日々のくらしに輝ける瞬間(moment)を与えてくれるモノやコト
サステナブル時代に世界から再注目される金継ぎ
本物と呼ばれるモノやコトに触れて、心が震えたり、エネルギーやインスピレーションを得たように感じた経験は、誰もが持っているはず。ここでは、私たちの日常に輝ける瞬間(moment)を与えてくれるプレシャスなモノやコトを、その背景に潜む伝統や、そこに精魂を傾けてきた人びとのストーリーとともに紹介していく。
割れたり欠けたりした器を漆で直し、その「傷跡」を隠す代わりに金で飾り、「新しい景色」を与える金継ぎ。独特の技法や美意識、サステナビリティにも通じる精神に、今、国内のみならず世界からも注目が集まっている。
Text:Shigekazu Ohno(lefthands)
傷や壊れをただ直すばかりでなく「新しい景色」として甦らせる
日本古来の魔法のような技
世界をインスパイアする金継ぎ
ここ数年、金継ぎが世界的なブームを巻き起こしている。今回は背景を紐解きながら、その深奥な美の世界をご紹介したいと思う。
まず昨今のブームについて。これまでは茶道や骨董、器を趣味とする一部の粋人たちの間でしか語られることのなかった金継ぎが、ここ数年来、予想だにしないシーンで目にするようになってきている。例えばスポーツショップに並ぶスニーカー。あのナイキやプーマが、金継ぎをデザインモチーフにしたシューズを発表し、話題をさらっているのだ。
カルチャーシーンでは、映画『スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』に登場するカイロ・レンのマスクが金継ぎされていたことが、世界中のファンたちを驚かせた。イギリスの人気歌手ガブリエル・アプリンは、その名も『Kintsugi』という楽曲でこう歌っている。
――「金が私の傷を塞いでくれる 私をつなぎ直して傷だらけでも輝いているから つなぎ直して、金継ぎで」。
この楽曲で歌われるように、金継ぎはかつて取り返しがつかないものと思われていた傷をただ直すばかりでなく「新しい景色」として甦らせる魔法のような技として、海外にも驚きをもって伝えられた。それは、折しも地球温暖化が喧伝され、より多くの人びとがサステナビリティやSDGsに関心を寄せるようになったタイミングに重なり、さらにはコロナ禍で在宅時間が長くなり、より丁寧にくらすことに対する欲求が高まったことも後押しとなった。そして何より、金継ぎによって器だけでなく直した人の心も救われたという声が、共感の輪を広げていったのだ。
金継ぎの歴史と文化
そもそも金継ぎとは何かを端的にいうと、壊れた器を漆でつなぎ、その継ぎ目をあえて金粉を蒔くことによって装飾と化す、日本独自の修復技術のこと。誕生は15世紀頃の室町時代とされ、のちに織田信長や豊臣秀吉の庇護のもとに、千利休によって広められた茶の湯の文化とともに発展・普及したという。
かつて茶の湯では、唐物と呼ばれる中国から輸入された高価で雅な茶器が尊ばれてきたが、千利休はあえて朝鮮で日用品として使われていた無骨な器を用いることを粋とした。いわゆる「侘び寂び」の精神にも通じるカウンターカルチャー的な美意識である。とはいえ、現代のように大量生産品のない時代、大切な器を壊してしまったときのダメージは、我々が想像する以上のものだったに違いない。それを直し、さらに純金蒔絵という新たな価値を加える金継ぎは、まさに「もったいない」を「唯一無二の美」へと転ずる逆転の発想であり、偉大な発明であった。
今日の世界的ブームの中心にいるのが、漆芸修復師の清川廣樹氏である。京都と東京で教室を開き、海外からの生徒も多く指導するほか、国内外の美術館や教育機関からの招聘に応じて講演会やワークショップを実施。今年は夏から秋にかけて1カ月以上の旅程で欧州各国を周り、指導を行ってきたという。英BBCが清川氏を取材して制作した動画は、YouTubeだけでもおよそ64万回再生されている。今なぜ金継ぎなのか?清川氏に話をうかがった。
金継ぎから今、学ぶべきこと
「今の世界は、未来に希望を見出しにくい時代になってきていますよね。だからこそ、壊れを隠さず活かして修復することで、新たな価値をつくるという金継ぎの精神性の部分に、より注目が集まっているのではないでしょうか。去年、私が指導した外国人は500人以上。先日は、海外のとある有名ブランドのトップたちが研修で訪ねてきてくれました。真新しくてきれいなものだけでない、本質の美を宿す別の価値観があることに、日本人よりも彼らのほうが先に気づいているのですね」
ものを買って、壊れたらまた新しいものを買う――これまでの当たり前が、そのままではもう立ち行かなくなってきた時代。「直して、より美しくして、また価値をもたせて使う」という金継ぎの、技術だけでなく精神に学ぼうとする機運が、特にインテリジェンスの者たちの間で高まっているというのだ。
いやまさる求めの声に応じるべく、その身を削るようにして八面六臂の活躍を見せる清川氏。情熱の源はどこにあるのだろうか。
「壊れても金継ぎで直すことで、より一層愛着をもって長く使いつづけられるというのは素晴らしい技術であり、文化であると思いませんか?こうして身を粉にして働いているのはほかでもない、私が受け継いだ伝統文化を、私の代で絶やしてはいけないと思うからです。直すという仕事以外に、できる限り人に教えるということに心血を注いでいきたい」
清川氏は、今の日本で起きていること――職人不足、材料不足についても警鐘を鳴らす。
「せっかく世界が注目してくれても、今や漆のほとんどを輸入に頼らざるを得ない現状があります。まず漆あっての金継ぎなのに。漆は木の樹液、つまり血液であり、採取が終わった木は死んでしまいます。大切に育てて、命の恵みを分けてもらい、また次の木を育てるといった古来より日本で行われてきた循環を絶やしてしまうのは忍びありません。私は今、海外でも講演や指導を行っていますが、技は惜しみなく教えるけれど、その代わりに日本の漆を使ってくれと頼んでいます。筆などの道具もそう、職人に仕事を与えつづけられなければ、ここで本当に途絶えてしまいます。100年先の未来を考えるなら、まず100年前を振り返ってみませんか。金継ぎを通じて、世界に本当のものづくりを復活させていく手伝いができれば、それに勝る喜びはありません」
金継ぎの精神をアートに進化させるガラス作家に聞いた
「あなたにとって金継ぎとは?」
ガラス作家 西中千人氏
金継ぎにインスピレーションを得て、唯一無二のガラス作品をつくる男がいる。西中千人氏――英ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館やオックスフォード大学アシュモレアン博物館など、海外の権威あるミュージアムにも作品が収蔵される、今もっとも注目を集める日本人アーティストの一人だ。
その独創的な作風として知られるのが、金継ぎの技法である「呼継」を独自の解釈で応用した「ガラス呼継」。
完成した作品を自ら叩き壊し、時に異なる作品の破片とも継ぎ合わせながら、不完全かつ変容する美を備えた新たな作品として再構築するというものだ。
「こう壊したいと思っても、絶対にそのとおりにいかない。割れた形をそのまま受け入れ、インスピレーションのままに継いでいくことで、私は初めて自分自身の創造性を超越できたんです」と西中氏は語る。
表現するのは継ぐことで不滅となる生命のエネルギー。本家の金継ぎ同様、海外からも広く注目を集め、この春はミラノ・デザイン・ウィークで作品が展示されたほか、秋にはイタリアのラグジュアリーブランドとのコラボレーション展も実施。次にまたどんな活躍を見せてくれるのか、期待せずにはいられない存在だ。