moment 2016年 3/4月号
レクサス開発陣に聞く

商品実験部チーフエキスパート
尾崎修一

凄腕技能養成部チーフエキスパート
伊藤好章

文・渡辺敏史 写真・川口賢典

たとえ全てのスペックにおいて最高点でも、レクサスはそこで完成、とはならない。レクサスを“快適な車”に仕上げるのは、TAKUMIと呼ばれる、五感で車を検証するテストドライバー達である。

尾崎修一 おざき しゅういち(写真左)
商品実験部 第1車両試験課 LEXUS-TAKUMI。1989年の2代目MR2(SW20)に始まり、アルテッツァ、初代レクサスISなど、一貫して車両総合性能評価に携わる。2010年からはレクサスマイスター(13年からはTAKUMI)として、レクサス全般の商品性と質感におけるブランド構築と統一性の確認業務を担当。

伊藤好章 いとう よしあき(写真右)
凄腕技能養成部 LEXUS-TAKUMI。初代FFコロナや2代目スープラ、レクサス全車など、長年にわたり多車種の操縦安定性、乗り心地の開発を担当。2010年からはレクサスマイスター(13年からはTAKUMI)として、レクサス車の運動性と質感におけるブランド構築と統一性の確認を担う。

TAKUMIの感性が極めるレクサスの味

たとえ全てのスペックにおいて最高点でも、レクサスはそこで完成、とはならない。音、触感、振動といった“感性”のチューニング。レクサスを高性能マシンから、“快適な車”に仕上げるのは、TAKUMIと呼ばれる、五感で車を検証するテストドライバー達である。

次世代レクサスにつながる「すっきり」した「奥深さ」

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渡辺:最初に確認させていただきますと、伊藤さんは凄腕技能養成部所属で、以前は“レクサスマイスター”と呼ばれたテストドライブのチーフエキスパート。尾崎さんは商品実験部所属のチーフエキスパート。伊藤さんは運動性能系を中心に、尾崎さんは意匠の質感や操作性などの商品力を中心に、レクサス車を磨き上げる役割を担っているという解釈でよろしいですか?

尾崎:結構です。渡辺さん、最新のGSに乗っていただいたようですね。

渡辺:はい、GS350のF SPORTを試乗しました。前期型よりも曖昧な動きが少なくなってすっきりした印象です。

伊藤:マイナーチェンジということで大きく手は入っていませんが、部品の精度向上や、年次ごとに各部位を見直しての微細なチューニングなどで、乗り味は常に進化させるようにしています。

渡辺:実は、そこなんです。F SPORTではなく標準モデルに乗るとどんな感じなのかなと思ったんです。今日は、標準モデルとF SPORT、乗り味の指向の違いを伺いたいと考えながらやってきました。
ただその前に、レクサス自体の乗り味について、どういう芸風を目指して作られるものなのかを教えてください。

尾崎:レクサスの質感については、まず10程度のキーワードが掲げられています。「鋭い」とか「キレがよい」とか抽象的な言葉ではあるんですが、我々の基本的な方向性はそこの共有で統一されています。

伊藤:現行車に関して、そして我々が“サードチャプター”と呼んでいる次世代のモデルについても、性能作りにおいてもっとも意識しているのは「すっきり」していて、でも「奥深い」という味わいですね。次世代の目指すところではそれが重要な個性になると考えていますので、現世代から注力していきたいと思っています。

渡辺:なるほど。レクサスにおけるすっきり感とは、どういうところを指すのですか?

