
日々のくらしに輝ける瞬間(moment)を与えてくれるモノやコト
ナチュラルワイン入門
本物と呼ばれるモノやコトに触れて、心が震えたり、エネルギーやインスピレーションを得たように感じた経験は、誰もが持っているはず。ここでは、私たちの日常に輝ける瞬間(moment)を与えてくれるプレシャスなモノやコトを、その背景に潜む伝統や、そこに精魂を傾けてきた人びとのストーリーとともに紹介していく。
今回は、家族経営の小規模生産者から有名シャトーまでもが取り組み、トレンドにもなっているナチュラルワインをわかりやすく解説します。
Text:Kiyoshi Shimizu(lefthands)

格付けで高値のついた高級ワインへの
アンチテーゼとして注目を集めた名もなき生産者たち
ワイン産業に伝統を取り戻す
最近、「ナチュラルワイン」という言葉をよく見かけるようになった。
「オーガニックワイン」や「自然派ワイン」「酸化防止剤無添加ワイン」などさまざまな記載があって、選ぶのに迷う人も多いだろう。ナチュラルワインとは、一般的に化学肥料や除草剤・農薬などに極力頼らない栽培方法で育てたブドウを、酸化防止剤などの化学的な添加物を極力使用せずに醸造したワインのことをいう。ナチュラルワイン人気の背景には健康志向の高まりとは別の理由もあるという。そう教えてくれたのはワインジャーナリストの柳忠之氏だ。
「以前はパーカーポイントやボルドーの格付けなど、権威によって評価されたワインが高額で取り引きされ、ステータスとして飲まれていました。そのような高級ワインへのアンチテーゼとしてナチュラルワインが注目されたのだと思います。また、小規模ながら真摯にブドウに向き合う生産者を発掘するバイヤー、ジャーナリストが増え、それまで注目されていなかった産地のナチュラルワインにも注目が集まるようになりました。その土地の伝統的なブドウ品種を復活させ、気候風土や土壌などのテロワールに合った個性的なワインをつくっている生産者も多く、人気を集めています。
パーカーは人為的でインパクトの強いワインを好む傾向があったので、その反動として自然なワインを求める人が増えたとも考えられます」。
ナチュラルワインとひと口にいっても、オーガニックワイン、ヴァン・ナチュール、ビオディナミ、ビオロジック、リュットレゾネなどさまざまな呼び方があり、その違いを明確に線引きするのは難しい。とはいえ、それぞれ簡単に説明しておこう。
ビオロジック
英語でオーガニックワイン。
化学肥料および農薬を使用せず、遺伝子組換え技術を利用しない有機農法で栽培されるブドウからつくるワイン。ただし、ブドウを病害から守るために硫酸銅を含むボルドー液や硫黄を散布することは認められている。
ビオディナミ
別名バイオダイナミック。
有機農法をより発展させたもの。ドイツの哲学者、ルドルフ・シュタイナー(1861~1925年)が提唱する考え方に基づく農法で、月の満ち欠けなど天体の動きに合わせて農作業の日取りを決めるなど、自然の営みに則した独自の手法を用いるのが特徴だ。
土の中の微生物を循環させるためにトラクターではなく馬で耕す生産者もいる。農薬は使用しないが、土壌を肥沃にし、病害に対応し、害虫を防ぐのに「プレパレーション」と呼ばれるホメオパシーの特別調合剤が使用される。例えば、牛の角に牛糞を詰めて土の中で寝かせたものを水で薄めて撒いたりする。
この栽培方法は並大抵ではない労力が必要なうえ、その年の天候によって採用しないことがあるため、ラベルにはビオディナミ農法であることを表記しない生産者も多い。昔はごく限られた小規模生産者だけだったが、今ではロマネ・コンティ、ラトゥール、ラフィットなども実践し始めているので、一定の効果はあるのではないかと考えられている。
リュットレゾネ
フランス語でリュットは「戦い」、レゾネは「理性的」。農薬をできるだけ使わない減農薬農法でブドウを栽培する方法。
サステナブルな農法のひとつである。完全無農薬栽培は病害や害虫のリスクが高いため、ワインを安定して生産するために必要最低限の農薬は使うという考えで、フランスでは多くの生産者が取り組んでいる。



ナチュラルワインは目的ではなくあくまで手段。
アンナチュラルとの境界線も曖昧
ブドウ栽培と醸造は別
ナチュラルワインの定義を簡単に説明したが、その定義は難しく、生産者、バイヤー、ソムリエのようなプロに聞いても解釈が異なることも多い。また、ここで説明したのはあくまで原料であるブドウの栽培方法に限った話。ナチュラルワインなら醸造もナチュラルに行われているように思えるが、そうとも言い切れない。
ブドウには発酵に必要な糖分と水分が含まれているので、何もしなくても発酵しワインになることはなる。しかしそれでは味や風味、生産量のコントロールが難しいので、培養酵母を投入する、補糖や補酸でカバーする、品質安定のためにしっかりろ過をし、フィルターをかけるなど、人の手を加えることが多い。それに対して、ナチュラルワインのつくり手たちは、できるだけ人工物を加えず、ブドウの皮に付着した酵母や醸造所に住み着いている自生の酵母などによって、できる限り自然に発酵させるための努力を惜しまない。ブドウ栽培には農薬を使うが、ワイン醸造では添加物を加えない生産者もいる。ただし、自然な醸造方法も行き過ぎると問題だと柳氏は指摘する。
「あれもダメ、これもダメ。ブドウを潰して寝かせておけばいい、という意見も出てきた結果、ネズミ臭、馬小屋臭など不快な臭いのするワインまでをナチュラルといってしまう流れもあります。人間は長い年月をかけて醸造学的欠陥を克服し、美味しくて風味のいいワインを生み出してきたのですから、それは大事にしなければいけないと思います」。
ここまで読んでも、どんなナチュラルワインを選べばいいのか迷う方も多いだろう。EUのオーガニック認証マーク「ユーロリーフ」などはひとつの目安になるが、考え方の違いなどから加盟していない生産者もいるので絶対ではない。ナチュラルワインは、土地のテロワールを活かしたワインを生産するための手段であって目的ではない。気になったボトルがあったら、まず飲んでお気に入りのナチュラルワインを見つけてほしい。ワインは嗜好品なのだから。

牛の角に牛糞(500番)と粉砕した水晶(501番)を詰めて土の中で寝かせたものを水で薄めて撒く。
