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ロマネ・コンティが世界最高峰のワインといわれる理由

「ロマネ・コンティ」は、世界でもっとも高価な赤ワインとして知られている。その理由は、年間わずか数千本しか生産されない希少性に加え、ブルゴーニュ特有の地勢や土壌、歴史的背景、そして限られた流通経路といった複数の要素が複雑に絡み合っているためだ。今回、ワインジャーナリスト・柳忠之さんが、その成り立ちから現在の市場価値に至るまでを整理しながら、偉大なるワインの本質をわかりやすく紐解いてくれた。

Text:Tadayuki Yanagi
Edit:Misa Yamaji(B.EAT)

ロマネ・コンティはなぜ高価なのか

「ロマネ・コンティ」。ワインにさほど関心のない人でも、一度はどこかでその名を耳にした覚えのある世界一高価な赤ワイン。ヴィンテージによって多少の差は生じるものの、直近の相場は平均450万円といったところだろうか。

ロマネ・コンティとはワインの名前であり、ブドウ畑の名前でもある。フランス中東部のブルゴーニュ地方。コート・ドール=黄金の丘と呼ばれ、珠玉の銘醸畑が連なる丘陵地にヴォーヌ・ロマネという村があり、この村の斜面中腹に位置するわずか1.8ヘクタールの小さなブドウ畑がロマネ・コンティである。

そもそも、たかが1本のワインになぜ法外なまでの値が付くのか。その理由は3つある。ひとつは歴史的な神秘性と名声、もうひとつは神に祝福された自然条件、そして最後に市場原理だ。

太陽王ルイ14世(1638年~1715年)の持病の治療に、侍医ファゴンが毎日スプーン一杯のロマネ・コンティを飲ませていた・・・というのは単なる逸話に過ぎないが、ルイ15世(1710年~1774年)の寵姫であったポンパドゥール夫人(1721年~1764年)が当時「ロマネ」と呼ばれていたこのブドウ畑を欲しがり、コンティ公ルイ・フランソワ・ド・ブルボン(1717年〜1776年)と熾烈な所有権争いを繰り広げたことは事実である。

コンティ公が前所有者のアンドレ・ド・クローネンブールに支払った金額は9万2,400リーヴルで、これは近隣の銘醸畑の10倍に相当した。当時すでにロマネのワインはほかの銘醸畑のワインの5~6倍の値で売られていたという。

なぜコンティ公が大金を払ってまでこのブドウ畑を欲したのかといえば、理由は単純。ほかのワインよりも優れ、高値の付くロマネを独り占めしたかったからである。

コンティ公がロマネを手に入れたのは1760年。公爵領の名前をハイフンで結び、「ロマネ・コンティ」と呼ばれるようになったのは、フランス革命でコンティ公の所領が没収され、民間に売却されることになった1794年のこと。

紛らわしいことに、今日、ロマネ・コンティの上には「ラ・ロマネ」という、ロマネ・コンティよりも小さなブドウ畑があるが、これはかつて「オー・ゼシャンジュ」と呼ばれていた区画。所有者のルイ・リジェ・ベレール将軍が1827年にラ・ロマネと改名、登記したもので、ロマネ・コンティとは何の関係もない。

歴史が育んだ“神に祝福された土地”

もう少し歴史を遡ることにしよう。ロマネ・コンティのブドウ畑をいつ誰が開墾したかは定かでないが、13世紀にサン・ヴィヴァン修道院の所領となったことは明らかだ。この修道院が所有するブドウ畑のうち、「クルー・デ・サンク・ジュルノー」と呼ばれる区画と小道を挟んで隣接する3ウーヴレ(1/8ヘクタール)の区画が今日のロマネ・コンティに相当する。16世紀にクルー・デ・サンク・ジュルノーは「クロ・デ・クルー」と呼ばれるようになり、クローネンブール家が所有者となった17世紀半ばに「ロマネ」と名が変わった。由来に関しては不明である。

ところで、ブルゴーニュ地方はしばしば「神に祝福された土地」と呼ばれる。ロマネ・コンティのブドウ畑は、唯一無二のワインを生み出すことからまさにこの言葉がふさわしい。

フフランス人の好む言葉に「テロワール」がある。日本語で「風土」とよく訳されるが、少しばかりニュアンスが違うと思う。テロワールとは限られた土地を取り巻く自然条件を指し、気候、土壌、地勢などを包括的にまとめた言葉である。しかし、気候、土壌、地勢などを客観的に調べて数値化しても、それがワインの風味にどう影響するのかを突き止めるには至っていない。とはいえ、ロマネ・コンティのブドウ畑から世界最高の赤ワインが生まれる理由は、とりもなおさずこのブドウ畑のテロワールが類まれなほど優れているからにほかならない。

ではロマネ・コンティのテロワールとは?まず地勢的な話をすると、ブルゴーニュの銘醸畑は朝陽の当たる東向き、標高250~300メートルの斜面中腹に連なっている。ロマネ・コンティもその例にもれず、有名な十字架がある一番低い場所で260メートル、一番高いところで275メートル。およそ5~6度の緩やかな傾斜だ。これは日当たり、そして水捌けの面で優位性が高い。