尾崎:乗り心地で言えば、“ゴツ”とか“ビリ”とか、そういう雑味をどう処理するかですね。“ゴツ”は小さな凹凸やうねりで突き上げる感じや突っ張る感じ。“ビリ”は路面のザラ味を拾って出てくる微小な振動などの高周波系です。

渡辺:しかし、その全てを徹底的に取っ払うと、車としては無機質なものになりそうですが……。

尾崎:その通りです。残すものと除去するものを見極め、運転実感をどういう風にもたらすか。そこが「奥深さ」につながる味つけと言えると思います。

伊藤:ダイナミクスの領域でまず担保されるのは安全や安心です。これはもう、全てのモデルに通じるところです。

渡辺:絶対領域ですね。

伊藤:ええ。その安心をどのように感じていただくか。たとえば操舵の量や速度に対する反応の期待値は人それぞれですし、慣れの要素も大きい。各モデルやグレードの応答性への期待値を想定し、試作して煮詰めるという作業の繰り返しです。

渡辺:となると、あらゆる人の気持ちになって乗りかたを再現しないといけない。

伊藤:その上で、レクサスってこういう車だと思ってもらえる所作を考えます。たとえば加速時の変速ショックをどこまで丸めるか、操舵初期から斬り込んでいくにつれてどのように車体を動かしていくか、ブレーキも踏力やストロークに応じてどういう利かせかたにするか。数値化すれば他車と同じ限界性能だったとしても、レクサスの車両はすっきり動いてしっとり収まるという所作を常に意識していますね。

渡辺:そういう動きの作り込みって、ある程度定量化してポンと及第点が出てくるものではないんですかね?

尾崎:ないですね。数値化・定量化はもちろん我々もやっています。解析技術も以前に比べれば相当進歩しました。ですから想定する性能目標に対して、サスペンションやブレーキ、エンジンの専門製作業者が作ったものを組み上げれば、それなりのものはできるかもしれません。でも、それではレクサスの商品規格要求には全然至らない。静止状態から走り始めて、それらの部品が所定の性能をどういう過程で発揮するかということがとても大事なんです。

渡辺:なるほど。数字だけでは測れない性能、ですか。

伊藤:ひとつ具体的に言えば、ブレーキを踏んで離して、ステアリングを回してコーナーに入っていくと車体がロールし、コーナーをクリアしたら再びアクセルを踏んで加速して……という連続した運転動作が滑らかに気持ちよくつながっていく。そういうチューニングを徹底的にやります。

尾崎:操縦安定性の領域で言えば、同じ限界性能のダンパーでも、セッティング次第で過渡の特性はガラリと変わります。車のキャラクターはそういうところで決まってくるんですね。そこでレクサスらしいセットを何千……は大袈裟ですが(笑)、何百の試行から探るわけです。

GS 450h

ウィンドー開閉スピードは障子開閉の所作がお手本

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渡辺:そこにF SPORTが入ってくると、仕事は倍になりますよね。

尾崎:単純に倍ってことはないですが、もちろん作業は増えます。でも我々としては、まずは標準モデルできちんとレクサスの世界観を表現することにこだわります。元の素材がビシッと決まっていれば、それをスポーツ系のキャラクターにする手法っていうのは、実は選択肢も豊富ですから。

伊藤:標準モデルで重視するのはラグジュアリー性ですが、これはまず音、振動、乗り心地、加減速感……etc.と、走行におけるあらゆるファクターが高次元であることが求められます。そして、それらがレクサスらしいテイストで纏められている必要がある。これを白紙の状態から積み上げていくのは大変な作業です。

渡辺:そこでお伺いしたいのは、おふたりが考えるレクサスのテイストをもっとも端的に示すものとはなんですか。

尾崎:うーん、いろいろありますが、もっとも強く意識しているのは「シートに座った瞬間にホッとする感覚」でしょうか。これはよくお客さまにも長所として挙げていただくのですが。

伊藤:ええ、そうですね。そこは強く意識しています。たとえば表皮のレザーのなめしや張り込み、ドアトリムやアームレストのパッドの沈み込み、スイッチ類や操作系のタッチ……と、そういうところに我々の世界観がちゃんと表現できているかどうか。その世界観の礎になっているものは何かと言えば、やはり“和のもてなしの心”でしょうね。

