
医師もすすめる“酔わないお酒”
ノンアルコール飲料最前線。ドライバーに嬉しいだけでなく、健康志向の人たちからも注目を集める第三の飲み物
ノンアルコール飲料の市場は、今や2010年の約6倍にまで拡大。かつてはドライバーが“仕方なしに飲む”代用品であったものが、今では「酔わずに食事を美味しく楽しみたいから」「健康を気遣っているから」「スポーツのあとでもヘルシーに飲みたいから」といったポジティブな理由によって、選ぶ人が増えているという。今回はノンアルコール飲料のメリットを医師に聞き、どう取り入れていくべきかを考える。
Text:Shigekazu Ohno(lefthands)
ノンアルコール飲料がくらしを変える、健康を変える
今、ノンアルコール飲料が、お酒を「飲む」「飲まない」に加わる3つ目の選択肢として、あるいは「お酒」「ソフトドリンク」に次ぐ第三の飲み物として、ドライバーはもちろん、それ以外の多くの人たちからも前向きに受け入れられてきている。
背景はさまざまで、例えば医療分野では、国の飲酒ガイドラインを実践へと導くものとして減酒治療での活用が進んでいるほか、スポーツの分野では、スポーツ用品メーカーが「運動後にご褒美として飲みたくなる」ものとして開発したノンアルコールビールが話題になっている。他方、グルメの分野では、酔いによって味覚を鈍らせることなく食事を楽しめるようにしてくれるものとして、ノンアルコール飲料をペアリングするレストランも登場。私たちのくらしを、多方面で変えつつあるのだ。

「健康の面で言えば、ノンアルコール飲料はアルコール飲料よりも、そして砂糖を多く含んだジュースなどのソフトドリンクよりも明らかに健康によく、しかもドライバー以外にも健康を気遣うすべての人が楽しめるものとして、おすすめできます」
そう話すのは、独立行政法人 国立病院機構 函館医療センター 総合診療科部長の小野江和之氏。自身も愛飲家であり、食通であり、ハンドルを握るドライバーでもある医師が、今回、健康面からノンアルコール飲料のメリットや取り入れ方を教えてくれた。

まず考えたいお酒のメリット・デメリット
「日本では長らく“酒は百薬の長”という言葉が格言のように語られてきましたが、からだの健康面だけで言えば、やはり飲まないにこしたことはありません。今さら言うまでもありませんが、アルコールには肝障害、睡眠障害、うつ病、高血圧、動脈硬化、そして脳神経へのダメージなど、人体に与えるさまざまな悪影響があるのですから」
それでも「美味しい」「楽しい」から飲むというのが人間であり、「人生における喜びのひとつであり、文化でもある」という考え方から、小野江氏自身も愛飲家を自負しているという。
「人生は有限。健康にいいといわれていることをすべて実践すれば、500歳まで生きられる――、とは残念ながらなりません。ストイックを貫き、ただ長く生きるよりも、ときには酒と薔薇もある人生を“豊かに生きる”という価値観もあります」

「だったら、アルコールのデメリットも理解したうえで、メリットの部分――例えば、交感神経の過度な働きによって感じているストレスや緊張を緩和させ、ほんわかと和やかにリラックスさせる作用を、ときに“利用する”のも、たまにはよしとしてもいいのではないでしょうか」
実際、心筋梗塞の患者には、性格や行動タイプ的に“競争的で、苛立ち気味で、せっかち”の人が多いという研究結果が、世界的にもよく知られているというが(*米Western Collaborative Group Study研究)、そんな人には、たまに飲む“一杯の美味しいお酒”が張り詰めた精神を弛緩させ、結果として致死の病を遠ざける役に立つこともあるのかもしれないと小野江氏は語る。

「お酒は例えからだによくないものだとしても、心を和ませ、人と人とのコミュニケーションをよりスムーズにする効果があります。そうしたメリットも理解したうえで、改めてですが、もしもお酒を飲むならば、その量や頻度も含めた飲み方の見直しをしてみませんか。
そもそも我々アジア系のモンゴロイド特有の遺伝的性質として、体内に入ったアルコール(アセトアルデヒド)を分解する酵素ALDH2の活性が低い人が、40%以上を占めています。そういう人たちにとっては、アルコールはさらに危険性の高いものとなっていることを知ってほしいですね」