内陸に位置するブルゴーニュ地方の気候は、夏に暑く、冬は寒い半大陸性気候である。これはロマネ・コンティであろうと、より北にあるシャンベルタンであろうと変わりないが、丘の上方に茂る森から離れ、冷たい風が流れるコンブと呼ばれる小さな谷も近くにないので、ブドウの熟度を高めるうえで、ロマネ・コンティはより優れているといえる。

土壌はジュラ紀中期のバジョシアンの石灰岩を母岩とする粘土石灰質土壌。今から1億7000万年ほど前の地層だ。当時、この一帯は熱帯の海で小さな海洋生物の死骸が海の底に堆積し、石灰岩を形成した。それがアルプス造山運動で隆起し、ブルゴーニュ地方の土壌をなしている。

ロマネ・コンティの土壌はバジョシアンのウミユリ石灰岩を基盤とし、プレモーのピンクの大理石やコンブランシアンの白くて硬い大理石が混じり、さらに牡蠣殻を含んだ泥灰土がウミユリ石灰岩と大理石の間に層を作っている。

土壌の専門家はこの泥灰土層こそロマネ・コンティをロマネ・コンティたらしめる大きな要因と主張しているようだが、同じ土壌はシャンベルタンやクロ・ド・ベーズにも見られるので説得力に欠けると言わざるを得ない。土壌がワインに与える影響については、いまだブラックボックスのままだ。

年間生産本数わずか6,000本。限られた人しか手にできない理由。

今日、ロマネ・コンティのブドウ畑を所有するのはドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(略してDRC)であり、ド・ヴィレーヌ家とルロワ家による共同経営がとられている。ドメーヌは旗艦たるロマネ・コンティのほかにもヴォーヌ・ロマネ村を中心に珠玉の銘醸畑を所有する。

ラ・ターシュ(6.06ヘクタール)、リシュブール(3.51ヘクタール)、ロマネ・サン・ヴィヴァン(5.29ヘクタール)、グランゼシェゾー(3.53ヘクタール)、エシェゾー(4.67ヘクタール)、それにモンラッシェ(0.68ヘクタール)である。近年これにコルトン(2.27ヘクタール)とコルトン・シャルルマーニュ(2.8ヘクタール)が加わった。すべてグラン・クリュ、すなわち特級格付けのブドウ畑である。

1.81ヘクタールのロマネ・コンティのブドウ畑が生み出すワインの本数は、豊作の年でさえせいぜい6,000本に過ぎない。ボルドーのシャトー・ラフィット・ロッチルドが20万本以上も生産されることを思えば、驚くほどの少量だ。物理的にもまた法律的にも、ロマネ・コンティの面積を広げることは不可能なので、これ以上生産量を増やすことは厳しい。入手困難な所以である。しかし、エルメスのバッグ同様、入手困難と聞けば手に入れたくなるのが人の欲というものであり、転売ビジネスが横行する。21世紀に入って世界中に富裕層が増え、高級ワインは投機の対象になっている。

実はDRCが取り引きする代理店は国ごとに決まっていて、各国の代理店から売り渡される先もほぼ固定されている。市場で450万円の値が付くロマネ・コンティだが、代理店から得意先に売り渡される際の価格は日本円で数十万程度らしい。しかし、これまでフェラーリを一台も新車で購入した実績のない人が、フェラーリのスペチアーレ(記念モデル)を買うことができないのと同じように、一般の人が代理店に直接かけ合ってもロマネ・コンティを売ってもらうことはできない。カリフォルニアの高級ワインのようなメールオーダーシステムもないので、DRCから直接買うことも不可能だ。

したがって、どういう経路を通ってきたかは不明なまま、ネットショップに時折アップされるボトルを狙うか、オークションで競り落とすことになる。ただし、すべてとは言わないが、ロマネ・コンティのワインには少なからずフェイク、すなわち贋物が潜んでいることを忘れてはならないだろう。

ロマネ・コンティは美味なのか

さて最後に、誰もが気になって仕方がない疑問、ロマネ・コンティは本当に美味しいのか?

これまで1966年、1978年、1985年、1989年、1992年のロマネ・コンティを飲んだ経験から言えば、“人生を変えるほど美味しい”と言わざるを得ない。特に1966年のロマネ・コンティは部屋中が馥郁たるフレーヴァーに包まれ、街を歩いていても、仕事部屋にこもっていても、3日3晩その香りが脳裏から離れないほどだった。

著者プロフィール
柳 忠之(やなぎただゆき)

1965年神奈川県横浜市出身。ワイン専門誌「ヴィノテーク」記者を経て1997年に独立。以後はフリーのワインジャーナリストとして「Winart」や「WANDS」などの専門誌に執筆するほか「東京カレンダー」「GOETHE」「Esquire BBB」など一般誌にもワイン関連の記事を寄稿する。

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