINE』誌コントリビューティング・エディターとして時計担当を務める。独立後はほかにも『芸術新潮』『文春オンライン』『Webクロノス』などの媒体で記事を執筆。時計取材歴27年。