「そのうえで、いくらお酒が好きだとしても、そしていくら人生が有限だとしても、死ぬ前に苦しい闘病生活を経験したい、あるいは突然死によって周りの大切な人たちを悲しませたいという人はいないはずですから、週に最低でも2日以上の休肝日を設けるほか、できれば飲酒自体を“日常習慣”ではなく、もっと“特別なご褒美ごと”にしてほしいと思います。習慣的に毎日飲んでいる人は、週末や人との会食などの“特別な嬉しい日”以外は、お酒ではない飲み物の選択肢も取り入れることをおすすめします」
「健康のためのノンアルコール飲料」という新たな考え方
すでにお酒が好きな人たちの間でも、健康面に対する前向きな意識の高まりから、自主的にノンアルコール飲料を飲み始める人が増加しているという。
「かつては、朝までどれだけ飲んだかを誇るような酒豪伝説的な価値観が存在していましたよね。でも今の時代、特にエグゼクティブ層の間でこそ、早寝早起きをして、ジョギングをしたり、ジムでワークアウトする方がクールだという考え方が広まっています。そんな人たちが率先して飲み始めたのが、味も中身も進化したノンアルコール飲料なのでしょう」と小野江氏は語る。

実は、筋トレ後にアルコールを摂取すると、利尿作用によって脱水症状を引き起こす危険性があるほか、せっかくのトレーニング効果としての筋肉の合成が、最大で30%も低下してしまうという。男性ホルモンの一種であるテストステロンの分泌が、アルコールの影響で抑制されてしまうからだ。そうした事実はすでに広く知られていて、健康に関心の高い層の間では、自発的にノンアルコール飲料への移行が進んだといわれている。
面白いのは、そこに着目した商品もあるということ。国内の大手スポーツメーカーは、ビールメーカーと共同で「トレーニング後に飲むためのノンアルコールビール」を開発。頑張ったご褒美としてのビールは飲みたい、かつ適切なトレーニング効果も得たいというニーズを捉え、売り上げを伸ばしているようだ。
グルマンにもドライバーにも嬉しい
またグルメ業界でも、新たなムーブメントが起きている。もともとはコロナ禍の緊急事態宣言を受けて、飲食店でのアルコール提供を禁止する措置が取られたことを発端に広まったのが、ノンアルコールワインやノンアルコールビール、そしてモクテル(ノンアルコールカクテル)であった。
そもそもは「飲めないから、せめて色形や気分だけでも」――という消極的な理由によって出回ったものであり、代替品として「渋々」飲んでいたものが、そのうちに「酔わないから、食べ物の繊細な風味や味わいが楽しめるようになった」「翌日が楽になった」「酔って飲みすぎない、食べすぎないから、自然と節制につながった」といったポジティブな声も聞かれるように。

また、もとからお酒に弱い人やドライバーにとっては、それまでの「水かソフトドリンクか」といった乏しい選択肢が広がり、ワインなどのお酒と同様に、食事との「ペアリング」という新たな楽しみ方もできるように。最近ではノンアルコール飲料とは別に、お茶とのペアリングというスタイルも人気を広げているという。
より豊かな人生のために。自分なりの新しい飲み方を考えてみる
ここまでお酒とノンアルコール飲料の考察を行ったあとで、小野江氏は総括として、こう語ってくれた。
「アルコールはからだによくないから、一切飲むのをやめましょう――というのは、あまりに教条主義的で厳しすぎます。私たちのくらしには生きる喜びや、ちょっとしたご褒美のようなものも必要だからです。
『健康によくないから我慢しなさい』と頭ごなしに言ってしまうと、それが新たなストレス源にもなってしまいます。けれども『飲む』『飲まない』だけでなく、その間を、新たにノンアルコール飲料が埋めてくれるようになってきました。
飲食店でも扱うところが増えてきているから、例えば乾杯用の1杯目と、場合によっては、よりリラックスするための2杯目まではお酒にして、3杯目からはノンアルコール飲料にするというようなハイブリッドな飲み方ができれば、悪酔いすることを避けられるだけでなく、食事もより美味しく楽しめ、愉快で有意義な会話もできるようになるかもしれません」

「そして、日々のくらしにノンアルコール飲料を取り入れて、飲む日を減らすことで、ひいてはトータルでの飲酒量を減らすことができます。飲むにしても、総摂取量やペースを意識してみる。するとどうなるか――? 結果的に健康寿命が延びて、お酒を美味しく飲める飲酒寿命と、ドライブをいつまでも楽しむための運転寿命を延ばすことにもつながるのです」
いつまでも健康に、そして豊かに生きるために。遅すぎるということはないのだから、飲酒におけるサステナビリティについても、ここでひとつ考えてみてはいかがだろうか。
小野江和之氏
医師、医学博士。1996年、北海道大学医学部卒。道内外で内科医として診療に邁進する日々ののち、医療を取り巻く情勢の変化やさまざまな体験から一念発起。2007年、北海道大学ロースクールへ進学。子連れ学生であったため、修習期間中の資金確保目的で、2009年、休学して外務省へ入省、中米ホンジュラスへ赴任。2011年、帰国を果たすもロースクールを自主退学。札幌市内の医療機関勤務を経て、2024年より独立行政法人国立病院機構 函館医療センター 総合診療科部長を務める。