新着情報

moment 2017年 5/6月号
レクサス開発陣に聞く

LEXUS RC F 製品企画 主査(ZLF)
弦本祐一

文・渡辺敏史 写真・川口賢典

サーキットから街角へ──。日常と非日常をいかに違和感なく繋ぐか。開発陣が一貫して追求してきた「F」が目指す唯一無二の価値観とは?

弦本祐一 つるもと ゆういち
1993年入社。ボデー設計部を経て2006年より商品企画部にてレクサスの商品企画を担当。その後、LF A、IS Fなど、スポーツ車の商品企画に携わったのち、G’sを企画。09年よりスポーツ車両統括部にて車両開発責任者としてG’sを担当、6車種立ち上げる。13年よりコンパクトカーの主査を務め、16年、レクサス Fモデルの主査に着任。趣味は「86」でのサーキット走行。

「F」というライフスタイル

サーキットから街角へ──。日常と非日常をいかに違和感なく繋ぐか。開発陣が一貫して追求してきた「F」が目指す唯一無二の価値観とは?

「F」はサーキット走行が前提、「F SPORT」は日常走行が前提。開発プロセスから違う

本文を読む

渡辺:今回はレクサスにおける「F」モデルの位置づけや「F SPORT」モデルとの違いを掘り下げるべくお話をお伺いしたいのですが、まず弦本さんのZLFという肩書きはどういう意味になるんですか?

弦本:Zは社内的に用いているアルファベットで製品企画部門を指しています。そこに、レクサスのFモデルでZLFとなります。

渡辺:なるほど。その一方で、TOYOTA GAZOO Racing(ガズーレーシング)の仕事も兼務なさっているわけですか。

弦本:はい。従来はスポーツ車両統括部というトヨタの市販系スポーツモデルを開発する部署があったのですが、そこにFIA世界耐久選手権(WEC)など、モータースポーツを担当しているモータースポーツユニット開発部が合流する形で、GAZOO Racing開発部が新たに発足したんです。もちろんモデル毎の味つけの違いはありますが、スポーツ性を特に重視したモデルは開発の方向性が重なる部分も多い。ブランドを問わずコーポレート的なシナジーが多岐にわたって考えられます。

渡辺:つまり、会社全体で層を増したスポーツモデルの開発環境の中で、弦本さんが現在担当されているのが、レクサスのRC FとGS Fの2モデルということになるわけですね。

弦本:そうです。

渡辺:「F SPORT」ブランドには関わっていないんですか?

弦本:はい。「F SPORT」レクサス標準車の開発チームの担当になります。

渡辺:そこでお伺いしたいのは、「F SPORT」と「F」との線引きです。

弦本:もっとも大きな違いは、走る場面をどう想定しているかでしょうね。「F SPORT」は標準車に資する日常性を絶対条件に、日々の走行シーンや旅先の山道などで思い通りに応答してくれるスポーティさを高めることを前提にしています。
対して「F」は走行前提にサーキットがあると。そこでの安全、安心を担保しながらいかに気持ちよくスポーツ走行を楽しんでいただけるかが、「F」に求められる絶対条件ということになるでしょう。その能力を確立した上で、いかに日常性とシームレスに繋げていくかということを考えていく。つまり「F SPORT」とは開発のプロセスから異なるものになっています。

LEXUS RC F

富士スピードウェイで実証された「F」のサーキット性能

本文を読む

渡辺:サーキットを走行するとなると、車体への負荷が公道とは全然異なってくる。性能保証が大変ですよね。

弦本:おっしゃる通りです。特に制動系や冷却系で安定した性能をキープし続けることが非常に難しい。ご存知かと思いますが、RC FもGS Fもかなり速度レンジは高いですから。

渡辺:富士スピードウェイのメインストレートだと、時速250キロくらいからのフルブレーキングを経験することになりますね。「F」として、たとえばこういった性能は担保するという、具体的な要件みたいなものはあるんですか?

弦本:具体的に挙げられるのはまさに富士スピードウェイですね。その本コースでロングスティントを全開で回っても問題が起こらないことを確認しています。

渡辺:えっ、富士をクーリングラップなしで、ですか? それはかなり厳しいと思いますが……。

弦本:クーリングラップなしです。とにかく全開で全周ですね。ご承知のように、普通のドライバーにとって連続全開は相当にきつい。

渡辺:体力的にも相当きついですが、気持ちが続かないですよね。5周くらいで、「ああ、走った、走った。さてちょっと休もうか」となりますよ。

弦本:プロレーサーでもなければ普通はそうです。富士スピードウェイでは年に2回ほど、「F」モデルのオーナーのみなさまをお招きして走行イベントを行っていますが、みなさまにはたっぷりサーキット走行をご堪能いただけているようです。

渡辺:せっかく走りに行ったのに、車両のトラブルで貴重な休みが台なし……というパターンは避けたいですものね。整備する上で特別なことはないんですか。

弦本:高速走行ですのでブレーキやタイヤ、オイルなどの管理を意識していただければ、ほかに特筆すべきことはありません。ちなみに富士スピードウェイの走行イベントでは、現地にレクサスサイドからメカニックを派遣して、走行前後の車両チェックを行っています。

渡辺:車好きの方であれば、この性能を確保する上でさまざまな部品が専用に設定され、それがコストに跳ね返り……という構造はよくお分かりかと思いますが、価格が価格だけに、ご家族の同意を得にくい方もいらっしゃるかと。