尾崎:たとえばパワーウィンドーを操作していただくとわかると思うんですが、中間域は素早く、最初と最後はゆっくり上下するというチューニングを施しています。障子の開閉時のマナーを参考にしたもので、日本人ならではの所作を、グローブボックス等の可動部にも加えています。

渡辺:そういう走行性能には関係ない領域にも、言及されるんですね。

伊藤:ええ、どんどん意見は出します。もちろん人間工学系のエンジニアもいますから、使いやすさの根拠は彼らが担当します。でもレクサスらしい質感や触感みたいなところは、我々が縦横に串を通し、連続性をもって見ていかなければならないんです。

渡辺敏史

渡辺敏史の取材後記

車好きには垂涎の「テストドライブ」という仕事。最大の職務は“感性”を駆使すること

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自動車メーカーにおいて「実験」とは非常に広範なものだが、ふたりの仕事は俗に言う「テストドライバー」と、我々がもっとも想像しやすい職種である。

そこが完全封鎖のテストコースなのをいいことに、試作車をギャンギャンにしばき上げてはアラを探しだし「走る」「曲がる」「停まる」の3要素を磨き上げていく。

車好きにとっては垂涎のひと時を日々の業務としている。外野は羨ましく思うわけだが、実はそれは誤った認識だ。プロレーサー並みのスキルを習得し、テストコースを全開で走るための特別な社内資格を保持しているのはあくまで前提であって、そこでのコンマ1秒の優劣は業務の云々とは何ら関係がない。

プロレーサー並みのスキルはあくまで冷静な判定のための余力であり、一般のドライバーが遭遇するあらゆる状況において、レクサスらしさをどう伝えるかということに、ふたりは職務の大半を捧げている。それは、無限の選択肢からレクサスが未来に向けて目指すべき方向性を模索する日々でもあるわけだ。

そのためにはもちろん、お客さまを知り、ライバルを知り、自らを知り尽くしておく必要がある。そこで興味深かったのは、ふたりが普段乗っている愛車だ。

動的評価を主に担う伊藤さんが乗るのはCT200h F SPORT。自らも足回り全般の開発に携わったモデルを常に傍らに置いておくことで、日々それに乗るユーザーの目線を実感すると共に、開発時のテスト環境とは違う公道の生きた路面で得られた気づきや、経年変化によるフィーリングの推移などを拾い上げていき、最新モデルの開発に役立てているという。

静的評価を主に担う尾崎さんの趣味の愛車は、マセラティの先代クアトロポルテ。そのイタリアの大型サルーンは確かにデザインやエンジンといった面での魅力が際立つも、レクサスとは余りにも性格が違う癖の強いモデルだ。が、自分達の携わる車が販売面での直接的なライバルを越えていくためには、それらが全くもち得ないベクトルの魅力を知ることもブレイクスルーの端緒になるだろうということで、尾崎さんはその車と日々を共にしているという。

そうやって、互いの嗜好と視点で愛車と接することが、結果的には仕事の上でも相互補完になっていると思うんですよね……と笑うふたりは、日常の業務報告とは別に、お互いの気づきを次のレクサスに反映させるべく、顔を合わせてのディスカッションを毎月行っているそうだ。

静的にも動的にも、新しいGSの伸びしろはマイナーチェンジという期待値を超えたものだった。それはレクサスが次のチャプターへ向かうというふたりの意気込みを、実感として受け止めるに相応しい進化だと思う。

わたなべ としふみ◎1967年福岡県生まれ。二輪・四輪誌の編集経験を経て、フリーランスの自動車ジャーナリストに。以来、自動車専門誌にとどまらず幅広いメディアで活躍。なかでも「週刊文春」の連載「カーなべ」は好評を博し、2015年1月同タイトル『カーなべ』として刊行。その緻密な分析とわかりやすい解説には定評がある。

moment 2016年 3/4月号より