弦本:うーん、まさにその点が「F」の付加価値なので、非常に難しい問いですね。そこを「どうでもいい」と思われる方には「F」をおすすめできません。休日にスポーティなドライブをしたい、ということであれば「F SPORT」で十分に楽しんでいただけますし、もしかしたら「F」の予算でレクサス車を2台お求めいただくのがよいかもしれません。

LEXUS RC F

「F」の存在価値はサーキット走行性能を日常域で感じ取れることにあり

本文を読む

渡辺:斬新なご提案です(笑)。

弦本:「F」はたしかに高額です。しかし、その価値はしっかり提供できている。そんな心もちで作っています。

渡辺:サーキット走行なんてよく分からないという人びとにとっては、「F」の価値は響きにくいですよね。

弦本:だからこそ、そこをいかに日常と繋げるかが難しいわけです。サーキットを走るだけの目的であれば何も「F」である必要はない。でも、その性能をいかに日常の性能とシームレスに繋いでいくかが重要なところであって、そこに「F」の存在価値があると思っています。官能性と実用性を高次元で両立することに関しては、「F」のモデルはどのライバルにも負けていないという自負がありますね。

渡辺:つまりは普段のアシとして使っても、「F」ゆえの幸せはあると。

弦本:はい。我々は先述のようなタフな環境でも気持ちよく走り続けられる性能をサーキット品質と称していますが、それはなにも特別な場所だけで得られる利ではない。日常域でもその動的性能を余裕や味わいとしてどなたにも感じ取っていただけるように調律しています。そして、そこが「F」の最大の開発のキーでもあるわけです。
経験の豊かなお客さまだけでなく、そのご家族にも「いつかは『F』」と言っていただけるようなものを提供する。今後もそこを追求していくつもりです。

LEXUS RC F
渡辺敏史

渡辺敏史の取材後記

サーキットにラグジュアリーを持ち込み、街角でサーキットの醍醐味を味わう

本文を読む

車に乗る楽しみのひとつがスポーツドライビングであるとすれば、それを安全に思い切り楽しむ上でサーキットに勝る場所はない。そうであるとすれば、日々のドライブと休日のサーキット走行とを、それこそ週末にスキーやゴルフに出かけるくらいの気軽さで結びつけることはできないだろうか──。

「F」を掲げるモデルが目指すところは、言うは易しだが作るは難しである。サーキットの全開負荷は公道で求められるそれとは桁違いの信頼性が求められるからだ。エンジンやトランスミッションなどの安定した冷却性能は無論だが、特にブレーキは安定した制動力を持続できなければ、もてる能力も宝の持ち腐れとなる。走る・曲がる・停まるを極限まで突き詰めれば、重い課題となるのはむしろ性能の長期安定化。富士スピードウェイでロングスティント全開の安定能力を超える負荷状態は、他のサーキットではそうそう出くわさない。

人によっては勇ましく見えるかもしれないフロント周りのデザインなどは、導風に求められるギリギリの開口径を確保した上で決められている。ボディの色味次第では、好き者が見なければ、それが昨日はサーキットを存分に楽しんできたハイパフォーマンスカーだとは気づかないだろう。

「F」のモデルは言ってみればそのくらい、普通であることを意識してもいる。渋滞の街中をズルズルと這い回るにしても、操作に固有の癖や唐突な反応もなければ音や振動が乗員の気持ちを逆撫ですることもない。しかも現行型から採用された電子制御可変ダンパーは、その域での乗り心地を向上させた。それでも乗り心地は他のモデルとまんま同じとはいかないが、その硬さが意のままの応答性に繋がる、心地よい引き締まりと感じる向きも少なからずいるのではないだろうか。

と、ここで気づくのは「F」のモデルたちが描こうとしている楽しみのあり方だ。サーキットを走るにあたっては逐一タイムがつきまとうわけで、没頭するほどに人も車も禁欲的になっていく。挙げ句に周囲との交流が排他的になってしまうというのもままある話だ。

恐らく「F」のモデルを企画するにあたっては、そことは一線を画した楽しみ方があるのでは……という思いが、発想の端緒にあったのではないだろうか。各々の技量や環境の中で最高の非日常を体験してもらって、日常に帰ってもらうというサーキットとの接点があってもいいだろうと。

だから「F」のモデルは開発の軸足をサーキットに置いていながら、どこを何秒で回ったというラップタイムの提示を商品力とはしていない。それよりもサーキットではコーナリング中の挙動や、今や希少となったV8NAエンジンの快音を存分に楽しんでもらうことに重きを置いている。

単にサーキットをガッツリ走り込めるだけの車は多少なりともあるわけだが、タイムは二の次でそのかわりに日常と非日常をシームレスに繋ぐ……という楽しみ方を提示できる車は少ない。「F」のモデルの目のつけどころは挑戦的ではあるが、少なからぬユーザーが求める理想形でもあるのではないだろうか。

わたなべ としふみ◎1967年、福岡県生まれ。二輪・四輪誌の編集経験を経て、フリーランスの自動車ジャーナリストに。以来、自動車専門誌にとどまらず幅広いメディアで活躍。その緻密な分析とわかりやすい解説には定評がある。著書に『カーなべ』などがある。

moment 2017年 5/6月号より